file-73 雪国の手仕事

  

雪国新潟の手仕事

豪雪と闘い はぐくまれた知恵

小千谷縮雪さらし

小千谷縮の雪さらしの風景。青空の下、日光を浴びて雪が溶け、反物が漂白されるという昔ながらの方法です。

 田園風景も野山も真っ白に覆われる新潟の冬。豪雪により農閑期となるため、手仕事が盛んに行われ、発展してきました。それは美しいだけではなく厳しくもある雪国の暮らしを生き抜く人々の知恵でした。自然環境や風土が原料を育て、雪さらしや雪中貯蔵などに代表される独自の技法が上質なものづくりを今も支えています。ユネスコ世界無形文化遺産に登録された「小千谷縮(おぢやちぢみ)・越後上布(えちごじょうふ)」をはじめ、人々に癒やしを与える「猫ちぐら」、しんこを練り上げた縁起物の「チンコロ」、伝統を守り続ける「小国和紙(おぐにわし)」を紹介します。

十日町棚田

十日町の棚田。雪に覆われ、さらに美しい姿を見せます。

雪国の技 夏に“涼”を運ぶ

雪さらし作業風景

雪さらし。真っ白な雪原に反物の色柄が映えます。

樋口隆司さん

樋口隆司さん。昭和23年小千谷市生まれ。46年に成蹊大学工学部を卒業し、代々続く樋口織工藝社で技を磨いてきました。平成2年に第37回日本伝統工芸展に入選し、以降8回入選。平成16年に日本工芸会の正会員に認定されました。

小千谷縮絣着物「風渡る」

第57回日本伝統工芸展入選作品 小千谷縮絣着物「風渡る」樋口隆司さん作

 風を通し、さらさらな肌触りが夏に喜ばれる小千谷縮・越後上布は、雪が降り積もる冬に作られます。原料となる苧麻(ちょま・カラムシとも呼ばれる)は、シャリ感やハリ、コシが優れ、水にぬれると繊維強度が増す上、吸湿、放湿性にも優れています。一方、糸の段階では乾燥に弱く切れやすい弱点をもっています。つまり、湿度の高い雪国だからこそ、薄くて質の良い上布を作ることができるのです。もともと、農閑期の冬に女性の仕事として発達した小千谷の糸作りや機織りの技術。そこに変革をもたらしたのは、江戸中期に小千谷を訪れた明石藩の堀次郎将俊(ほりじろうまさとし)です。横糸によりをかけ、湯もみによって縦に“しぼ”という凹凸を出す技術を伝えました。これが縮の誕生です。この改良によって肌に触れる面積が少なくなり、清涼感が増した越後の縮は、元禄期に武家の夏の式服として定められ、全国にその名が知られました。江戸後期の最盛期には縮や上布の生産量は20万反に達しました。
 その小千谷縮・越後上布の技術は、平成21年にユネスコ世界無形文化遺産に登録されました。ここで伝統的な技法を紹介します。まず刈り取った苧麻を水に漬けて皮をむき、繊維だけを取りだして乾燥させ、原料の青苧(あおそ)を作ります。さらに水に浸した青苧をつめで細く裂き、糸先を合わせてつないで均一の太さにします。縮の場合は、機械を使って糸に強いよりをかけていきます。次は絣(かすり)のための木羽(こば)定規作り。図案をもとに薄い板を何枚も重ねた側面に絵の具で横絣(かすり)の柄を描いて、木羽定規を作ります。それを一枚ずつ糸にあてて、模様の箇所を糸に写し、印をつけたところにくびり糸を巻いて染色します。いざり機という伝統的な織機で織った後、ぬるま湯でもみます。糊や汚れを落としながらもみ続けると、糸のよりが戻ろうとして反物が縮み、独特の凹凸が生まれます。
 工程の最後はいよいよ雪さらしです。2~3月の晴れた日に、雪の上に並べます。太陽で雪が溶けて発生したオゾンを活用し、漂白する雪国ならではの知恵。生成の色から純白に、柄は濃淡がよりはっきりと浮き上がります。古く黄ばんだ反物でさえ、数日で真っ白になるほどの漂白力があるそうです。青空と越後三山を臨み、雪原に色とりどりの反物が広げられる光景は「爽快(そうかい)」の一言。雪さらしが行われる際は、多くのアマチュアカメラマンが駆け付け、夢中でシャッターを切ります。
 「雪と闘いながら、雪の恵みを受けています」。そう語るのはこの道40年の樋口隆司(ひぐちたかし)さんです。越後の雪国の暮らしを伝えた江戸時代の書物「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」(鈴木牧之(すずきぼくし)著)の縮のくだりを教えてくれました。

 -雪中に糸となし、雪中に織り、雪水にそそぎ、雪上にさらす。雪ありて縮あり-

 樋口さんは厳しい雪国の暮らしに身を置きながら、この一節につづられた雪の恵みを痛感しているそうです。脈々と受け継がれてきた伝統を継承しながら、樋口さんはデザインで新風を吹き込んでいます。緻密(ちみつ)な計算を元に、独創的な幾何学模様をデザインし、挑戦を続けています。これまでうさぎ、月、風など様々なモチーフを描いてきました。その中で、昨年から雪の結晶をデザインした作品に取り組んでいます。九州や関東などを訪れた際に、県外の人々が雪に抱く憧れを強く感じたからです。その気持ちに応えようと、六花(りっか)とも呼ばれ、花びらを広げるような美しい雪の結晶を作品に織り込みました。
 小千谷織物同業協同組合も新たな活動を進めています。縮を使ったシャツやスカートなどの洋服ブランド「FreeFrom(フリーフロム)」を展開。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、日本の選手団の開会式公式ユニフォームの素材に小千谷縮を採用してもらおうと活動しています。高温多湿な気候の中で生かされる速乾性や清涼感を、日本の選手に体感してもらいたい-。その夢の下に市民が心を一つにしています。

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温かさあふれる手仕事

猫も満足 人の心癒やす技

猫ちぐら
 

関川村の猫ちぐら。美しくそろった編み目や稲わらの香りに、眺めている人まで癒やされます。

   関川村猫ちぐらの会の皆さん

関川村猫ちぐらの会の皆さん。猫ちぐらをきっかけに村を訪れる人もおり、会のメンバーは地域の魅力を伝える役割も果たしています。

 関川村の猫ちぐらは、かまくらに似たまぁるい形と、中で猫がくつろぐ様子が見る人の心を温めます。乳飲み子を入れるための篭(かご)“ちぐら”をヒントに、猫用に作られるようになった工芸品です。関川村の豪農・渡邉家の番頭さんが愛猫のために作ったものが始まりだと言い伝えられ、大正時代には使われていたそうです。現在、作っているのは関川村猫ちぐらの会の皆さんです。かまくらに似たまぁるい形は、丁寧な手仕事のたまもの。型紙などはなく、経験が頼り。完成までおよそ1週間かかるそうです。まずは円形の土台を作り、下から上の方に向けて編んでいきます。材料の稲わらはストローのように空気を含むため、冬は温かく、夏は涼しいという優れものです。猫が丸くなってくつろぐのに、快適な空間のようで、猫同士が競り合って入る場面もあるようです。
 商品として売り出したのは1980年ごろ。愛猫家に好評を得て、人気が広まりました。年々増えていく注文に応えようと、村では1985年に猫ちぐらの会を発足し、現在20~30人が作り手として活躍しています。最高齢は87歳の元気なおばあちゃん。村では「作ってみたい」と手を上げる人も少なくなく、30歳代の若手も技を引き継いでいます。メンバーの中では県内外の注文者と文通を続けるなど交流も生まれ、生きがいの一つになっているそうです。しかし、あまりの人気に生産が追い付かず、注文から4年半待ちになるほど。「それでも、手抜きはできない」という気持ちは作り手の譲れないところ。一編み一編み、待っている人を思いながら編んでいるそうです。
     

手のひらの中に小さな幸せ

 
 季節市
 

毎年1月10、15、20、25日に開かれる節季市。多くの人でにぎわいます。

チンコロ
 

色とりどりのチンコロ。さまざまなデザインで観る人の目を楽しませます。

 

 雪深い十日町市では1月に、農家の人々が冬の副業として竹やわらなどで作った生活用品や民芸品を持ち寄って、節季市を行います。カゴやワラ沓(ぐつ)などが売られる露店を巡ると、カラフルな色合いで一際目を引くのが、しんこ(米の粉)で作られた「チンコロ」です。チンコロはおよそ3センチと手のひらに収まる小さな人形ですが、子犬をはじめ、干支(えと)など、様々な形があります。福を招く縁起物として各家庭に飾られ、乾いて入ったひびの数が多いほど「幸せが多く舞い込んでくる」と喜ばれるそうです。
 チンコロはまず、しんこに湯を加えてこねたものをゆで、赤や黄、緑色の食紅で色づけをして下準備をします。それを手で丸めたり、はさみで切ったり、手先に集中します。形ができたものを数時間寝かせ、ふかして照りを出すと完成。デザインも工夫されており、子犬が鯛を持っていたり、ウサギが餅をついていたりと多彩です。顔が少しずつ違うのも手作りならでは。愛嬌(あいきょう)満点で、どれを選ぶか迷ってしまいます。手間を掛けて作られるチンコロは、うまく保存すれば何ヵ月かもちますが、乾燥したところだと、1週間もすればひびわれてしまいます。かわいらしい姿を少しの間しか留め置かないはかなさもまた、魅力の一つでしょうか。毎年、人々が列をなして再会を待ちます。
 このように市の“顔”となっているチンコロ。歴史も気になるところですが、実はその起源ははっきりとしていません。明治時代に個人のアイデアで創作して人気を博した-、酒造りの途中で蒸し米の硬さをみるためにつぶしたヒネリ餅を元に作られた-、など諸説あるようです。第二次世界大戦下では、食料難から一時、姿を消したものの、昭和30年ごろには復活したそうです。しかし、平成11年に伝承者の1人が亡くなり、存続の危機を感じた公民館を中心に、後継者育成が図られました。伝承者の家族が作り方をつづったノートや経験者の知識を元に講習会を開講。講習会には多くの人が参加し、チンコロ作りを学びました。現在は中条チンコロ伝承会、エンゼル妻有、各地区公民館などが、その火をともし続けています。
 

 

家族の知恵 次世代へつなぐ

 和紙のウェディングドレス
 

和紙で作られた純白のウェディングドレス。

 

紙漉き

 

平らな紙になるよう、縦横に桁をゆすり、紙を漉きます。

かんぐれ

 

雪中に保存する作業「かんぐれ」。低温で紙を守り、凍ることもありません。

 

 小国和紙の技術もまた、雪にはぐくまれた産物の一つです。旧小国町(現在の長岡市小国地域)山野田集落にはかつて多くの生産者がおり、江戸時代には水田のない山間地の年貢として納められ、昭和初期には一冬に2200万枚の紙が生産されていました。冬季の家内工業として、出稼ぎに出る男手抜きで、年配者、女性、子どもが力を合わせて作りました。小国地域では時代の流れと共に消えつつあった小国和紙を後世に残そうと、昭和59年に小国和紙生産組合が設立されました。日本酒のラベルや着物用の札紙などを作っているほか、和紙の調湿効果を生かした壁紙や照明器具も提案しています。また、和紙をふんだんに使った手作りウェディングの演出も手掛けます。コサージュやランチョンマットをはじめ、服飾作家さんと協力して和紙のウェディングドレスも作ってくれるそうです。
 生産組合では和紙の魅力を現代の生活に最大限に生かしながら、古くから伝わる地域の技法を大切に守っています。小国和紙の中でも雪を利用した古式の製法で作ったものを小国紙(おぐにがみ)といいます。春から秋にかけ、原料となるコウゾを栽培します。コウゾは桑科の落葉低木で、夏には4~5メートルにも成長します。葉が落ちてくる11月ごろに収穫し、蒸した後に皮をむきます。その表皮をさらに包丁でそぎ取り、晴れた日に雪にさらして漂白します。そして、灰を水に溶いた上水などで柔らかく煮た後、棒でたたいて繊維状にしていきます。繊維状になったものは紙素(かみそ)といい、この紙素を使って、いよいよ紙漉きです。漉舟(すきぶね)と呼ばれる水槽に水と紙素を入れ、さらにトロロアオイ(ネリ)を入れます。桁(けた)という木枠の間に、簀(す)という竹ひごを糸で編んだ物をはさみ、漉舟の水をくみながら縦横に揺すりながら漉いていきます。普段あまり聞いたことのない道具の名前が多く、好奇心をくすぐりますね。
 小国紙の特徴はこの後に雪に埋めて雪中保存する「かんぐれ」を行うところです。小国では漉いて水分をしぼった紙床(しと)を雪の中にしまいます。冬の間は晴れた日がほとんどないため、春を待って天日で干します。雪の中で保存することによって、腐食から紙を守る雪国ならではの知恵です。天日干しは3月に入ってから。雪上に設置した板に紙床をはり付け、日光に当てます。ここでも雪が大活躍。雪で反射した紫外線が紙の茶色っぽい着色成分を破壊し、白く美しく仕上げてくれます。昔はよく、「顔が黒くなる分、紙が白くなる」と言われていたそうです。かつて家族総出で行われた紙作り。子どもたちが顔を黒くして手伝う様子が目に浮かびます。「雪国の人々の絆を学び、次世代に伝えたい」。生産組合のメンバーがその思いを胸に、小国紙を守り続けています。
     

     

   

   

<参考ホームページ>

    

▷ ・小千谷織物同業協同組合

▷ ・小国和紙生産組合

 


■取材協力
樋口隆司さん(樋口織工藝社)

■参考文献
「小千谷織物の歩み」(小千谷織物同業協同組合発行)
「重要無形文化財 小千谷縮・越後上布」(重要無形文化財小千谷縮・越後上布展実行委員会発行)
「週刊人間国宝46 工芸技術・染織10」(朝日新聞社刊)
「しあわせ猫ちぐら」(五月書房刊)
「節季市のチンコロとトットッコ」上村政基著(上村政基刊)

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県立図書館おすすめ関連書籍

「もっと詳しく知りたい!」、「じっくり読みたい!」という方、こちらの関連書籍はいかがでしょうか。以下で紹介しました書籍は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。ぜひ、県立図書館へ足をお運び下さい。

▷『縮と上布 心で織る素朴な布』』

(泰流社編/泰流社/1976年)請求記号:N586 /C43

▷『人間国宝シリ-ズ42 越後上布・小千谷縮』

(岡田譲ほか編/講談社/1978年)請求記号:書庫709 /N76 /42
 冬の晴れ渡った青空のもとで行われる「雪晒し」の風景は、国の重要無形文化財「小千谷縮・越後上布」の工程の一つです。鈴木牧之の『北越雪譜』に「雪中に糸となし、雪中に織り、雪水に洒ぎ、雪上にさらす。雪ありて縮あり、されば越後縮は雪と人と気力相半ばして名産の名あり、魚沼郡の雪は縮の親といふべし」という一節があるように、「小千谷縮・越後上布」の生産は雪と密接に関わっています。
 『縮と上布 心で織る素朴な布』では「越後上布」が生まれた雪国の気候やくらし、小千谷縮に携わる方々への取材内容などがまとめられています。このほか、『人間国宝シリ-ズ42 越後上布・小千谷縮』では布の文様や生産工程が写真入りで紹介されています。

▷『越後の和紙』

(越後手漉和紙の会編/越後手漉和紙の会発行/1988年)請求記号:N /585 /E18
 県内各地では古くから手漉(てすき)和紙が生産されてきました。その背景については、「楮(こうぞ)の産地であること、清浄で豊富な流水があること、耕地狭少で豪雪地のため副業が必要なことなどの立地要因が、越後の山あいに多くの和紙抄造地を育ててきた」(『新潟県史資料編24民俗・文化財3』(新潟県編/新潟県発行/1986)p585)という理由があるようでうす。
 『越後の和紙』では小国、小出を含む県内各地で和紙製造に携わる方々が、生産の歴史や背景、エピソードなどをつづっているほか、生産工程が写真入りで紹介されています。こちらの本自体が手触りのよい和紙でできていますので、その感触を味わいながら読むことができる1冊です。

▷『しあわせ猫ちぐら 猫と人とふるさとの写真帖』

(新潟県関川村・猫ちぐらの会監修、五月書房“猫ちぐら”編集部編/五月書房/2010年)請求記号:N /29*1.1 /N725S
 タイトルにある「猫ちぐら」とは、わらを編んで作ったかまくら型の「猫の家」で、関川村の民芸品です。本書は、「猫ちぐら」や関川村の人々、地域の風景が方言とともに掲載された写真集で、関川村の日常の様子が伝わってくる内容です。巻末には掲載写真の撮影ポイントがわかる「関川村マップ」や村のイベントカレンダーも載っています。

ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
(025)284-6824(貸出延長・調査相談)
新潟県立図書館 http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/

 

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