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file-30 新潟淡麗~新潟清酒がおいしい理由~ 酒づくりは人づくり



酒づくりは人づくり


分析作業の様子

大がかりな分析作業が必要な時は、各酒造場が若手社員を醸造試験場に送り込み協働して作業にあたる。社員にとっては技術を学ぶ場でもあり、交流の場でもあるという。

 「醸造試験場が設置当初から、研究開発と並んで力を入れてきたことが、人材教育です」と渡邊場長。昭和40年代までは「伝習生制度」と呼ばれた教育制度が存在していました。県内各地から優秀な候補者を募り、3年間醸造試験場に寝泊まりで理論から酒造実技までを教えたそうです。酒造りの技術を担っていた人々は蔵人(くらびと)と呼ばれ、それを束ねる人を杜氏(とうじ)と呼びます。蔵人たちの多くは農閑期の出稼ぎ労働で、新潟県からは県内のみならず全国の酒蔵へ杜氏と蔵人が働きに出ていました。伝習生は全国各地で越後杜氏のリーダー格として活躍します。

 しかし、その後社会情勢の変化に伴い、出稼ぎ労働が減少します。出稼ぎ労働の中で技術が伝承されてきた酒造りの現場では、酒造技術の維持と酒造技能者の確保がいずれ困難になると予想されました。その対策が、1984(昭和59)年に全国に先駆けて発足した新潟清酒学校です。

 生徒は県内の酒造場の社長から推薦された社員。講師は酒造場の経営者、技術者、ベテラン杜氏、醸造試験場職員らが担います。つまり、業界を挙げて若手社員を育成する取組です。「生徒はここで3年間、普段は自分の会社で働きながら年間100時間以上の講義と実習をこなします。酒造場としては貴重な労働力である社員を生徒として長時間送り出すうえに、自ら講師になったり、杜氏を講師として派遣することもありました。それは自社の仕事の時間を割いてライバル企業の人材育成に協力すること。そうした諸々の負担がありながらも実現できたのは、まさに新潟の酒造場の結束力なのです」と渡邊場長。現在、県内酒造場の製造責任者(杜氏)のおよそ1/3が新潟清酒学校卒業生となっています。清酒学校で得た技術とともに、卒業生同士の強固なネットワークが新潟県の酒造業界の大きな強みになっています。



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