神奈川フィルハーモニー管弦楽団副指揮者
Vol.121 小林 雄太
多くの新潟の人たちに
神奈川フィルを知ってほしい
―来年1月5日、新潟県民会館大ホールで開催される「ニューイヤーコンサート2025」で指揮を務めます
いつか故郷新潟で公演したいと思っていたのですが、こんなに早く実現して本当にうれしいです。しかも、僕が所属する神奈川フィルハーモニー管弦楽団(以下、神奈川フィル)の皆さんと、なおかつ同郷の音楽家、ハープの山宮るり子さん、チェロの横坂源さんとの共演という機会を与えていただけて感謝の気持ちでいっぱいです。
―神奈川フィルのコンサートマスターで国内屈指の人気ヴァイオリニストの石田泰尚さんも出演されます
入団当初から大変お世話になっています。僕のデビュー公演は石田さんがコンサートマスターでした。その強面の容姿から時に厳しいご指摘もいただきますが、実はとてもシャイで優しい方なんです。名実ともに高く評価される超一流のヴァイオリニストで、僕自身、尊敬してやまない石田さんと新潟で共演できると思うとワクワクします。
―今回、前日に開催される子どもたちの指揮者体験企画は小林さんが提案されたそうですね
せっかくなら自分を育ててくれた地元に恩返しできることがしたいなと思って提案させていただきました。と言いつつ、僕が一番喜んでいます。指揮者体験というのは僕自身の原体験でもあるので。タクトの振り方によってオーケストラの演奏が全然違ってくるというのを、子どもたちに実感してほしいと思っています。
高校時代の体験が
きっかけでこの世界へ
―指揮者体験がご自身の原体験ということについて詳しく聞かせていただけますでしょうか
高校2年の時、学内で芸術鑑賞会があり、オーケストラの演奏を聴く機会がありました。その時、演奏の合間に「指揮者体験コーナー」という企画があったんです。体験できるのは男女生徒1人ずつと教員の計3名。僕は吹奏楽部だったこともあり、男子代表として指揮台に立たせてもらったんです。曲はブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」。馴染みのある曲だったので「正しくやればこうだろう」と思いながら指揮をしたのですが、会場の反応は今一つでした。ところが僕の後に指揮した情報科の先生の演奏で驚くほど会場が盛り上がったんです。先生は音楽経験もないし、曲も知らないのに……。演奏者も観客も楽しそうだったのがショックで悔しかった。その経験が指揮者を目指すきっかけです。音楽には知識やスキルは大切なのですが、そういうことではない何かで人を楽しませたり、感動させたりできる、そんな指揮者になりたいとあの時、漠然とですが思ったんですよね。
―それで東京音楽大学指揮科に進学されるわけですね
大学へ入る前に様々な指揮者の演奏をCDで聴きまくりました。その中で「この人に学びたい」と思ったのが東京音楽大学教授の広上淳一先生です。望み通り、大学では広上先生に師事し、学ばせていただきました。
―広上先生からどんなことを学んだのでしょうか?
指揮者は人間相手の仕事で厳しい世界だとよく話してくださいました。また、「指揮をする時は姿勢良く、演奏者の目を見て。堂々とした態度でいれば、自分の“音楽”をちゃんと持っていると認めてついてきてくれるから」と。それとよく「考えろ」とご指導くださいました。当時は漠然とでしかその意味を捉えられていなかったと思うのですが、最近になって理解できた気がしています。基本的には指揮者に対して指示してくれる人はいないので、演奏課題や問題点は自分で見つけて解決していかなければいけない。また、常に自分の弱点と向き合い、修正していかなければならない。そのためには考えることが大切だからです。先生が早い段階から考える習慣を身につけさせようとしてくれていたことに改めて感謝しています。
自分がこの音を生み出したと
感じる瞬間がうれしい
―その後、どのような経緯で神奈川フィルの副指揮になられたのでしょうか
大学卒業と同時に、日本製鉄文化財団の若手指揮者育成支援制度に合格し、いくつかのオーケストラで研鑽を積みました。その一つに読売日本交響楽団があって、指揮アシスタントだけでなく、ステージスタッフのアルバイトもさせてもらいました。そのアルバイト中に神奈川フィルが副指揮を募集していることを知り、オーディションを受けて無事合格でき、今にいたっています。
―神奈川フィルに入り、3年目。指揮者という仕事はいかがですか?
指揮者の仕事は大きく3段階に分かれると思います。最初は演奏曲の勉強です。体に音楽が馴染むほどに入れ込まないと指揮ができないのでひたすら勉強します。その次がリハーサル。この指揮者はどのようなリハーサルをするのか、ここでオーケストラから指揮者の力量が問われます。人柄も見られます。この指揮者と仕事がしたいかどうかという真価が問われる場だと感じています。そして本番。お客様を前にしてどのような演奏ができるか。すべてがうまくいかないと指揮者生命は絶たれてしまいます。
―厳しい世界ですね
怖いです(笑)。指揮者は英語だとコンダクターですが、フランス語だとシェフ。料理長が料理人にどう料理してほしいのかを頼むのと同じで、どう演奏してほしいかをタクトの振り方と言葉で指揮者は演奏者たちに依頼するわけです。ただ、昨今はどこのオーケストラもレベルが高く、極端な話、指揮者がいなくても演奏が成立することも往々にしてあります。それだけにずっと一緒に演奏活動をしている神奈川フィルでのリハーサルですら、何度やっても慣れないし、緊張します。だからこそ自分の存在意義というか、この音楽を表現するために自分がいるのだという自覚も常に心がけています。
―演奏者によりよい演奏をしてもらうため、ご自身が指揮者として大切にされていることは?
演奏者を愛すること、信頼することです。例えば、オーケストラが100人いたら、100対1になる。全員が僕を好きなんて到底思えない。でも、だからといって卑屈にならず、僕はみんなが好きですという気持ちと姿勢は貫いています。そんな僕の気持ちが伝わったり、演奏者たちが僕の意見を受けとめてくれた時って、すごく良い演奏になるんです。そういう瞬間は「この音楽を僕は今、生み出すことができた」とうれしくてたまらないです。
―なるほど。では、今後の目標、夢を聞かせてください
指揮者として尊敬されるのもうれしいと思いますが、それ以前に一人の人間として愛される人になりたい。「あの人と一緒に仕事がしたいね」「あの人のコンサートに行きたいよね」と思ってもらえたらうれしいです。指揮者としての目標は「長岡花火」。長岡花火の魅力は本当に多いので、ここで全てを語り尽くすことは難しいですが、それぞれの花火プログラムに独特の世界観があり、視界に収まりきらないスケールの花火大会です。私は生まれも育ちも長岡ですので、長岡花火と共に育ってきたといっても過言ではありません。初めて長岡花火を観にきた友人たちのほとんどが、その素晴らしさに涙していました。「ここに来れて本当によかった」と。僕も来ていただいたお客様に、素敵な時間を届けることができる指揮者になりたいです。
Question&Answer
Q.どんな子どもでしたか?
友だちとゲームをしたり外で遊ぶのが好きでした。負けず嫌いで、興味を持ったことはとことん突き詰めていました。祖父相手によく将棋もしていたのですが、すっかりハマって上達し今ではかなりの腕前です。
Q.今、ハマっているものは?
公演で様々な地域へ行く機会が多いのですが、そのたびにご当地グルメを食べたり、名所・観光地を訪れたりしています。それが今は楽しいです。
Q.好きな小説や映画は?
ジャンルを問わず、いろいろな映画を観ています。特に、最後まで展開がまったく読めない、想像できない作品が好きですね。
Q.リラックスするのはどんな時?
東京の自宅近くに天然温泉があるのでそこへよく行っています。リラックスするひとときです。
Q.新潟で好きな場所は?
場所というより、実家近くのラーメン屋さんなど長岡のご飯を食べるとホッとするので好きですね。あとはやはり地元の友だちかな。
Q.自分が新潟県人だなと思うところは?
歩き方です。雪の積もった道を転ばずに歩けるのは新潟育ちだからだと自負しています。滑らないためには足裏全体を地面に垂直に下ろして歩くわけですが、実は、指揮者の舞台マナーとしてはあまり良くなくて……。それが悩みどころです。
〈Profile〉小林 雄太(こばやし ゆうた)
1997年、長岡市生まれ。第58回ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。高校卒業後、給費奨学生として東京音楽大学指揮科へ入学。指揮を広上淳一、田代俊文、増井信貴ら各氏に師事。鍵盤楽器奏者として別府アルゲリッチ音楽祭等に出演。大学卒業と同時に日本製鉄文化財団 2021年度若手指揮者育成支援制度に合格。紀尾井ホール室内管弦楽団、読売日本交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団で研鑽を積む。これまでに神奈川フィルハーモニー管弦楽団、横浜シンフォニエッタ、東京混声合唱団等を指揮。2021年4月より2024年3月まで京都市ジュニアオーケストラ副指揮者を務めた。2022年10月、神奈川フィルハーモニー管弦楽団副指揮者に就任。
神奈川フィルの素晴らしさを
新潟の人たちに感じてほしい
ソロ・リサイタルやユニットの演奏活動で新潟を訪れているのですが、神奈川フィルでうかがうのは初めてです。今、神奈川フィルはちょうど世代交代の時期を迎えており、指揮を務める小林雄太をはじめ、若い団員が続々と増えています。1月5日のニューイヤーコンサートでは新潟のみなさんに神奈川フィルのフレッシュな演奏を楽しんでいただき、このオーケストラの素晴らしさを感じてもらえたらうれしいです。
〈Profile〉石田 泰尚(いしだ やすなお)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 首席ソロ・コンサートマスター
神奈川県出身。国立音楽大学を首席で卒業、同時に矢田部賞受賞。新星日本交響楽団コンサートマスターを経て、2001年神奈川フィルハーモニー管弦楽団ソロ・コンサートマスターに就任。以来“神奈川フィルの顔”となり現在は首席ソロ・コンサートマスターとしてその重責を担っている。これまでに神奈川文化賞未来賞、横浜文化賞文化・芸術奨励賞を受賞。結成時から30年参加するYAMATO String Quartet、自身がプロデュースした弦楽アンサンブル“石田組”など様々なユニットでも独特の輝きを見せる。2020年4月より京都市交響楽団特別客演コンサートマスターを兼任。2024年11月10日には石田組で日本武道館公演を行った。最新アルバムは2024年4月にリリースされた『石田組 結成10周年記念 2024・春』。