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舞台転換、俳優の介錯など本番を裏で支える仕事

4月中旬。京都駅前にある京都劇場では4月20日から始まる劇団四季ミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター』[エルサレム・バージョン]の開幕準備が行われていた。その中でひときわ大きな声でスタッフに指示し、舞台の組立て・設置作業を進めているのが菊地涼さんだ。

劇団四季の舞台スタッフは、装置や道具の製作から進行の管理にいたるまで舞台製作を一貫して手がけている。菊地さんは副舞台監督としてこの仕事に携わっている。
「舞台の組立て、設置の作業のことを“仕込み”と言います。今回の京都公演では約3週間前に劇場に入り、仕込みを進めています。具体的には荷物の搬入から始まり、大道具担当に道具や装置を入れてもらいます。設置が完了したら、吊り物などの道具の動きをチェックし、不備がないかを確認したり、場面転換の稽古をしたり。

特にこの作品は、反り返るような高い勾配のある傾斜舞台。俳優はもちろん、スタッフにもケガがあってはならないので安全第一を念頭に置いて作業を進めています」と菊地さん。それ以外にも音響や照明の担当者と一緒に音を出すタイミング、照明の当て方、角度の向け方の調整も行う。そして開幕の数日前からは、俳優たちが実際にステージでリハーサルを実施するそうだ。

本番では舞台転換はもちろん、俳優の介錯(かいしゃく)も大事な仕事だと菊地さんは語る。
「俳優がステージに上がる時に幕を上げたり、足元が暗いのでライトで照らしたりといったサポートが介錯になります。常に俳優の目線に立ち、彼らが不安を感じることのない環境を作ることを心がけています」

俳優には一切不安を感じさせることなく、全力でパフォーマンスできる舞台を作る。それこそが自分たちの仕事だと菊地さんはとらえている。

インターンで劇団四季を経験
業務が楽しくて入団

北海道函館市出身。本人曰く「バリバリのスポーツマン」で高校時代は自転車競技に夢中だった。ちなみに新潟国体にも出場経験があるそうだ。当時はプロの自転車競技選手の道を志していたものの、思うような結果が出せなかったこともあり、その夢は諦めることにした。
「高校卒業後、1年間アルバイトをしながらのほほんと暮らしていたのですが、同級生の勧めもあって舞台やライブなどエンタメ系の専門学校に入学しました」

学校ではPA&照明(舞台制作)を専攻。ライブや舞台での照明プランや演出、また色や光の当て方などを実践的に学んだ。
「札幌のライブハウスを借りて、他学科のバンドにお願いしてステージに立ってもらい、彼らの曲の雰囲気に合わせて照明プランを考えるのはすごく楽しかったです」

そんな菊地さんが舞台の仕事に就くことになったきっかけは2年次から始めた劇団四季でのインターンだ。
「当時札幌に四季の専用劇場があり、『オペラ座の怪人』を上演していたのですが、そこで学生インターンを募集していると学校から教えてもらい、あまり深く考えず手を挙げたんです。そしたら照明ではなく、舞台スタッフのインターンでした」

菊地さんは約1年、札幌の劇場でインターンを経験した。『オペラ座の怪人』は装置や大道具がダイナミック。それらを間近で見ることができ勉強になった。
「すごい世界だと驚くことばかりでした。特に感動したのは『オペラ座の怪人』の大きな見どころのひとつとなるシーンの裏側です。スタッフ総動員で大きなセットを動かしていたんです。その姿を見て、これだけの素晴らしい舞台を実現できるのは、裏方スタッフの存在があるからなのだと実感しました」と菊地さん。当時の舞台監督の勧めもあり、菊地さんは専門学校の卒業と同時に劇団四季に舞台スタッフとして入団することになった。

子どもたちの笑顔が疲れを吹き飛ばす

入団してすぐに上京。最初の仕事はファミリー向けの作品『むかしむかしゾウがきた』の全国ツアー公演だった。
「約1年かけて121都市261公演というツアーでした。全国公演の場合、その日にセットを仕込んで、その日にバラし、次の公演先に向かうことも多いため、そのスケジュールに慣れるのにも大変でしたし、教えてもらった仕込みの作業も初めてなので時間がかかったり、やり方を間違えて周りに迷惑をかけたり。その繰り返しで監督に注意されたことも多かったです」

落ち込むことも多かったツアー公演だったが、スタッフの休憩時間にロビーをのぞくと疲れは吹っ飛び、みるみるうちに気力も体力も回復したという。
「子どもたちがすごく喜び、目を輝かせる姿があったからです。子どもたちの笑顔を見ていると、本当に良い仕事を選んだなあって素直に思えたんです。今もそう。お客様の喜ぶ笑顔が僕の原動力になっています」

その後、『ウェストサイド物語』『オペラ座の怪人』『ライオンキング』など、さまざまな作品に携わってきた。
「例えば、『ライオンキング』では入団して数年経った頃から、フライングといって俳優をワイヤーで宙に浮かせる作業を担当しました。一歩間違えれば命にかかわるので絶対に失敗は許されません。かつ、作品の重要なシーンなのでお客様の期待もひときわ大きい。何度やっても緊張するし、同時に感動もします。そんなふうに経験に合わせて責任ある仕事が徐々に増えていくのもまた、この仕事のやりがいであり、喜びです」

また、俳優にとって舞台スタッフは大変近い存在。菊地さんに舞台や作品のことを相談してくる俳優も多いそう。頼りにされることもまた素直にうれしいという。
「難しいと感じる要望は基本断りますが(笑)、最大限のパフォーマンスにつながる要望や、より良い環境づくりに必要なことであれば、全力で応えています」

8月の新潟公演までに舞台監督になることが目標

今年で入団して10年目。最近は副舞台監督として舞台監督の代わりに全体を仕切ったり、後輩の育成に携わったりする機会も増えてきた。
「後輩を育てるのは難しいです。作品のクオリティーを下げないためにもダメなところはダメだと言ってあげないといけないのですが、それがなかなか大変だと感じていて…。一番今、苦戦していることです」

現在、携わっている『ジーザス・クライスト=スーパースター』は京都公演を経て全国ツアー公演となる。8月には新潟での3公演が控えている。
「『ジーザス・クライスト=スーパースター』は[エルサレム・バージョン]初演が1976年と歴史が長く、劇団四季ミュージカルの原点ともいえる作品です。僕ら技術スタッフも伝統の重みを感じながら取り組んでいます。ぜひ新潟の方々にも観てほしいし、この世界観を体験してほしいなと思います」

新潟公演がある8月ぐらいまでに舞台監督になることが目標だそう。「舞台監督の力はすごく大きい。技術面に関わるすべてをまとめ、感動を届ける舞台を作ることが目下の目標です」

プロフィール

劇団四季 舞台監督部(副舞台監督)
菊地 涼(きくち りょう)

1993年北海道函館市生まれ。専門学校札幌ビジュアルアーツ卒業。2015年、劇団四季へ入団。舞台スタッフとしてこれまでに携わったのは『むかしむかしゾウがきた』(全国公演)、『ウェストサイド物語』(全国公演)、『オペラ座の怪人』(新都市公演)、『ライオンキング』(福岡、名古屋公演)、『バケモノの子』(東京公演)、『人間になりたがった猫』(全国公演)、『ウィキッド』(東京公演)、『ジーザス・クライスト=スーパースター』(東京、京都公演)。オフの日はカレーの美味しいお店を訪ね歩いている。