file-93 市民オーケストラが目指すもの(後編)

  

演奏が教えてくれる大切なこと

オーケストラを、人が集まる「音楽広場」に

合奏練習

コンサートに向けた合奏練習。この日は2時間で7曲を仕上げました。団員は北区だけでなく、新潟市の他の区や山形県からも集まります。

北区フィルハーモニー管弦楽団団長 若尾明弘さん

北区フィルハーモニー管弦楽団団長 若尾明弘さん。中学生からバンドでギターを担当し、高校2 年でバイオリンを始め、大学では学生オケに所属。同団では、準備段階から熱心に活動。

新潟市北区文化会館

新潟市北区文化会館。ワンスロープで使いやすい557席のホール、ミニコンサートにも対応できる練習室などを備えた地域文化発信拠点。

 土曜日の18時30分、楽器を手にした人々が新潟市立葛塚中学校(新潟市北区)に集まってきました。「北区フィルハーモニー管弦楽団」のメンバーです。翌週に小学校訪問コンサートを控えるこの夜、コンサート参加メンバーは音楽室で合奏、参加しないパートは自主練習と、2カ所に分かれて練習をスタート。けれど、もう一室、子どもの声が聞こえる教室が。幼児教室でしょうか。
 「いや、託児室ですよ。子育て中のパパやママも練習に参加できるように。みんなが気軽に参加できるオーケストラがコンセプトなので」と、同楽団の団長を務める若尾明弘さんが教えてくれました。

 北区フィルハーモニー管弦楽団は、平成22年(2010)11月に誕生した、新しい市民オーケストラです。同年6月に開館した新潟市北区文化会館を拠点として、高校生から60代までの75名が活動。毎週土曜日の夜、同館や区内の小・中学校で練習を行い、定期演奏会、ファミリーコンサートの他、地域の小学校、福祉施設などへの訪問演奏などを行っています。

 オーケストラが来たことのない“まち”にオーケストラを。これが結成のきっかけでした。
 「平成14年(2002)に、県民音楽祭として北区(旧豊栄市)で演奏会が開催されたのですが、なんと、これがこの地域初のオーケストラ演奏。これは、さびしい。音楽祭実行委員の中から、子どもたちが生の音楽に触れる機会を設けたいという声が上がり、年1回オーケストラの招致を行う会が結成されたんです」。
 若尾さんもその実行委員の一人でした。
 その後、8回の演奏会を開催。新潟市北区文化会館ができると知って、自前のオーケストラを作りたいという思いが高まり、平成22年(2010)6月の同館開館と同時に北区フィルハーモニー管弦楽団設立準備会を立ち上げました。
 「オケ編成に必要な楽器演奏者が集まるかどうか、お客様は来てくれるのかどうか、不安もありましたが、当時のメンバーで考えに考えて」、同年11月に同団を設立。この時のメンバーは35名でした。

第4回定期演奏会

平成27年(2015)6月開催の第4回定期演奏会。指揮・長谷川正規氏。ベートーヴェン「劇音楽 エグモント序曲」、チャイコフスキー「バレエ組曲 眠りの森の美女」、ブラームス「交響曲第2番 ニ長調」。

合同演奏会

子どもたちに音楽の楽しさを伝えたいと継続して行っている、北区の小学生との合同演奏会。平成24年(2012)10月、新潟市立葛塚東小学校にて。

 あらためて、若尾さんに北区フィルハーモニー管弦楽団が目指すものを伺いました。
 「団員が楽しく参加でき、お客様に楽しんでもらうこと。そのために、いろいろな『垣根』を取り払って、双方が楽しめる環境を整えています」
 団員に向けては、参加しやすいように練習日は土曜日とし、練習時に託児サポートを行っています。また、初心者でも気軽に参加できるよう、弦楽器育成部を設置。
 「育成部では2年間のレッスンをこれまで2期行い、4年間で約20名が団に合流。今では弦楽器パートも充実してきました」。
 クラシックだけでなく、映画音楽やアニメの主題歌など身近な曲目も取り入れ、小学生との合同演奏も行うなど、楽しい音楽経験の提供を目指しています。

 「オケは、例えれば音楽広場。楽しそうだなと、人が集まってくる場になるといいなと思っています。弾いて楽しみ、聞いて楽しみ、そしてもっと楽器をやってみようか、となったら最高ですね」。
 「では」と小さく頭を下げて若尾さんは練習室の中へ。「ハンガリー舞曲第5番」の仕上げが始まりました。

未来の担い手を育てるジュニア教室

 新潟市に全国的にも例を見ない方針で運営しているオーケストラがあることをご存じでしょうか。
 それは、昭和55年(1980)発足の「新潟市ジュニアオーケストラ教室」です。国内に約100団体あるジュニアオーケストラでは、楽器演奏経験者を対象にオーディションで団員を選ぶことがほとんど。それに対し、同教室では楽器経験のない人にも基礎から奏法を教え、オーケストラメンバーとして育てる方法を実践しています。

バイオリンの単科教室

バイオリンの単科教室。数名のグループレッスンで奏法の基礎を学び、1~2年ほどでA合奏教室への進級試験に挑戦。

A合奏教室の練習

オーケストラとしての基礎を学ぶA合奏教室の練習。初級とはいえ、クラシック作品を演奏し、定期演奏会で披露します。

 子どもたちの育成を重視するのは理由があります。
 「小・中学校では器楽合奏を学ぶ機会が少なく、クラブでも卒業などでメンバーが定着しにくいこと、必要なパートを全部集めるのが難しいのです。そこで、新潟市内の公民館などで活動していたジュニアオーケストラを集約し、この教室を発足させました。育成カリキュラムや運営システムを綿密に練り上げて、子どもたちの音楽活動をバックアップしています」と、公益財団法人新潟市芸術文化振興財団の寺田尚弘さん。発足の3年後からその運営に関わっています。
 教室では、楽器ごとに17の単科教室で基礎を学び、習熟度により初級のA合奏室、さらに上級のB合奏室でオーケストラでの演奏を学ぶ、独自のカリキュラムを実践。現在は、小学校4年生から高校3年生までの約130名が在籍しています。
 「目指しているのは専門家の育成ではなく、音楽に触れることで、例えば大人になって市民オーケストラで演奏を楽しめるようになること。音楽の担い手の育成ですね」。

 

音楽が子どもたちを成長させる

寺田尚弘さん(左)、伊藤香織さん(右)

公益財団法人新潟市芸術文化振興財団 事業企画部音楽企画課 寺田尚弘さん(左)、伊藤香織さん(右)。新潟市ジュニアオーケストラ教室の運営を担当。

B合奏教室

中・高校生がメンバーのB合奏教室。平成27年(2015)の定期演奏会では、ドヴォルザーク「交響曲第9番ホ短調『新世界より』」など3曲と、アンコールとして「威風堂々」を演奏。

 「オーケストラでの合奏はもちろん、単科教室のグループレッスンや各教室への進級試験の過程で、子どもたちは大きく成長するんですよ」と、同財団の伊藤香織さん。「競い合ったり、アドバイスしあったり、お互いに影響しあうからでしょうね」。
 「オーケストラでは、指揮者のもとタイミングや奏法を合わせ、主旋律を奏でたり伴奏に回ったり、自分の役割を考えて行動することが求められます。また、この教室ではコンサートマスター、練習の進行担当、楽譜管理担当などの役割も任されるので、責任感や自主性が身に着くのです」とも。

 年1回の定期演奏会、春と冬のコンサートの他、3年ごとに開催される「ジュニアオーケストラ・フェスティバル」での全国のジュニアオケとの交流。月に数回の全体練習と、そのために続ける自主練習。そうした活動の中で、子どもたちは演奏技術や音楽知識だけでなく、人生で大切なものを身につけていくようです。感受性、創造性、人と人とのつながりの大切さ。それらが、音楽のもたらすもの、音楽の力なのでしょう。

 空気が澄んで、音が美しく響く秋。しばし、交響曲の調べに耳を傾けてみませんか。音楽の新しい魅力に気付くことができるかもしれません。

 


■ 取材協力
北区フィルハーモニー管弦楽団 団長 若尾明弘 http://www.kita-phil.sakura.ne.jp/
新潟市北区文化会館
公益財団法人新潟市芸術文化振興財団 事業企画部音楽企画課 寺田尚弘さん、伊藤香織さん
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館

 



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