米百俵まつり~お米を食べずに売ったの?~
Q.「米百俵まつり」ってなに?
A.今から150年以上前の戊辰戦争で、長岡は街全体が焼け野原になってしまいました。家も食べ物もなくみんなが絶望していた時、ある出来事をきっかけに「こどもの教育」に力を入れ、ものすごいスピードで立ち上がりました。この時に生まれた「困っている時こそ、今だけでなく未来のことも考えよう」という長岡の人々の心の原点を伝えていくために始まったのが、このお祭りです。長岡の歴史を、楽しいイベントを通して体感できます!

Q.お米を食べずに売ったの?
A.戊辰戦争でボロボロになった長岡藩(現在の長岡市)に、三根山藩(現在の新潟市西蒲区峰岡)から「百俵の米(約6トン)」が届きました。みんなが「ごはんが食べられる!」と大喜びする中、長岡藩の大参事(※1)小林虎三郎が「このお米をそのまま分けるのではなく、売ってお金にしよう。そして、これからの長岡を支える人を育てるために学校をつくろう」と、お米を分けずに売って学校をつくるためのお金にしました。今の我慢が未来の大きな宝物になる。これが「米百俵の精神」の始まりです。
※1 明治初期の地方官制における役職。知事(知藩事・県知事)を補佐する。現在の「副知事」や「副市長」にあたる実務の最高責任者。

Q.売ったお金でどんな学校をつくったの?
A.小林虎三郎がお米を売って作ったお金で、明治3年(1870)に「国漢学校」という新しい学校が建てられました。「まちが新しく生まれ変わるためには、これからの未来を作る『こどもたち』を賢く、たくましく育てることが一番大切だ!」と考えたのです。新しくできた学校は、長岡のこどもたちが一生懸命勉強に励む場所になりました。

Q.その学校からは、どんなすごい人が生まれたの?
A.教科書にも出てくる、日本を動かしたリーダーたちが次々と誕生しました!東京帝国大学総長(※2)の小野塚喜平次、解剖学の医学博士の小金井良精、司法大臣(※3)の小原直、海軍の山本五十六など、多くの人物が輩出されています。もしあの時、みんなでお米を食べてお腹いっぱいで終わっていたら、今の日本や長岡は少し違う姿になっていたかもしれません。
※2 現在の東京大学の総長(学長)にあたる職。
※3 明治から戦後まで置かれた国務大臣。現在の法務大臣に当たる、国家の司法行政の最高責任者。

Q.お祭りではどんな見どころがある?
A.一番の注目は、昔の武士や偉人の格好をしたゆかりある方々が参加する「越後長岡時代行列」と「先人紹介」です。長岡藩の牧野家や河合継之助、小林虎三郎などが登場して、まるでタイムスリップしたような迫力を味わえます!ほかにも、「米百俵の精神」の物語を再現したり、お米の俵をのせた珍しいお神輿、小学生が歴史を楽しめる体験ブースや美味しいもの、ステージパフォーマンスなどもたくさん用意されていて、一日中楽しめます。




【令和8年(2026)「米百俵まつり」開催情報】
| 開催期間 | 令和8年(2026)10月3日(土)午前10時~午後4時(予定) |
| 開催場所 | 新潟県長岡市アオーレ長岡 |
| 関連サイト | 長岡市ホームページ |
| その他 | 令和8年(2026)「米百俵まつり」ポスター |
写真提供:長岡市