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file-153 時代を貫く。大倉喜八郎の志(後編)

  

文化人としての大倉喜八郎


 次々と会社を創りながら、大倉喜八郎は狂歌や書道、浄瑠璃などの趣味に親しみ、古美術品を収集して美術館を建て、また、大倉商業学校(現・東京経済大学)創立などの育英事業も同時進行。経済人・喜八郎は、文化を楽しみ、文化を支えるメセナの元祖でもあったのです。

日本の文化への深い思い

生涯で1万首を詠んだ狂歌師

狂歌 15周年P38 扇

感涙の歌 (絶筆)「感涙もうれしなみだとふりかはり、おどれや踊れ雀百まで」大腸がんで亡くなる二週間前、蔵春閣で開かれた感涙会に三時間ほど出席した際に披露した狂歌。百歳までと願っていたが九二年の人生であったと詠う。/大倉文化財団提供

狂歌集

大倉鶴彦名義で、大正13年(1924)に「狂歌鶴彦集」を出版。幸田露伴はその序文で「持って生まれた歌心、付け焼刃ではない」と高く評価した。/大倉文化財団提供

 「喜八郎は猛烈に仕事に打ち込みながら、多くの趣味も楽しんできました」というのは、大倉文化財団の村上勝彦さんです。「仕事は赤坂の本邸で行い、趣味や娯楽は向島の別邸で楽しんでいたようです。趣味で心の転換を図り余裕を生み出す、いわば『くつろぎの人生哲学』を持っていたのだと思います」
 その第一の趣味は、狂歌です。こっけいさや風刺を効かせて五七五七七の三十一音で詠む狂歌は、江戸時代に庶民層に広がりました。「喜八郎は幼いころから狂歌に親しみ、16歳で投稿した作品が江戸の狂歌集に掲載されるほどの腕前でした」
 生涯で1万首以上を詠み、歌集も出版しています。「後年の彼の狂歌は、印象に残ったことを記しておく日記がわり、また訪問客へ贈呈するものとなり、文学的だった若い頃の作風とは変わっていました」
 「蔵春閣」でもしばしば狂歌会を開催。狂歌仲間でもあった渋沢栄一もその場に集っていたそうです。

 

日本美術を守った美術収集家

大倉集古館の外観

昭和2年(1927)に再建された「大倉集古館」。日本初の私立美術館は、喜八郎と嫡子・喜七郎が収集した日本・東洋諸国の美術品、約2500件を所蔵。/大倉文化財団提供

集古館の謎の生き物

設計者・伊東忠太は空想上の動物を建築空間に潜ませ、不思議な雰囲気を漂わせる。大倉集古館でも屋根の上や展示室2階の柱の上部に幻獣や龍の姿が。/大倉文化財団提供

 もう一つ喜八郎が力を注いだのは、日本古来の美術品の収集です。明治維新後、多くの美術品が海外に流出していくのを目の当たりにした喜八郎は行動に出ました。仏像や仏画、工芸品などを買い集め、東京の自宅内に造営した大倉美術館に保管し、やがて大正6年(1917)に同じ場所に日本初の私立美術館「大倉集古館」を設立し、収集した美術品を一般に公開しました。「男爵の受爵をきっかけに、社会への恩返しとして、個人所有の美術品を社会に渡したということです」と村上さん。
 建築には一家言ある喜八郎ですから、美術館の建物にもこだわりました。関東大震災で焼失後、東京帝国大学教授・伊東忠太博士に設計を依頼した中国古典様式の建築は、後に、国の登録有形文化財となりました。その流麗な姿は令和元年(2019)のリニューアルを経て今も健在。国宝3件、重要文化財13件を含む2500件の美術品を所蔵し、多くの人を魅了し続けています。

 

「蔵春閣」の新しい歴史が始まる

蔵春閣

JR新発田駅前に建設中の「蔵春閣」。新発田市内で建築を学ぶ高校生・短大生が学びの一環として見学に来るほど、その構造は骨太で独創的。貴重な明治の建築物だ。

 迎賓館であると同時に、趣味を楽しむ場でもあった「蔵春閣」の移築工事は、新発田駅前の東公園で進んでいます。「故郷の偉人が建てた建物の里帰りとあって、市民の注目度も高いですね」と、新発田市みらい創造課の齊藤俊祐さん。「財団から『積極的に利活用してほしい』という要望をいただいています。新発田市としても、市民、観光客など多くの方々に使っていただけるように整備していきたいです」
 一般公開後にはイベント開催や軽喫茶の提供なども視野に入れて検討中。「皆様に親しまれる場所になればと思っています」

 

「民」のパワーも動き出した

物産館イメージパース
物産館イメージパース

「蔵春閣」に隣接する王紋酒造の一画に、令和4年(2022)4月にオープンする物産館「五階菱」。新発田市の名産品を揃え、賑わいの創出を目指す。(完成予想図)

 「蔵春閣」移築をきっかけに、文化の力で経済を盛り上げようとする民間のプロジェクトも動いています。進めているのは、「蔵春閣」周辺の諏訪神社、王紋酒造、清水園などの関係者が設立した一般社団法人新発田歴史文化プロジェクトです。
 「大倉喜八郎にゆかりのある場をつなげ、城下町・新発田に根付いた文化や観光資源を後世に伝えていくための基礎作りを行っていきます。日本を代表する大実業家でありながら、故郷の新発田のために尽力した喜八郎という先駆者を手本として計画を進めていこうと思います」と、プロジェクトの代表を務める布村玲輔さん。メンバーの内本隆さん、長谷川一豊さんにその計画について伺いました。
 「まず第一歩として、『蔵春閣』に隣接する王紋酒造に酒蔵の見学・展示スペース、新発田の銘品を揃えた物産館『五階菱』をオープンさせ、『越後新発田門前町』を形成します。そして、徐々に開発エリアを広げ、将来的には観光都市創成の輪を新発田市全域に拡大していきたいと思います」と長谷川さん。

 

喜八郎のベンチャー精神が宿る「蔵春閣」は新発田の人々を動かし、新たな歴史を紡ぎはじめようとしています。

 

蔵春館の外観

建設から110年を経て、喜八郎の故郷・新発田市に帰ってくる「蔵春閣」。五頭や飯豊の山々を望むこの地で、新しい歴史を刻み始めようとしている。(写真は平成24年(2012)の解体工事前の様子)/撮影:写真家 岩﨑和雄

 

掲載日:2022/3/14

 

■ 取材協力
村上勝彦さん/公益財団法人 大倉文化財団理事長、東京経済大学名誉教授
齊藤俊祐さん/新発田市みらい創造課企画政策係 係長
布村玲輔さん/一般社団法人 新発田歴史文化プロジェクト代表理事
内本 隆さん/一般社団法人 新発田歴史文化プロジェクト、大倉喜八郎研究家
長谷川一豊さん/一般社団法人 新発田歴史文化プロジェクト、王紋酒造株式会社 社長

 

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まるで美術館のような迎賓館

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