file-59 にいがた方言文化考 ~これもにいがたの方言? 新潟の方言事情

  

これもにいがたの方言? 新潟の方言事情

こんなもの、あんなもの。面白いにいがたの方言

大田朋子さん

大田朋子さん
新潟市出身。著書に「独断大田流にいがた弁講座―日本語おおばらこくたい」(新潟日報事業社)、「おもしろえちご塾」(恒文社)などがある。新潟市内の福祉系、看護系専門学校で心理学等、大学で新潟学等を担当。福祉・医療における記憶と笑いの新潟弁効果についても調査・研究。

 「先生にかけられた」、「壁新聞用にたいよう紙を買ってきて」。小さい頃から使ってきた、これらの言葉も実はれっきとした新潟弁。新潟弁を研究するエッセイスト・郷土史研究家の大田朋子先生が教えてくれた。先生も東京での学生時代、これらの言葉で悩んだという。「かけるは『指す』とか『あてる』、たいよう紙は『上質紙』『模造紙』と言うんです。これらの言葉は東京では全く通じませんでした(笑)」。

 「どうも社長が鼻を曲げてしまって…。また明日出直してよ」。ビジネスの現場でしばしば登場するこの言葉も、県外の人には意味不明である。鼻が曲がる…臭い? と連想して、今後の交渉に悩むことになる。一般的には「へそを曲げる」「つむじを曲げる」という。

 新潟弁の代表格「なじらね」はもちろん「調子はどうですか」のような意味。「『なじらね』は古語がルーツの方言です。『汝(なんじ)らはどうしているか』が短くなったのでしょう。言葉は北に行くほど短くなる傾向があります。『腹くちぇ』もそうですね。もともとは『腹がくちる』。『くちる』は落ち葉が朽ちるように、新鮮でなくなってしまったという意味です。反意語は『ひもじい』。昔は全国的に使っていた言葉のようですが、新潟に残ったんですね。新潟にはこのような古語由来の言葉もたくさん残っています。『いとしげ』なんて、素敵な言葉ですね。古語の「いとおし」(大事にして、かわいがりたくなるさま)から来ています。私も大好きな新潟弁です」(大田先生)。
    
    

県内でも通じない? 地域差も大きいにいがたの言葉

 2011年11月に上越市で行われた「越後弁サミット」で、面白い試みが行われた。新潟県内各地域のネイティブスピーカーによる、夏目漱石「吾輩は猫である」の方言による朗読である。ざっと引用してみよう。

・村上市代表の加藤悦郎さん
「おら猫だすけ。名前はまぁーだねぇ」

・新発田市代表の松川美恵子さん
「おら猫だがねす。なめえなんてまだもろでねがねっす」

・新潟市代表の渡辺幸恵さん
「おれは猫だてぇ。名前はまだね~て」

・出雲崎町代表の外山正恭さん
「おら猫だいね。なめーなんかまだねーて」

・上越市高田代表の有沢栄一さん
「おら猫だわね。名前はまだ無いしけ、せわんないわね」

・糸魚川市代表の吉原久美子さん
「おら猫なんだけんさぁ~。名前はまだないやんだぜね」

(上越タウンジャーナル2011年11月13日版より)


上越市・高田世界館で開かれた「越後弁サミット」から「吾輩は猫である」朗読の動画。文字を読むだけでは感じ取れない微妙なニュアンスがよくわかる。
動画提供/上越タウンジャーナル

信濃川

新潟市内を流れる信濃川。長野から続く日本で一番長いこの大河は、かつて人々の暮らし=生活圏を分ける大きな存在だった。
(写真提供/Sengoku40)

 このように、新潟の言葉は地域ですさまじく変わる。なぜ、これほどまでに変わるのか。大田先生は「山や川が境界線になって、言葉の使われ方が変化する」と分析する。阿賀野川を境に、阿賀北は東北弁の影響を受け、信濃川を挟んで下越は西蒲弁、中越は長岡弁。県央地域や上越はまた独自である。関西文化圏と接する糸魚川には関西弁や富山弁の影響がみられ、離島の佐渡や粟島も独自の言葉を持っている。
 方言はその土地の地形や歴史に応じて育つ、まるで生き物のような存在。次のページで、そのあたりをもう少し調べてみよう。
  

file-59 にいがた方言文化考 ~「方言の宝庫」となったにいがた

  

「方言の宝庫」となったにいがた

にいがたの方言を形成したもの

北前船

北前船とは瀬戸内から日本海側を航行した商船のこと。当時の物流に大きな役割を果たしたと同時に、後世の文化にも多大な影響を残した。

 現在の新潟のルーツである「越後国」ができたのは712年のこと。室町時代に足利尊氏が越後守護として上杉憲顕を任命。以来、越後には一国を支配する大名が配置されてきた。しかし1616年に松平忠輝が改易されると、その後は大坂冬の陣・夏の陣で戦功をあげた大名らに分割支配される「小藩分立」の時代となる。同時に、領内には多くの天領、諸藩領も存在した。それぞれの大名が持ち込んだお国言葉が、各地の言葉にも影響を与えた。

 また、江戸時代の新潟は北前船と信濃川・阿賀野川の舟運により、国内流通の重要な拠点でもあった。全国から集まる人とモノ。交わされる「会話」は、新潟の人々のなかにも自然と入り込む。「~だっちゃ」で知られる佐渡の言葉は石川や能登、福井の一部で話される北陸方言(西日本方言)。本土側の新潟弁(東日本方言)とは一線を画する。これは北前船の寄港地だった佐渡に、西日本の文化が流入したためと思われる。溢れかえる多彩なことば。まさに新潟は、全国でもまれな「方言の宝庫」になったのだ。
 

方言という財産

超耕21ガッター

「愛をコメたヒーローは、トキを超えてやってくる!」。超耕21ガッターは、悪の宇宙人「ショッタリアン帝国」の怪人から新潟(と新潟のコメ)を守るのだ!
ちなみに「ショッタリアン」という名前は、「だらしない、汚い」を意味する新潟弁「しょったれ」から来ている。
(写真提供/(株)クラビス)

 「ふるさとの訛(なま)りなつかし~」と石川啄木がうたったのは明治の頃だ。いつの時代も、方言は人々の郷愁をさそう。その土地に根ざした言葉には温もりがある。各地で折に触れ開かれる民話語りの会には、そんな方言が欠かせない。巻地区の民話は「あったげろ」(こんな話があったようだ)で始まる。魚沼の昔話には「ごーぎ」(すごく)「きょうろもぞ」(びっくりする)などが登場。ユーモラスな言葉の響きで今でも子供たちに人気という。

 方言にはもうひとつ、親しみやすさという特徴もある。人気戦隊モノのご当地版、いわゆるご当地ヒーローのなかにも、新潟弁を駆使するものがある。テレビ番組にまでなった『超耕21ガッター』では、主人公が「おめさんたち、けがはねぇけ」「さっさと逃げれて」と人々を悪から守る(ちなみに悪玉が話すのは標準語である)。「さぁ、覚悟しれ」。悪に挑むその姿は、格好良くも面白おかしい。

次世代につなぐ、ことばの宝もの

せいろうことばかるた

「せいろうことばかるた」は、消えゆく聖籠の昔ながらの言葉や文化を残したいとの想いから制作された。当初はイベント用の制作だったが、購入希望が多数寄せられ、町民会館での販売も始めた。イントネーションがわかるよう、読みのCDも付属。
写真提供/聖籠町町民会館

 こんな素晴らしい新潟の方言だが、マス・メディアの発達以降、人々の口にのぼる機会はどんどん少なくなってきた。都会にコンプレックスを抱いていた時代には、「しょーし」(恥ずかしい)から意識的に使わなかった人も多かったと聞くが、最近ではごく自然に消えてきた。これはもちろん新潟弁に限ったことではない。全国的な傾向だ(関西弁だけはお笑いを武器に広まっている様子)。

 一方で、そんな新潟の方言を残していこうという積極的な取り組みも数多くある。前ページで紹介した「越後弁サミット」もそうだし、先に挙げた「民話語りの会」にもそんな側面はある。聖籠町では「せいろうことばかるた」を作った。「とんとき」(あわて者)や「へごきゅうり」(形の悪いきゅうり)などの方言をイラストで表現し、子供たちに土地の言葉を残そうと力を入れている。このようなカルタは県内各地でも作られている。

 新潟の地で生まれ育った新潟の言葉は、新潟人の暮らしに根ざした大切な文化である。あたたかく、ユーモアにあふれ、お互いの心の機微までも伝わる。「方言の宝庫」新潟。これらはまぎれもなく新潟の財産だ。地域で、そして私たち一人ひとりで継承していくべき言葉の宝ものなのだ。
 

 

■  参考資料
「おもしろ えちご塾」大田朋子著(恒文社)
 

    

<参考ホームページ>

上越タウンジャーナル

超耕21ガッターオフィシャルウェブサイト

 

file-59 にいがた方言文化考 ~県立図書館おすすめ関連書籍

県立図書館おすすめ関連書籍

「もっと詳しく知りたい!」、「じっくり読みたい!」という方、こちらの関連書籍はいかがでしょうか。以下で紹介しました書籍は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。ぜひ、県立図書館へ足をお運び下さい。

▷『新潟方言をさぐる』

(野口幸雄著/新潟日報事業社/2003年)請求記号:N 818/N93
 新潟の朝市で「ナジラネ?」という言葉を初めて耳にした人が、あわてて自分の腕時計を見て、「時刻」を答える―。このようなエピソードから本書ははじまります。このほかにもたくさんの方言が、日常生活でどのように使われ、どんな由来があるのかがわかりやすく紹介されています。また、同じ新潟県内でも地域ごとに使われる言葉に違いがあります。郷土に伝わる言葉を、生活文化や由来とともに知ると、新たな発見につながるかもしれません。

▷『新潟県のことば』

(小林隆編/明治書院/2005年)請求記号:818/H69/15
 本書にある「新潟県方言分布図」(p3)や「方言の歴史」(p7)を見ると、新潟県の方言が地域によって様々であることがわかります。また、「県内各地の方言」や、新潟市を調査地点とした「方言基礎語彙」、新潟市以外の地域として、県央地域(旧西蒲原郡)で使われる「里言」などが音声表記とともに載っています。方言研究の入門書としてご覧になってみてはいかがでしょうか。

▷『おばばの夜語り』

(水沢謙一著/平凡社/1978年)請求記号:郷土資料N388/10
 本書は、新潟県に生まれ育った安藤マスさんという方が語った昔話集です。マスさんは明治34(1901)年に南蒲原郡中之島村(当時)で生まれ、子どもの頃に母親のミチさんから聴いた昔話を記憶し、大人になってからも百話以上を語ることができた方です。マスさんの語り口や村の言葉がそのまま記されていますが、わかりにくい言葉には説明がついています。郷土の言葉で語られる昔話をじっくり味わいたい方におすすめです。
      

      

▷『「方言コスプレ」の時代』

(田中ゆかり著/岩波書店/2011年)請求記号:818/Ta84
 「方言コスプレ」とは、比較的若い年齢層を中心にすでに定着しつつあり、「「つっこみキャラ」を演出するならば「関西弁」、「男キャラ」を演出するならば「九州弁」(略)と、ある個人がその場で繰り出したい「キャラクター」にあてはまる「方言」を着けたり外したりする」(p4)ように言葉を選ぶことであると著者は述べています。この「方言コスプレ」が受け入れられた背景や現代の日本語社会などについて分析した1冊です。
      

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