桔梗(ききょう)城跡

弥彦村大字弥彦の東方の丘陵群の一端、俗に城山(標高86.2m)と呼ばれている峰は、昔、桔梗が咲き乱れ、一名桔梗ヶ岳ともよばれていたという。城跡にはかつては樹齢百年を数える巨松8本が立ち並んでいたが、現在ではわずかに数本残すのみである。付近には空掘、館跡や曲輪跡なども残っており往時をしのばせる。
平安時代天喜年間(1050年代)源頼光の一族であった弥彦庄司吉川宗方がこの城を築き、康平6年(1063)黒鳥兵衛の乱を防いだと伝えられているが、弥彦神社自衛のために早くからここに簡単な塁を築いたのが始まりであろう。戦国期に至り、城主黒田秀忠は長尾景虎に抗して自殺し、その後は黒滝城主山岸秀能の支配となった。
慶長3年(1598)上杉景勝の会津移封により廃城となった。

出典:『弥彦村の文化財』
提供元:弥彦村役場産業振興課観光商工係

所在地

弥彦村

アクセスマップ

投稿者: 新潟県文化課
掲載日時: 2015年4月5日 17:44

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