file-140 雪とともに~豪雪地「魚沼・十日町」の雪国暮らし(後編)
雪への準備が冬の暮らしを豊かにする
食糧を蓄え、薪や炭など燃料も準備して迎えた冬。農作業は休みでも、家の中ではわらや竹で生活用品作りや機織り、戸外では雪に埋もれた家を掘り出す雪掘り。そして、豊作や悪霊退散を願う行事の数々、子どもたちには楽しい雪遊びも。雪国の冬はドラマチック!
行事が集中する十日町の冬は忙しい
令和2年(2020)6月にオープンした新・十日町市博物館。雪や信濃川、織物の歴史のほか、国宝・火炎型土器の展示も。/十日町市博物館提供
「ホンヤラドウは姿はカマクラに似ていますが、祀る神様などが違うので、別のものなんですよ」/髙橋さん
大正時代の農家の暮らしを再現した「雪と信濃川」の展示スペース。映像も多く、子どもにもわかりやすい。/十日町市博物館提供
屋根から降ろした雪と家の周りを掘り上げた雪を道に積み上げた雪の塔。かつての十日町の冬の風景だ。/十日町市博物館提供
平均積雪深は234cm。新潟県の中でも豪雪地として知られる十日町市では、伝統的な雪国の文化を語るストーリー「究極の雪国とおかまち―真説! 豪雪地ものがたり」が、令和2年度(2020)の日本遺産に認定されました。人々はどんなふうに長い冬を過ごしてきたのか、十日町市博物館学芸員の髙橋由美子さんに伺いました。
博物館の常設展示「雪と信濃川」ゾーンでは、大正時代の農家を移築し、当時の暮らしを再現しています。「冬の間、家は生活の拠点であるだけでなく、作業場でもあるので、するべきことはたくさん。ただ家に閉じこもってじっとしていたわけではないんですよ」。わらや竹で作った生活用品、機で織った縮(ちぢみ)は、自分で使うだけでなく、農家にとって貴重な副収入源でもあったので、男性も女性も作業に励みました。
家の外では雪掘りが待っています。「豪雪地では雪は家を覆いつくします。屋根から下ろした雪の中から家を掘り出すので、雪かきではなく雪掘りというんです。雪は、家の前に塔のように積み上げるのですが、春までなかなか排雪できずに道路をふさぎ、町場ではしばしば交通渋滞が起きました」
チンコロは子犬を意味する方言。うるち米を粉にして練ったかわいい形と春を予感させる明るい色彩が人気。/十日町市博物館提供
鳥追いの行事の際に、子どもたちは「ホンヤラドウ」で餅を焼いたり甘酒を飲んだりして楽しんだ。/十日町市博物館提供
なかなか厳しい日々ですが、冬ならではの楽しみもあります。「十日町の行事の大半は小正月と呼ばれる1月15日前後に集中しています。江戸時代から続く伝統ある節季市(せっきいち)が開かれ、そこでは、子犬や十二支をかたどった可愛い米粉細工『チンコロ』が縁起物・土産物として人気を集めます。正月のしめ飾りや門松などを焼き、無病息災を願う『サイノカミ』、害鳥を追い払い豊作を祈る『鳥追い』もこの時期です。鳥追いでは、『ホンヤラドウ』という雪の小屋を作り、その中で子どもたちがお餅を食べたり遊んだり。遊びといえば、江戸時代のベストセラー『北越雪譜』にも書かれている『ハネッケーシ(羽根返し)』、豪快な羽根つき遊びも小正月に行われていました」
春になると、山の斜面に残雪が模様「雪形(ゆきがた)」を描いて農作業を始める時期を教えてくれ、雪解け水が田畑を潤し、いよいよ米作りがスタート。このように、農家は雪とともに1年を過ごします。これが雪国の暮らしです。
蓄えた食材でつくる魚沼のごちそう
「ゼンマイ以外にも、キャラブキやマタタビの漬物、ホッケの飯寿司(いずし)など、地域に伝わる保存食はいっぱい」/佐藤さん(左)と大桃さん(右)
ゼンマイは切らずに一本のまま、ゆっくり煮上げるのが湯之谷のスタイル。具材のバリエーションは家によって異なる。
魚沼コシヒカリのふるさと、魚沼市もまた豪雪地。稲作以外にも、ナメコやアマンダレ(ナラタケ)などのキノコや地元野菜を産出し、山菜など山の幸にも恵まれていますが、かつては長い冬の間の食材の確保に苦労しました。
「この辺りは毎年3mも雪が積もり、冬は畑仕事ができず、行商の人も来なかったから、保存食が頼り。山菜や野菜、魚を干したり塩漬けにしたり、濃いめの味で煮たりして長く日持ちさせ、大根や人参などは屋外に掘った穴の中に入れて、わらやカヤ、杉の葉で覆い、保存して使っていました」と教えてくれたのは、魚沼の郷土料理を伝承する「ゆのたに茶々の会」で活動する佐藤あさのさんです。今では春を味わう料理として人気の山菜ですが、昔は野菜の乏しい冬期間の貴重な食材でした。収穫して保存しておき、冬の間に煮物やあえ物、おこわなど様々な料理に利用しました。中でも、ゼンマイの煮物は何よりのごちそうで、冠婚葬祭には必ず登場。身欠きにしんや干しシイタケ、サトイモなどたくさんの材料を炊き合わせ、大きな鉢に山盛りに。もちろん令和の今も人々に愛されています。
「年間で2000人に教えたこともありますよ」。茶々の会では東京の小中学生に笹団子づくりを教えている。
「今は簡単に食べ物が手に入るので、保存食と言ってもピンと来ないかもしれませんが、郷土料理を自分の手で料理するという経験は大切だと思います」と、会長の大桃久子さん。それは地域の特性や歴史を知ることに通じ、体にも心にも栄養になるから。そこで、茶々の会は、地元の小中学校で、保存食や郷土料理の調理実習を行ってきました。大桃さんは「中学生に教えると、作り方は忘れたとしても、その味は一生の記憶として残ります。そして、大人になって食べたくなり、調理方法を習う。こうして受け継がれていく」と考えています。さらに、10年前からは姉妹都市の東京都文京区をはじめとして、都会から田舎体験に訪れる小中学生に笹団子づくりを教えてきました。「1回に180人に教えたこともあって、そりゃあもう、てんやわんや」と佐藤さん。素材に触れ、自分で作って、味わうことで、魚沼の食文化が根付き、広がっていく。茶々の会の取り組みは続きます。
掲載日:2020/11/16
■ 取材協力
髙橋由美子さん/十日町市博物館 学芸員
佐藤あさのさん/ゆのたに茶々の会 魚沼市 食の達人
大桃久子さん/ゆのたに茶々の会 会長