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file-108 進化を続ける、新潟のラーメン文化(前編)

  

新潟5大ラーメンのルーツを探る


 人口に対するラーメン店数で全国トップクラスを誇る新潟県。気候や風土、産業に合わせた特徴ある5種類のラーメンが生まれ、それぞれの地域で愛されてきました。今では全国ネットのテレビ番組にも取り上げられ、評論家から高い評価を得るなど、県外での認知度も上がっています。なぜ5大ラーメンが生まれたのか、愛され続ける理由はどこにあるのか。ここでは、歴史を縦軸に、地域性を横軸にして、新潟の5大ラーメンの魅力をひもときます。

地域のニーズを読む

気候と産業がご当地ラーメンを生み出した

保盛軒

新潟初の中華料理店保盛軒(昭和17年に古町に移転したときの様子)

 新潟県民とラーメンの出会いは、昭和初期に遡ります。昭和2年(1927)、新潟市に県内初の中華料理店「保盛軒」が誕生。そこで提供された中華そばが新潟のラーメン第一号だと言われています。それからほどなく、南北に長い新潟県の様々な地域で、その地域に合ったご当地ラーメンが生み出され、根付いていったのです。  

 

片山さん/月刊新潟WEEK!

「新潟のラーメンは、全国に誇れる食文化だと思います」と片山さん/月刊新潟WEEK!

 これまで3,500杯のラーメンを食べ、情報誌「月刊新潟WEEK!」の編集部で「新潟ラーメンを知り尽くしている男」と呼ばれる片山貴宏編集長に、5大ラーメンについて伺いました。
「そもそも、一つの県に5種類もの独特のラーメンがあるのは珍しいと言われています。その背景にあるのは、雪国という気象条件、金属加工や観光という地場産業。そして、それぞれの地域でお客様のニーズに合ったスタイルのラーメンを作り上げる、研究熱心な店主たちの存在です。たとえ老舗店であってもお客様を満足させるために進化を続けていることが、愛され続けるゆえんでしょう」
 5大ラーメンの誕生は、燕市の『背脂ラーメン』、新潟市の『あっさり醤油ラーメン』、長岡市の『ショウガ醤油ラーメン』、新潟市の『割りスープ付き濃厚味噌ラーメン』の順番と考えられています。しかし、最後に加わった三条市の『カレーラーメン』は、元祖店や発祥に諸説あり、始まりがはっきりしません。
「平成18年(2006)のラーメン特集のリサーチ中に、三条市内の様々な店舗で『カレーラーメン』が提供されていることが分かり、初めて特集の中に取り上げました。昭和初期から地元では多くの人が自宅で食べていたということなので、実は、発祥としては一番古いのかもしれません。この『カレーラーメン』を含めて、新潟5大ラーメンと言われるようになりました」(片山編集長)  

 

三条と燕、職人の町に生まれた出前ラーメン

大衆食堂 正広

長期熟成させたスパイスを使った特製ルーが味の決め手/大衆食堂 正広

日本風のカレーソース

カレーラーメンでは、だしになじみやすい、日本風のカレーソースが主流

 ここで、昭和初期の三条市と燕市へタイムスリップしてみましょう。当時からこの二つの地域では、地場産業の金属加工が盛況を博していました。特に高品質の洋食器は世界中に輸出され、職人たちは、食事を取る時間も惜しんで働いていたのでした。出前ができ、素早く食べられ、スタミナのあるものを。こうしたニーズから考案されたのが、『カレーラーメン』と『背脂ラーメン』だと言われています。
 職人たちのパワーを支えた『カレーラーメン』は、寒い日には身体を温め、暑い日には食欲を刺激して夏バテを防ぐスタミナ食として、家庭にも定着。今では、ラーメン店以外にも食堂や中華レストランなどを含めた70店舗以上で作られている、いわば三条市民のソウルフードです。作り方は、通常のラーメンの上からカレーをかける「後のせ」と、カレーとだしをブレンドしてスープを作る「混ぜ込み」の2タイプに分かれます。一見シンプルなようですが、人気店「正広」では、約20種類のスパイスをブレンドし、熟成させて使用するというこだわりを発揮。それ以外にも、豆板醤をきかせたり、丼の底にライスを入れておいたり、バリエーションは多彩です。提供店と自治体が協力し、食べ歩きマップやイメージソングを作り、町おこしとして取り組んでいるのも、他の4つのラーメンとは違う大きな特徴です。  

 

杭州飯店

もちもちの極太麺とインパクトのあるスープの組み合わせが絶妙/杭州飯店

スープ

背脂をだしと一緒に煮込むので、スープ全体が甘くまろやかに仕上がる

 もう一方の『背脂ラーメン』は、背脂たっぷりのインパクトのあるスープに、もちもちの多加水極太麺、薬味はみじん切りの生タマネギという、独創性では全国でも群を抜く存在。元祖店は「杭州飯店」です。昭和15年(1940)に前身の「福来亭」を開店し、力仕事をする職人が好む、しっかりした醤油味のラーメンを考案し、多い日には800杯を出前していたとか。出前が多い状況で、背脂はスープを冷めにくくするために、極太麺は伸びにくくするために工夫しました。職人の胃袋を支えた一杯は、やがて、燕市以外にも広まり、今では、新潟といえばまず『背脂ラーメン』と言われるほど、知名度を上げています。「一口に『背脂ラーメン』といっても、背脂の粒の大きさや量、仕込み方にも違いがあります。そうした味の違いを食べ比べるのもおもしろいですよ」と、片山さん。
 客である職人たちにおいしいラーメンを届けるための工夫。ものづくりの町で生まれたラーメンは、店主の愛が込められた、身も心も温まる一杯でした。  

 

 後編では、新潟と長岡で生まれた雪国ならではのラーメンを紹介します。  

 

■ 取材協力
片山貴宏さん/株式会社ニューズ・ライン「月刊新潟WEEK!」編集長
保盛軒/新潟市
大衆食堂正広/三条市
杭州飯店/燕市

 

後編 → 進化を続ける、新潟のラーメン文化(後編)
『新潟5大ラーメンと新たな可能性』

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