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file-84 越後の瞽女(前編)

  

高田瞽女最後の旅とその後

「高田瞽女最後の親方」杉本キクイ

越後瞽女:杉本キクイ親方

「高田瞽女最後の親方」杉本キクイ
(1898(明治31)年-1983(昭和58)年)。瞽女唄が無形文化財に選択された後の1973(昭和48)年、貴重な瞽女唄の伝承者として認められ、黄綬褒章を受章しました。     

 戦後、多くの瞽女が廃業を余儀なくされていくなかで、最後の1軒となったのが杉本家です。杉本家を継いだキクイは、養女のシズ、手引きの難波コトミとともに最後まで高田瞽女の家を守り通しました。
 杉本キクイは、1898(明治31)年、中頸城郡諏訪村大字東中島(現在の上越市東中島)で生まれました。6歳のとき患った麻疹がもとで視力を失い、7歳のときに高田市本誓寺町(現在の上越市東本町4)の杉本マセに弟子入りし、一年のほとんどを旅に費やす瞽女の世界に足を踏み入れました。
 キクイが視力を失った時、将来を心配した母は幼いキクイに「按摩(あんま)になるか瞽女になるか」と尋ねました。キクイは「三味線弾いて唄をうたう瞽女さんの方がいい」と答えたといいます。
 父の背に負ぶさって弟子入りのため高田まで来たキクイは、赤い鼻緒の足駄を買ってもらいました。迎え入れる杉本家では、マセがキクイの好物であるみかんとあめ玉を用意して待っていてくれました。その日から父が1晩、母が2晩、杉本家に泊まりました。母は帰り際「一緒に行く」というキクイに「10寝たら迎えに来るから」と言いました。それから10日もたたないうちにキクイを案じる母が訪ねてきましたが、また「10寝れば…」と繰り返したそうです。
 マセは幼いキクイを深い愛情をもって育てましたが、芸の修業は厳しかったようです。わずか7歳で瞽女の世界に入ったキクイは、3月に家に入り、4月にはもう初旅に出ています。
 入門して7年たつと「名替え」の式があり一人前の瞽女となります。10年たつと「本瞽女さ」となり瞽女仲間から「あねさ」と呼ばれます。キクイは辛い修業に耐えて高田瞽女仲間でも1、2を争う立派な瞽女となりました。それ以来キクイは、親方として二人の弟子と瞽女の道を歩み続けたのです。

高田瞽女最後の旅

 
 高田瞽女:杉本家の旅姿  

杉本家の旅姿。瞽女最後の旅は、杉本キクイと弟子のシズ、手引きの難波コトミの3人で出かけました。褄折の笠と杖、日本髪を崩さないために作った木製の「箱枕」などが入った大きな荷物を背負う姿は、最後まで変わりませんでした。  

 

 戦後、わずか1軒となってしまった高田瞽女ですが、世間では瞽女ブームが巻き起ころうとしていました。1954(昭和29)年、瞽女唄が初めてラジオ放送され、新潟大学高田分校音楽教室で、日本で初めて瞽女唄の録音が行なわれました。1955(昭和30)年には、ウィーン国立音楽大学教授でハープシコードの世界的演奏者であるエイタ・ハインリッヒ・シュナイダー女史が高田瞽女を訪ねてキクイ達の瞽女唄を聴き「雅楽は演奏者が現代人だから古典音楽の精神が伝わってこないが、高田の瞽女たちは、瞽女唄と同じように古い生活を守っている」と感激して世界に高田瞽女を紹介しました。
 細々と旅を続けて高田瞽女を守ってきたキクイでしたが、東京オリンピックのあった1964(昭和39)年、最後の旅に出ることを決意します。キクイ67歳の秋でした。道中、泊めてもらうつもりで立ち寄った昔の瞽女宿で、賑やかだった昔を懐かしんだ老女から、サンゴのかんざしをもらったキクイは、そのかんざしを「旅の人生でもらったご褒美だ」と、いつも髪にさしていたといいます。
 最後の旅を終えた翌年、芸術祭参加の民俗芸能部門に呼ばれ東京の舞台に出演した高田瞽女は、2,000人もの聴衆に深い感銘を与えました。そして1970(昭和45)年、杉本キクイは国の無形文化財(選択無形文化財)に選ばれました。盲目の女性であるがためにいわれなき差別を受けながら、じっと耐えて何百年も語り伝えてきた高田瞽女の芸がようやく国に認められたのです。
 瞽女を世に発信する大きなきっかけとなったもう一つが、画家・斎藤真一との出会いです。静岡県で高校教諭をしていた斎藤真一は、ヨーロッパを旅した後東北へと渡ります。そこで、津軽三味線のルーツが高田瞽女であると聞き、キクイと運命的な出会いを果たしたのです。この時の様子を斎藤は「真っ暗な小さな軒の下に、明治からちっとも変わらないような姿で暮らしていた」と記しています。キクイの人柄に魅了された斎藤は、翌年から10年にわたり休暇のたびに新潟へ通い、瞽女を取材するようになりました。そして、独特の鮮烈な赫(あか)を使って描く「越後瞽女日記」シリーズを完成させ、多くの人々に深い感銘を与えました。斎藤は、悲しそうな表情の瞽女を多く描いています。それでも瞽女の暮らしぶりに「何か石のように力強い、大地に根を下ろし、土の中から芽生えている大木のような人間性を見た」と語っています。
 1983(昭和58)年、キクイは85歳でその生涯を終えました。最後の言葉は「唄の文句を忘れてしまった。もう生きているかいがない」。亡くなるその瞬間まで、高田瞽女であることの誇りを持ち続けていたのです。

瞽女を後世に語り継ぐために

 「高田瞽女の文化を保存・発信する会」事務局長,小川善司さん  

NPO法人「高田瞽女の文化を保存・発信する会」の事務局長、小川善司さん。手にしているのは、小川さんら会のメンバーが瞽女宿を訪ねて歩いた記録をまとめた冊子「平成版 瞽女唄の記憶」。この冊子や瞽女に関するパンフレット、出版物等は、上越市本町7の『きものの小川』で見ることができます。  



高田瞽女:「高田瞽女ふたたび」より門付け  

「高田瞽女ふたたび」で再現された門付けの様子。雁木通りの街並みが瞽女の姿をより一層引き立てます。また年に何回か開催される瞽女唄演奏会や瞽女ゆかりの地を巡るツアーなど県内外からの参加者も多く、関心の高さを感じさせます。  

 

 上越市のNPO法人「高田瞽女の文化を保存・発信する会」は、高田瞽女を語り継ぎ、後世に伝えていこうと平成20年に発足した団体です。活動の中で有志が増え、現在メンバーは約140人。中には山形や大阪など、県外で活動を支える人もいます。
 事務局長を務める小川善司さんは、高田生まれの高田育ち。「高田は豪雪地帯で“雁木の町”として知られています。また、最近の昭和40年代まで瞽女という盲目の女性たちが集団で暮らしていた町でもあります。私たちが生まれ育った高田の財産を守り続けていきたいです」と、瞽女への想いを語ります。
 小川さんら同会のメンバーは、頸城地方一円から長野県北部に存在した瞽女宿と瞽女の関わりを再調査し、家を1軒1軒訪ねています。突然の訪問にも関わらず、瞽女のことを聞くと、高齢となった家人はパッと表情が明るくなり、当時の思い出を懐かしそうに語ってくれたといいます。「町おこしのため、地域文化の掘り起こしを進める中で瞽女の存在を意識するようになったのですが、実際に瞽女宿に足を運んでいくうちに、すっかり心は瞽女のとりこになっていました。それほど、瞽女の唄は娯楽の少なかった人々に愛されていたのを肌で感じました」と小川さんは取材に歩いた日々を振り返ります。
 また「1970(昭和45)年、杉本キクイさんが国の無形文化財に選択され、全国的に瞽女ブームが起こり、多くの作家や芸術家が高田を訪ねてきました。作家の水上勉さんが『はなれ瞽女おりん』を書き、映画監督の篠田正浩さんがそれを映画化、ほかにもドキュメンタリー映画や写真集ができました。そんな中、私たちがこれから継承していきたいのが、斎藤真一さんの大作『越後瞽女日記』とその周辺の瞽女をテーマにした絵画、書籍、レコードなど数々の作品です。それ自体が立派な文化財なので、人々に公開して感動と啓蒙を進めていきたいと考えています。私たちは目録や図録を作って、コレクターや研究者と交流しながら、作品を借りて折に触れて“瞽女文化を伝える芸術展”を開催してきました。また瞽女唄伝承者として瞽女唄を生で聴かせてくれる演奏者を育て励まし、演奏会も開催しています。高田瞽女文化がわが町の歴史の核となり、先人の遺した誇りとなっていくように今後もこうした活動を続けていきたいです」といいます。
 小川さんらは昨年2月、高田瞽女が現代に甦る「高田瞽女ふたたび」を開催。3人の瞽女役が連なって歩く姿を見ようと、見学者やアマチュア写真家が集まりました。道中4軒の町家では門付け芸を再現。降り積もる雁木の雪が、瞽女たちが奏でる三味線の音や唄声をさらに演出しました。
 昨年から、小川さんらは瞽女の文化を伝える資料館の開設に向け、募金活動を続けています。斎藤真一の作品やいろいろな資料などを展示し、いつでも瞽女のことを知ることのできる拠点とすることを目指しています。開設の目標は2015年秋。「実現すれば、今まで以上に瞽女文化に触れる機会が増えます。高田の瞽女は全国に誇れる財産ですからね」と小川さん。高田で暮らしたことのある人もない人も、雁木通りの街並みと瞽女の唄声に触れれば、温かく懐かしい空気を感じることができる…そんな日が来るのは遠くないかもしれません。      

     
    

■ 取材協力
特定非営利活動法人高田瞽女の文化を保存・発信する会 事務局長 小川善司さん

■ 資料提供
特定非営利活動法人高田瞽女の文化を保存・発信する会

■ 参考資料
上越市立総合博物館 編集・発行『高田瞽女最後の親方 杉本キクイ』
    

 

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