北方文化博物館・新潟分館

長岡在の大事業主、清水常作氏の別宅として明治二十八年(1895)に建てられました。出雲崎町尼瀬の西山油田の掘削によって財をなした清水氏は、それを元手に水力発電をはじめとする各種事業を手がけ、後には越後鉄道の敷設にも尽力しましたが、四十二歳の若さで逝去。没後、邸宅は県下一の大地主、伊藤家の六代目が新潟別宅として購入し、多少の増改築が行われ、今日に至っています。
建築は新潟市の玉野玉蔵氏、築庭は後藤石水氏苦心の作。特に京風枯山水の庭は、約百年前の築庭当時そのままの面影をとどめていて、移りゆく四季それぞれの姿をみせています。庭の東南に建つ二階建てはベランダや格子窓にヨーロッパの趣きがうかがえる当時としては珍しい洋館。ここは越後の歌人、会津八一が昭和二十一年(1946)から長逝するまでの十年間、一階は書斎と応接室、二階は寝室として使用されていた寓居です。
現在館内には秋艸道人(八一)の歌碑や多数の書を展示、八一在りし日の面影をうかがい知ることができます。
また歌人として高名な禅僧、良寛の書も収蔵。歌人、文人であった良寛はまた優れた筆の使い手でもあり、独特のあたたかみのある書体は多くの人々に親しまれています。

 

出典:
『豪農の館めぐり』
提供元:財団法人北方文化博物館

画像提供元:
新潟市役所 観光物産課

所在地

新潟市中央区南浜通2番町562

アクセスマップ

投稿者: 新潟県文化課
掲載日時: 2015年3月31日 23:50

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