file-133 栃尾又と五頭で現代の湯治の魅力に浸る(後編)
大地の恵み、ラジウム温泉が人を呼ぶ/五頭温泉郷
平安時代に空海によって開湯されたと伝わる、新潟県内最古の温泉地、出湯温泉。700年の歴史を持ち、大正時代以降に湯治場として大いに賑わった村杉温泉。長い歴史を持つ温泉地には、今も湯治プランを設定し、健康回復や未病対策を求める人々を受け入れている宿があります。
五頭山の麓にありがたい湯が湧く
賑わいを見せる、昭和時代の旅館あらせい。当時は家族そろって長逗留する湯治が一般的/旅館あらせい提供
阿賀野市の五頭山の麓には、出湯・今板・村杉の3つの温泉地があり、その全てが希少なラジウム温泉です。無色透明のサラサラとした泉質で、匂いもありませんが、優しそうな見かけに反して、実力はなかなかです。それは、免疫力を活性化し、抗酸化作用があると考えられる微量な放射線を含んでいるからです。
地下水や雨水は長い時間をかけて、ラジウムなどを含む岩盤の割れ目を通って湧き出て、空気に触れたときにラドンという気体に変化します。このラドンを吸い込むと、血管を通って全身を巡り、身体の活動を活性化し、自然治癒力を高めるといわれているのです。ただし、地下深くに発生したラドンは上昇中に消失してしまいますし、また温泉の温度が高ければ空気中に揮散し、効果が薄れます。だから、高濃度のラジウム温泉は希少な存在なのです。
「出湯には二つの共同浴場もあるので、いろいろな楽しみ方ができますよ」/珍生館 若女将 小林さん
1200年以上の歴史がある出湯温泉では、宿ではラジウム温泉、二つの共同浴場は弱アルカリ性単純温泉と、二種類の泉質を体感できます。江戸時代末期から宿を営んでいる珍生館は、自家源泉かけ流し。五頭山の散策や登山と組み合わせて訪れる人の多い宿です。毎月2、3泊するリピーターを中心に、病気療養の目的でラジウム温泉を求めて県外から訪れる人、最近では自分のペースで休みたいという女性一人の滞在も増えているそうです。
贅沢に木材を使った、広々したロビーでは、庭を眺めながらゆっくりと過ごせる/珍生館
若女将の小林千秋さんは、今後は湯治を主軸にしたいと考えています。「ミニキッチンを備えているので自炊もできますし、お風呂を貸し切りで使っていただくこともできます。まずは気軽に湯治を体験いただけるよう、金曜の仕事帰りに来て日曜12時チェックアウトの2泊の『ちょこっと湯治プラン』を打ち出していきます。これをきっかけに、湯治の癒しの効果を生活に取り入れていただきたいです」
村杉温泉の新しい湯治スタイル
昭和初期、村杉温泉ではフォードで湯治客の送迎を開始。画期的かつハイカラなサービス/旅館あらせい提供
大正時代の村杉共同浴場。湯治客は宿に泊まって、ここで入湯し、疲れを癒し、療養に努めた/角屋旅館提供
次は村杉温泉です。湯治の歴史について、村杉温泉の湯本である旅館あらせいの荒木清隆さんに伺いました。
「詳しい記録は残っていませんが、江戸時代にはすでに近隣の人たちが村杉の湯に来ていたようです。明治時代の初めに、共同浴場と宿を整備したのが、今の村杉温泉の原型です。当館もその頃にこの場所に移ってきました。大正時代に泉質がラジウム温泉であることがわかり、一躍有名になりました」。その頃の湯治といえば、共同炊事場で自炊をしながら、見知らぬ人同士が相部屋で過ごすスタイル。大勢の人がさながら大家族のように過ごしていたそうです。旅館組合がまだ珍しい6人乗りの自動車・フォードを購入して、水原と村杉間で利用者の送迎をするほど、村杉温泉は人気を博していました。
「村杉温泉には自然湧出の2本の源泉と、私の曾祖父が掘り当てた源泉の3本があります」/旅館あらせい 荒木さん
旅館あらせいの内湯には、3分入って3分休むを3回繰り返す、という荒木さん考案の分割浴の方法が示されている。
「昭和10年代までは湯治が中心でしたが、戦後は徐々に宴会や遊興型の温泉になりました。当館では、常連さまから身体を癒したいという声が聞こえるようになったこともあり、10年前に湯治の宿への回帰を決めました。3泊以上、10泊以上の2つのプランを用意し、洗濯機・乾燥機、電子レンジを備えて、長期滞在しやすい環境を整えています」
3泊以上という設定は、ラジウム温泉の効果が表れるには最低でもそれくらいかかるから。荒木さんのおススメは1週間程度の滞在です。
「やってあげられない理由がなければやってあげよう、が、モットーです」/角屋旅館 安永さん
宿泊者の求めに応えながら、きめ細やかな配慮とサポートによって湯治をパーソナルに進化させているのは角屋旅館です。ラジウム温泉の心地よさや効能を堪能できるよう、4つのお風呂は24時間無料で貸切り可能。その中の一つは38度のぬる湯です。「熱い湯に入れないというお客さまのご要望で一度この温度にしたところ、実は誰にとっても気持ちよく長湯ができることがわかり、この湯だけは38℃の設定を続けています」と、安永俊さん。料理では、年齢や体調、好みに合わせて12種類のコースを用意し、さらに食事制限や動物性食品を摂らない完全菜食主義にも対応します。ベッドやいす席の導入も全てお客さまの要望によるもの。「ご要望を伺ったら、そのお客さまが次にお越しになるまでにそろえておきます」。その姿勢が心をつかみ、3泊の滞在を20~30回繰り返す人が珍しくないという角屋旅館。ここに、一人一人に寄り添った新しい湯治の形を見ることができます。「お客さまにとって『かかりつけ温泉』になりたいと思っています」と、安永さん。湯治の進化は続きます。
村杉の地中から掘り出した石を使った露天風呂。「身体を包み込むような心地よさが人気です」/角屋旅館 村杉石の湯
江戸時代に広まった、病気やけがの治療を目的とした湯治は、時代を経て、未病対策やリラックス、精神の安定を求めるものに移り変わってきました。期間も21日から2、3泊の短期の滞在に、食事も自炊から宿の提供に。けれど、人々の健やかさを求める気持ち、温泉を愛する気持ちは、江戸時代も令和の今も変わりません。どこか懐かしく温かい、栃尾又や五頭の温泉へ出掛けてみませんか。身体も心も癒されて、ほっこりほぐれ、元気が湧いてくるはすです。
掲載日:2019/12/26
■ 取材協力
小林 千秋さん/出湯温泉 珍生館 若女将
荒木 清隆さん/村杉温泉 旅館あらせい 主人
安永 俊さん/村杉温泉 角屋旅館 代表取締役社長