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地域に根ざしつつ
全国各地での公演も企画

NEXT STAGEに登場いただいた小林雄太さんも所属する神奈川フィルハーモニー交響楽団(以下、神奈川フィル)は、1970年神奈川県唯一のプロ・オーケストラとして発足。1978年に一般財団法人、2014年には公益財団法人に認定されている。横浜・川崎での定期演奏会や特別演奏会などをはじめ、神奈川県内の各地をまわる巡回公演などを主催。地域密着型のオーケストラを目指し、地域の音楽文化創造に貢献する活動を行っている。取材当日、横浜みなとみらいホールで行われていたリハーサルもまた、地域に根ざした取組の一つだった。「明日から横浜市立の小学校高学年を対象に『心の教育ふれあいコンサート』を開催します。横浜市教育委員会が子どもたちにプロのオーケストラの迫力ある生演奏を体験してもらおうと企画したもので毎年開催されており、神奈川フィルが演奏するのも恒例になっています」と事業推進部企画・制作グループ課長の林大介さん。
「その他、神奈川県立音楽堂で開催の0歳児から入場できる無料コンサートもすっかり定着し、もう30年以上続いているんですよ。また、最近は県内にとどまらず、全国各地で音楽鑑賞教室を開催したり、医療機関や特別支援学校への出張演奏も積極的に行っています」
こうした様々な鑑賞会、演奏会を企画し、立ち上げて本番までの一連の業務全般を担当するのが林さんたち企画・制作のセクションの仕事になる。

神奈川フィルの新たな挑戦が
クラシック業界を活気づける

基本的に神奈川フィル自体、自主公演に加えて自治体や医療機関が主催の演奏会が多い。しかし、昨今増えているのは民間企業から委託された定例コンサートやイベント。さらにクラシックコンサート以外のコンテンツでオーケストラを活用したいというオファーも急増している。それらを一手に担当しているのも林さんだ。
「例えば、地元の『横浜DeNAベイスターズ』や『横浜F・マリノス』の試合当日、ファンファーレ演奏してほしいとか、ゲーム音楽やシネマコンサートなどでの演奏を依頼されることも多いです。とりわけ最近よくやらせていただいているのが『シネマオーケストラ』。映画を上映しながら、その下でオーケストラが映画に合わせて演奏をするというスタイルのものです」
オファーの内容も様々。依頼主が中身をきっちり決めている場合もあれば、大枠のコンセプトや方向性は決まっているけれど、具体的な中身は神奈川フィルに全て任せたいというケースも多いそうだ。
「中身が決まっている場合は依頼主と相談しながら詳細を詰めていき、本番までの流れや演奏曲などを団員に伝えます。私たちが1から企画に関わる場合は、これまでの経験をフル稼働させて何ができるかを考え、依頼主に提案します」
どちらの場合でも、林さんは団員に必要以上に負荷をかけないよう心がけている。
「ご依頼に期待以上の演奏内容で応えることはもちろん大切ですが、一方で団員を守ることも企画・制作の仕事だからです。無理をさせて団員が疲弊してしまったら、それこそ良い演奏ができなくなってしまいます」
とはいえ、ちょっと大変かもと思いつつも、団員たちが面白がってくれそうな企画には積極的にチャレンジする。2023年、ドラマ『リバーサル・オーケストラ』がまさにそうだった。オーケストラの演奏者として団員たちに出演してもらったのだ。
「撮影現場という知識も経験もゼロベースの世界は非常に新鮮でしたし、刺激をもらいました。団員にとっても貴重な経験だったと思います。何より視聴者だけでなく多くの同業者から『良かったよ』と言っていただけたのもうれしかった。実は最終回で『チャイコフスキー交響曲第5番』を演奏したのですが、それ以降、神奈川フィルだけでなく、他のオーケストラでもこの曲を演奏するとお客様の反応が良く、CDも売れるようになったんです。自分たちの新たな挑戦がクラシック業界の活性化に少しでも貢献できてよかったです」

バイト先で知った
裏方の専門職ライブラリアン

佐渡島で生まれ育った林さん。小学5年から吹奏楽部で始めたトランペットにどっぷりハマった。将来は「トランペットで食べていきたい」と思い、神奈川県の短大へ。ところが、ここで大きな挫折を経験することになる。

「高校まではトランペットで誰よりも良い音を鳴らしていたのに、短大では音がうまく出なくなって。たぶん、体力や口周りの筋肉の衰えだと思うのですが、自分に奏者としての限界を感じるようになっていきました」

そう思いつつも諦めきれず、卒業後も定職に就かないままブラブラしていたそう。とはいえ、さすがに身の振り方を考えなければと思い始めた矢先、後輩が心配して声をかけてくれる。「気晴らしに僕がやっている楽器運びのアルバイトをやりませんか?」と。それが神奈川フィルとの出会いであり、人生を変える大きな転機となった。

「それまで音楽業界の裏方の仕事に全然興味がなかったんです。でも、楽器運びの仕事をしている時に、ライブラリアンという裏方仕事があることを知って意識が変わりました」

ライブラリアンとは楽譜を扱う専門職。かなり豊富な音楽知識が必要だ。オーケストラで使用する楽器すべての特性を熟知しておかなければならず、一人前になるには時間を要する。しかし「難易度が高いからこそ、“特別な仕事”だ」と林さんには思えた。

「裏方なのですが、指揮者や奏者と対等の立場で音楽の話ができる。私にとってこんな素晴らしい仕事はないと思った瞬間、パッと人生が開けた。ああ、これでトランペットをスパッと辞められるってホッとしました」

林さんは楽器運びのアルバイトの後、ライブラリアンのアシスタントとして作業を手伝うようになる。楽譜に関する様々な技術や、作曲者についての知識を徹底的にたたき込んでもらった。
「約3年経った頃、いろいろ教えてくれた先輩のライブラリアンが他のオーケストラへ移籍することになったんです。そのタイミングで、正式に神奈川フィルのライブラリアンとなりました」

8年ほどライブラリアンを経験した後、企画・制作グループへ。
「どうして異動になったか記憶があいまいで(笑)。でも、結果的にいろいろな形で音楽に寄り添えるので楽しい。ライブラリアンとはまた違った仕事の醍醐味がありますね」

どの案件も大切に育て
後輩に残していきたい

林さんに今後についてたずねると「若いスタッフたちにノウハウを継承していくため、未来永劫、定番化できるようなコンサートやイベントをこれからも企画・制作していきたい」と話してくれた。自身は今、あたかも学生時代の部活のノリで仕事を心底楽しんでいる。そういう感覚を若い世代にも味わってほしいからだと言う。

来年1月5日のニューイヤーコンサートの前半最後にヴァイオリニスト・石田泰尚さんのユニットによるサロンオーケストラが出演する。林さんが企画したものだ。「石田のヴァイオリンと、フルート、クラリネット、ホルン、マリンバとのバランスが絶妙です」と熱く語る。このサロンオーケストラにも林さんの思いが満載だ。

プロフィール

公益財団法人神奈川フィルハーモニー管弦楽団
事業推進部 企画・制作グループ 課長
林 大介(はやし だいすけ)

1976年佐渡市生まれ。新潟県立佐渡高校卒業。洗足学園短期大学トランペット専攻卒業後、2001年神奈川フィルハーモニー管弦楽団入団。ライブラリアンを8年経験した後、現在の事業推進部/企画・制作グループに配属される。定期演奏会など自主公演の他、主に映画、アニメ・ゲーム音楽の公演や、テレビドラマへの出演など民間企業からの多種多様な依頼公演の企画・制作に携わる。