新潟の地域文化を紡ぎ繋げる 新潟文化物語

  • 文字サイズ
  • 標準

特集

  1. 新潟文化物語HOME>>
  2. 特集>>
  3. file-22 観光カリスマ春日俊雄さんに聞く「山の暮らしは交流観光が生き筋」~農村はテーマパークではない

file-22 観光カリスマ春日俊雄さんに聞く「山の暮らしは交流観光が生き筋」 ~農村はテーマパークではない



農村はテーマパークではない

 - 地域振興課を離れた後、平成13(2001)年から総務課に異動されて柏崎市・西山町との合併協議を担当されていますね。そして平成17(2005)年5月に柏崎市となりましたが、高柳と柏崎では人のありようも行政のありようも随分違うので、戸惑いも多いのではないですか。

 今は大変だけど10年20年先を考えたら合併は間違いではありません。高柳は旧町よりさらに小さな地域ごとの自治を高めていかないといけないんです。顔の見える人しかいないわけだから、その中でやっていかなきゃならない。

 
長生館「御風の間
 

全国からファンが訪ねてくる荻ノ島環状かやぶき集落。景色もさることながら、茅葺きの家でいただく地元のお母さんたちの手料理が特に評判だという。食事や宿泊のお問い合わせは荻ノ島ふるさと村組合0257-41-3252まで。  

 
 
春日俊雄さん
 

じょんのび村の職員として高柳の住民となり、その後国産小麦と自家製酵母を使ったパン屋を高柳で開業した一家。遠方からもパンを買いに来るファンがいるという。こういった人たちが増えてくれることが、春日さんの願いだ。  

 

 - そうした取り組みをしつつ、この先の夢は?

 高柳の人の力を示したいですね。あったかくてね、粘り強いんです。70代くらいの人は自然と相対して生きてきたから、私らとは違う能力を持っているんです。確かに私らみんなでがんばったし、応援もしてもらった。茅葺きの家に暮らすことが恥ずかしい事じゃないと思えるようになったし、子供たちが高柳の出身だと言えるようにもなった。だけど、この風景をつくったのは何百年続いた先祖の力なんです。農村はテーマパークではない。私らは先祖とその時間の経過をちゃんと見せているかって問い直しが必要です。合併で感じたことですが、これからはただの交流ではなく、農村の理解者を増やす交流をして、お互いが元気になれるような質的転換を図ることが求められています。


 - 交流によって疲弊してはいられませんね。

 1集落に1軒でもいいから、ここで暮らして子育てをし、糧(かて)もここで得る人が現れてほしい。お手本はあるんです。門出和紙は、彼らの生き方の価値を紙にして売っているんですね。ライフスタイルとして新しいんです。そういう人が増えてほしい。じょんのびを作った頃は、100年後には日本の人口は半分になるかも知れないといわれた。日本は真ん中に山があって、沢筋にムラがあって、平野に街があるでしょ。100年後には灯りの全くない沢筋ができるんじゃないかと、そういうところを想像しましたよ。時代が変わっても沢筋で暮らしていくことができるんだって示すこと。そのことが先祖の思いにも繋がるし、人としてのあり方にも意味が見いだせるんじゃないかなぁと、思うんです。






関連リンク


 越後高柳じょんのび村
http://www.jon-nobi.com/

 こども自然王国
http://www.garuru-kururu.jp/

 高柳地区のホームページ
http://www.jonnobi-takayanagi.jp/

 観光カリスマ百選
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/jinzai/charisma_list.html

 
写真協力:柏崎市観光交流課

次ページ → 県立図書館おすすめ関連書籍

投稿はこちらから

  • イベントを投稿する
  • 地域文化データベースに投稿する
  • 投稿の仕方(PDF)
Copyright© Niigata Prefectural Government. All Rights Reserve