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file-95 大河と大蛇と寺社の伝説(前編)

  

大蛇の伝説が結ぶ二つの地、白山神社と慈光寺


 日本一の大河、信濃川をはじめ、数々の河川が流れる新潟平野。川は水の恵みだけでなく、時に、洪水の被害や恐怖を人々にもたらしてきました。河川の氾らんは暴れ川として、しばしば大蛇にたとえられ、さまざまな伝承を各地に残しています。
 今回は、新潟市と五泉市という離れた地域でありながら繋がりをうかがわせる大蛇の伝説をたどり、河川を巡る人々の暮らしをひもときます。

白山神社に現れた美しき蛇の姫

新潟総鎮守・白山神社

湊町・新潟の発展を見守ってきた、新潟総鎮守・白山神社。


 新潟総鎮守として、古くから多くの人々に親しまれ、尊崇されてきた白山神社(新潟市)。その本殿の裏手にも、小さな神社が建っていることをご存知でしょうか。
 本殿に向かって左手に建つ赤い鳥居をくぐり、通路をたどって歩くと本殿裏に抜けます。すると、ひっそりとした空間に並ぶ3つの社が。そのひとつ、蛇松(じゃまつ)神社には蛇にまつわる次のような伝説が残っています。

蛇松神社

蛇松神社。江戸時代後半、神主の前に蛇松の精が現れた5月18日を、今では蛇松神社大祭の日に定めている。

 江戸時代の半ば、白山神社一帯が信濃川の大洪水に襲われた際、当時の神主は、川の中に一条の光輝くものを見つけました。神様のお告げかと船を漕ぎ出してみると、その光はおぼれている白蛇でした。すぐに助けだし、境内の老松の枝に乗せました。すると、白蛇は美しい姫に姿を変えて神主に感謝し、「この神社の守り神となり、末永くこの地の繁栄と難病苦難の人々を守るために祈ります」と言い残して姿を消しました。
 そして、老松の幹の皮は蛇のウロコのように変わり、雨は止み、水が引いていったといいます。霊験あらたかな老松は蛇松明神と呼ばれ、多くの人々がお参りに訪れるようになりました。
 やがて、「蛇松さまの皮を煎じて飲めば万病が治る」といううわさが広まり、人々が押し寄せて、老松の皮をむしり取っていくようになっていきました。

蛇松神社の御神木

蛇松神社の御神木。斜めに傾いて枝を伸ばす木の様子は、まるで蛇のように見える。

 時代は下って江戸時代後期。ある夜、当時の神主のもとに、どこからともなく美しい女がやってきて、しくしくと泣き始めました。蛇松の精と名乗った女は、「毎日、町の人々に皮をはがされ、痛くて辛くて」と助けを求めたのです。
 翌朝、神主は人の手が届かないように老松を玉垣(たまがき・神社などの周囲に設ける垣根)で囲い、しめ縄を張り巡らせました。皮がはぎとられなくなると、人々の願いはそれまでにましてかなうようになり、蛇松神社はさらに評判を呼ぶようになりました。
 

人々の暮らしに結びつく蛇松信仰

小林慶直さん

白山神社禰宜の小林慶直さん。


越後新潟湊真景 十六景 三月十八日白山参詣

江戸時代の絵師・歌川広重が描いた「越後新潟の景」に豊原國周(くにちか)が人物を描き加えた錦絵『越後新潟湊真景 十六景 三月十八日白山参詣』(新潟県立図書館蔵)。神社のすぐ側を信濃川が流れていたことがわかる。


蛇を描いた絵馬

蛇を描いた絵馬。金運や商売繁盛にまつわる祈願が多い。


奉納箱

蛇の好物とされる生卵を奉納する人が絶えないことから、奉納箱が設置されている。


 今、大きく斜めに傾いて枝を伸ばす蛇松神社の御神木は、1600年代の古地図にすでに描かれているそうです。また、「白山神社史」によると、大洪水で白蛇を助けたのは享保11年(1726)から在位した第8代神主の小林能登守直義であり、蛇松の精に会ったのは、文政2年(1819)から在位した第11代神主の小林能登守直繁であると記されています。
 「江戸時代にはこの一帯は中州で、信濃川の治水も十分とは言えず、洪水の被害は甚大だったのでしょう。蛇松伝説はそうした中で生まれたものではないでしょうか。蛇にまつわる伝説は、水害が起きたところに多く残されているようです」と、現在の禰宜(ねぎ・神織の職名のひとつ)、小林慶直さんは話します。
 また、白山神社の祭神と同じ、白山比咩(しらやまひめ)大神を祀る加賀一ノ宮の白山本宮(石川県)にも、蛇にまつわる千蛇ヶ池(せんじゃがいけ)伝説が残されています。「何か繋がりがあるのかもしれません。あちらは蛇を退治する話で内容は違いますが、水と蛇が結びついている点は同じです」とも。

 蛇松神社には、延命除災、健康長寿に加えて、巳成金(みなるかね)の信仰、つまり巳(蛇の意味)は「身」に通じるので、金運や福が身につく、商売繁盛にご利益があると考えられ、信心されてきました。その信仰は今も生き続けています。
 「現在は、松の皮ではなく蛇の絵馬に願い事を託してお参り頂いています。資産運用や宝くじ、不動産取得など、お金にまつわるお願い事が多いようですね。正月の仕事始めには行列ができます。十二支の1日で12日ごとに巡ってくる巳の日には、蛇の好物である卵の奉納が多くなります。こうした風習は、全国的に見ても珍しいのではないでしょうか」と、小林さんに教えていただきました。

 特徴のあるご利益に加えて、ユニークな供物の風習は、昨今のパワースポットブームも手伝って注目を集めるようになっています。白山神社本殿でお参りした後は、裏手に回って金運上昇のお願いを。初詣に新しいコースを取り入れてはいかがでしょうか。

 さて、白山神社に現れた白蛇は、どこから流されてきたのでしょうか。

高橋郁丸さん

新潟県民俗学会理事で著作も多い高橋郁丸さん。新潟妖怪研究所所長という肩書も持つ。


 新潟県の昔話や芸能に詳しい、新潟県民俗学会理事の高橋郁丸さんによると、五泉市の慈光寺(じこうじ)には、大蛇が逃げ出して、白山神社にたどり着いたという伝説が残っているそうです。ただし、双方で伝えられる年代には300年ほどの開きがあります。
 「伝承の世界の300年は、気にするほどの長さではありませんよ。100年間眠っていたとか、1000年後に同じ人が現れたとか、時空を超えた話は珍しくないですから。この蛇については、ふたつの話は結び付くと私は思っています」と、高橋さん。

 白山神社に現れた白蛇は、五泉市の慈光寺を追われた大蛇だった。次回は、白蛇の「過去」にさかのぼり、慈光寺でもう一つの物語に迫ります。
 

■ 取材協力
白山神社 禰宜 小林慶直さん
新潟県民俗学会理事 高橋郁丸さん

■ 資料
『白山神社史』
『新潟の妖怪』高橋郁丸 考古堂 2010年

 



後編 → 大河と大蛇と寺社の伝説(後編)
『「伝説」は庶民の暮らしを伝える生活史』

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