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file-93 市民オーケストラが目指すもの(前編)

  

音楽が結ぶ人と人、人と地域。


 新潟県では、約80年の歴史を誇る交響楽団から新生の管弦楽団まで、さまざまなアマチュアオーケストラが活動しています。今回は、彼らの地域に根ざした音楽活動をたどり、楽団が目指すものや地域との関わりについてご紹介します。


長岡交響楽団の誕生

第1回定期演奏会のポスター

ここから長岡交響楽団の新しい歴史が始まった。昭和46年(1971)10月3日に開催した、楽団再編成後の第1回定期演奏会のポスター。


村山信行さん

長岡交響楽団団長、村山信行さん。高校時代にホルンを始め、大学生の時から同楽団に参加。整形外科医として多忙ななか奏者・団長として活動し、ホルンやトランペット奏法についての書籍の翻訳も手がける。

 まず、新潟県の市民オーケストラの歴史をたどりましょう。
 長岡市の「長岡交響楽団」は、昭和4年(1929)に楽器演奏を趣味とする有志が結成した「音楽普及会」を前身とし、昭和46年(1971)に「長岡交響楽団」として再編成され、現在に至っています。

 同楽団を訪ね、再編成時から団員として所属し、現在、団長を務める村山信行さんにお話を伺いました。
 「長岡という地域との関わりは、再編成時からより深まっていったんですよ」と、村山さんは振り返ります。
 当時の長岡市は、全国的に広まっていた音楽教育法の一つ「スズキ・メソード」教室ができるなど、子どもの習い事としてピアノやバイオリン教室が増え、音楽は身近なものになっていました。とはいえ、大人になると演奏する機会はなくなり、また、オーケストラの演奏を楽しむ土壌も育っていませんでした。「まずオーケストラを知ってほしい」という思いから、方向性と目標を定め、長岡市や地域に働きかけるようになったと言います。
 「まず、プロの指揮者を招いて演奏技術の向上を図りました。一方で、市民オーケストラの拠点になるようなコンサートホールが必要だと、長岡市に働きかけました。10年以上に渡って粘りづよく」。

 この時の活動の中心になったのが、フルート奏者で団長を務めていた津森茂美さん、ビオラ奏者で指揮者を務めていた若井道夫さん、バイオリン奏者で演奏を取りまとめるコンサートマスターを務めていた吉川豪一さんでした。長岡交響楽団の活動だけでなく、津森さんが経営するレコード店は地域の音楽ファンの拠点になり、若井さんと吉川さんは地元の音楽教育に尽力しました。

長岡交響楽団第56回定期演奏会

大光ツインスマイルコンサート・長岡交響楽団第56回定期演奏会。2015年7月5日、長岡リリックホールコンサートホールにて。

指揮・横島勝人氏

指揮・横島勝人氏、ピアノ・小杉真二氏、コンサートマスター・舘市正克氏を迎えての演奏。曲目はチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番変ロ単調Op.23」、ドヴォルザーク「交響曲第9番ホ短調Op.95 『新世界より』」。


 そして、その活動の成果は、まず昭和60年(1985)に表れました。
 「ベートーベンの第九の演奏です。昭和60年の第15回定期演奏会で、初めて第九を演奏したんです。この曲の演奏は、アマオケ(アマチュアオーケストラ)にとってひとつの目標。演奏できれば、オケとしての編成も技術も一人前だということですね」
 さらに、平成3年(1991)には、地元企業からの助成もスタート。
 「企業の助成金はアマオケには貴重な支えですが、受けられているオケは決して多くはありません。助成金は、県内出身の演奏家を招くなど、演奏会の充実に有効に使わせてもらっています」。
 そして、平成8年(1996)、念願の拠点が誕生します。長岡リリックホールです。この年から同楽団の定期演奏会や練習の場は、このホールに移りました。
 

地元・長岡市に寄り添って活動

 「私たちのホームグラウンドは長岡市。だから、長岡市が目指すところや歩みに沿った活動をしてきましたし、これからもそうありたいと思っています」と、村山さんは市民オーケストラの活動について語ります。

 その理念を実現したのがドイツ公演です。平成7年(1995)に長岡市がドイツ・バンベルク市と、音楽を中心とする文化交流をテーマに掲げて友好都市締結をすると、平成10年(1998)には長岡市に来日したハンベルグ・ユースオーケストラと共演。平成11年(1999)には、長岡交響楽団がハンベルク市を訪問し、2日間の演奏会を行いました。
 「このドイツ公演では、越後オペラとして「みるなの座敷」組曲も演奏し、長岡らしさをアピールしました。文化交流に貢献できたと思っています」
 「みるなの座敷」は、平成8年(1996)に創作されたオペラ。長岡市と周辺市町村で新しい文化創造を目指す「信濃川文化推進事業」の、取り組みのひとつでした。オペラは中越地方に伝わる民話をもとに、越後の風物や言葉を取り入れた内容であり、初演以来現在も、長岡市の中学生を対象とした音楽鑑賞会の演目として演奏されています。

 また、新潟県中越地震(平成16年(2004))、新潟県中越沖地震(平成19年(2007))の後には、復興応援のチャリティーコンサートや慰問演奏を実施。さらに、東日本大震災(平成23年(2011))後の福島県二本松市でも平成26年(2014)11月に音楽会を行っています。
 そのほかにも、長岡市制100周年やシティーホールプラザ「アオーレ長岡」オープンなどの記念行事でも演奏。演奏以外でも、長岡市音楽文化協会に所属し、地域の音楽文化の普及振興に関わるなど、長岡市との連携はますます深まっています。

長岡リリックホール

練習は毎週金曜日の夜、長岡リリックホールで行っている。団員の多くは長岡市在住、仕事や学校を終えて駆けつけてくる。


 現在、長岡交響楽団の所属メンバーは約70名(正団員約40名)、中学生から70代までの幅広い年齢層の「音楽家」が集まっています。音楽大学で学んだ人、学生オーケストラや中学・高校の部活動で吹奏楽を経験した人や、独学で演奏を身につけた人もいます。そうした人たちにとって市民オーケストラで演奏することは、どういうことなのかを尋ねてみました。
 「楽しいというだけでなく、私たちにとって演奏は生活の一部。演奏会でいい演奏をしたときのお客様の拍手が励みになります。音楽の魅力が伝わり、誰かの力になることができれば。それが私たちの願いです」

 市民オーケストラの役割は、地域と結びつきながら、地域の人たちに音楽の楽しさや感動、発見を提供し続けることと村山さんは捉えています。
 「これまでの歴史を大切にして、市民オーケストラとして演奏を持続していきたいと思います」。愛用のホルンを手に、村山さんはにっこり微笑みました。

■ 取材協力
長岡交響楽団 団長 村山信行さん
長岡リリックホール

■ 関連サイト
長岡交響楽団 https://www.choukyo.com/

 

市民オーケストラが目指すもの(後編)
『演奏が教えてくれる大切なこと』



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