南沢疎水道

工期短縮のため6カ所から同時に掘り進められて1本の水路となっており、測量技術の高さがうかがえる。これを計画した佐渡奉行荻原重秀は後に江戸で勘定奉行となり、金含有量を減らした「元禄金銀」を作ったことで知られる。後に新井白石にインフレの責任者として弾劾されたが、金銀産出量の減少と拡大する経済への対応、また金銀の海外流出を減らしながら貿易を継続するための現実的な対応と再評価されている。