新潟の「のっぺ」は、ひとつじゃない?

 新潟の郷土料理「のっぺ」。新潟のお正月に欠かせない料理ですが、実は昔から地域や各家庭によって具材や味付けが異なり、そもそも県内でものっぺがない地域もあるなど、その姿は多様だといわれてきました。

 そんな新潟ののっぺの“いま”を知るため、文化庁の令和6年度「食文化ストーリー」創出・発信モデル事業として、大規模なアンケート調査を行ったのが「NPO法人にいがた食の図書館」です。なぜのっぺを調査したのか、また調査から見えてきた現在ののっぺの姿について、お話を伺いました。

「NPO法人にいがた食の図書館」理事長の髙橋真理子さん。株式会社ニール代表、編集者。現在は自身の仕事と並行しながら、文化庁の食文化関連事業への参画をはじめ、郷土料理や食習慣の実態調査、発信事業に取り組んでいます。

 食文化研究者・本間伸夫さんの蔵書約1000冊をはじめ、食にまつわる本を集め令和3年(2021)6月に開館した「本間文庫にいがた食の図書館」。ここを拠点に、新潟の食文化を記録、調査、発信し、次の世代へ伝えていくことを目的に令和6年(2024)2月に「NPO法人にいがた食の図書館」が設立されました。

 理事長の髙橋真理子さんは、「食の図書館」の立ち上げから運営に携わり、その後NPO法人化に尽力。現在は図書館運営と同時に、食文化を守り、発信するための活動を進めています。その髙橋さんに、なぜのっぺの大規模調査を行ったのか伺いました。

令和の「のっぺ」を大調査

―のっぺの実態調査を行おうと思われたきっかけを教えてください。

髙橋 食の図書館の運営をNPO法人に、と動き始めたのが、図書館開館の翌年、令和4年(2022)ころからでした。NPO設立にあたり、多くの方たちのお話を聞く中で、紹介されたのが文化庁の「食文化ストーリー」創出・発信モデル事業でした。調べると、それまで新潟県からの採択事例がなく、NPO法人として何を最初の事業とするかを模索していた時だったので、この制度を活用し、1年かけて食文化を丁寧に調査・記録することを、NPOとしての最初の仕事に据えたいと考えました。

(左)新潟地域の家庭の「のっぺ」。イクラやとと豆を飾る家庭もあります。(右)長岡地域の家庭の「のっぺ」。材料は乱切りで、現在では鶏肉が入る家庭も多いようです。

―調査対象としてのっぺを選んだ理由は何だったのでしょうか。

髙橋 最初は笹団子や笹寿司、雪国の保存食など、候補はいくつもありました。ただ、群馬県出身の私が新潟の方と話をすると、必ず話題が盛り上がるのが、のっぺでした。日本酒と並んで、誰もが自分なりの思い出や考えを語り出すのがのっぺで、それだけ新潟で愛されている存在なのだと感じました。

のっぺは地域差があるだけでなく、家庭ごとの差も大きい料理です。調査は難しかったのではありませんか。

髙橋 これまでものっぺの研究や記録は行われてきましたが、近年、大規模に実態を把握する調査は行われていませんでした。冠婚葬祭で食べられていたのっぺが、いつの間にか正月料理として定着していること、かつては行事の目的によって切り方や材料の数を変えていたけれど、現在は地域によって違うこと、また、のっぺ自体がない地域もあるなど、県内でも実に多様です。

 そこを含め、「令和の新潟におけるのっぺの実情と過去の歴史」を記録しておかなければ、やがて由来や意味が分からなくなってしまう。その危機感が、今回の実態調査の原動力でもありました。

 調査ができると思えたのは、郷土料理の分析をされている新潟食料農業大学の比良松道一(ひらまつみちかず)先生と出会えたことが大きかったです。大規模なアンケートを取り、それをきちんと分析すれば、令和の今でも地域性が見えてくるのではないかと考えました。

 昔から言われてきたのっぺの地域差が、令和の今も残っているのか、またどのように変化しているのかを改めて確かめたいと思ったことも理由の一つです。

調査はどのように行ったのでしょうか。

髙橋 まず、県内全域からアンケートを集めました。ネットで1,000件以上、他に紙での回答が約200件、県内13支部ある「食推さん(食生活改善推進員)」にもお願いし、回答数は合計1,300件ほどになりました。

調査で使用した新潟「のっぺ」に関するアンケート

  回答は新潟市や長岡市が多いなどの偏りはありましたが、佐渡も含め、県内全域から集めることができました。テレビや新聞で紹介してもらうなど、予算があったからこそできた部分も大きかったと思います。

 この大規模調査の回答をもとに、比良松先生が分析を行い、4グループに分類。その結果をふまえた「令和の新潟のっぺ地図」をネット上で公開しています。

 

結果を特徴ごとに4グループに分類した「令和の新潟のっぺ地図」
https://foodnavi.niigata.jp/noppe-index/

アンケート後には、現地調査も行っていますね。

髙橋 はい。アンケートの記載内容が特に興味深かった方や、結果をもとに選んだ地域を中心に調査に行きました。また家庭だけでなく、飲食店や酒蔵など、さまざまな立場の方に聞き取りを行い、再現してもらいました。

実際に大規模な調査を行ってみて、どんな結果が出たのでしょうか。また、印象に残ったことや、どのような発見があったか教えてください。

髙橋 アンケートを分析した比良松先生自身も驚かれていました。「この時代に、ここまで地域性が残っているとは思わなかった」と。移動が激しい現代においても、これほど地域差が明確に出る例は珍しいのではないかと思います。

 例えば、地域によって、お正月にはのっぺではなく、「大海(だいかい)」「お平(ひら)」「こくしょう」など、いわゆる煮物や煮しめ、汁物を出す地域があります。佐渡では「佐渡にのっぺはない」とはっきり答える人も一定数いました。

 昔はそのように「のっぺはない」と言う地域も多かったのですが、今回の調査では、多くの地域で、「料理の名前は違っても、のっぺの仲間」という意識を持っている人が多かったのは意外でした。本間先生をはじめ、これまで研究、発信してきた方々の尽力から認知され、現代の皆さんも、のっぺを意識されるようになったのだと感じました。

糸魚川の料理店で作ってもらったという「こくしょ」(左)。祭りの際に料理を食べた後、ご飯と一緒に汁代わりに出されるといいます。右は店で出すという「のっぺ」。

―ネット上で公開されている報告書を見ると、のっぺのルーツや、全国にものっぺと呼ばれる料理があるなど、興味深い内容が多くあります。今回の調査を通して見えてきた「新潟ののっぺ」ならではの特徴について、具体的に教えてください。

髙橋 大きな特徴として挙げられるのは、まず里芋が主役であることです。全国ののっぺやのっぺい汁では、大根が入る例も多いのですが、新潟ののっぺには大根を入れない家庭が多い。これについて、のっぺは冷やして食べる文化があり、大根の匂いが出やすいことを避けたのではないか、という本間先生の説があります。

材料のこだわり、手間をかけて調理した新潟市の老舗料亭ならではの「のっぺ」。だしが効いた上品な味わいがあります。

 次に、「だし」です。新潟では干し貝柱を使う家庭が多く、煮物でありながら、非常にうま味の強い味わいになるのが特徴です。これは、北前船や料亭文化の影響で、質の良い食材が手に入りやすかった新潟ならではの背景があると考えられます。

 さらに、煮物でありながら冷たくして食べる習慣が残っている点も、新潟ののっぺならではです。作りたてよりも、少し時間を置いて味をなじませてから食べるという感覚は、他県ではあまり見られません。

 加えて、「煮物」という大きな枠組みの中で多様な形が存在していることも、特徴だといえます。統一された形があるのではなく、多様性そのものが新潟ののっぺの個性なのだと思います。

調査後も継続して行っていることがあれば教えてください。

髙橋 のっぺを「調べて終わり」にしないよう、調査が終わってからも、さまざまな形で発信を続けています。

 例えば、食の図書館内のカフェでも定期的にのっぺを提供していますし、調査報告のひとつとして作った絵本「にいがた のっぺ ものがたり」を学校での食育の教材として活用していただいたりもしています。他にも調査結果をもとにした講座やワークショップを開き、地域ごとの違いや家庭の味について話し合える場を作っています。

 また、調査で得られたデータや聞き取りの内容は、資料として整理し、今後も活用できる形で保存しています。料理そのものだけでなく、言葉や記憶も含めて残していくことが大切だと考えています。

今後、のっぺを通してどのような展開を考えていますか。

髙橋 今後は、教育や観光の分野とも連携しながら、のっぺの持つ物語性を伝えていきたいと考えています。令和8年(2026)2月には、「ながおかウィンターフェス」で「世界NOPPEサミット」も開催されますし、食の図書館の活動としても、地域ごとの違いを紹介するイベントを行うことで、「新潟ののっぺ」をより多くの人に知ってもらいたいです。

 最終的には、のっぺが「特別な郷土料理」ではなく、「自分たちの暮らしの延長線上にある文化」として愛され、自然に受け継がれていくことが理想です。そのための土台づくりを、これからも続けていきたいと思っています。
 のっぺのサイトには皆さんが作ったのっぺを投稿するコーナーもありますので、ぜひ写真1枚とコメントを送ってほしいですね。作ることでつないでいきましょう。

作って投稿! あなたの新潟「のっぺ」投稿フォーム

関連サイト/
◎「令和の新潟のっぺ地図」

のっぺ特集サイト

◎新潟「のっぺ」実態調査および「令和のっぺ地図」制作による継承と発信 報告書https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/joseishien/syokubunka_story/pdf/94217001_02.pdf

◎文化庁 令和6年度「食文化ストーリー」創出・発信モデル事業
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/joseishien/syokubunka_story/94217001.html

◎絵本冊子「にいがた のっぺ ものがたり」

絵本 にいがた「のっぺ」ものがたり

取材協力/
NPO法人 新潟食の図書館

フロントページ

画像提供/令和6年度「食文化ストーリー」創出・発信モデル事業報告書より。
撮影/今井達也、岩村文雄、高橋朋子

 

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