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弥彦村

弥彦山の麓にある越後文化発祥の地

新潟県のほぼ中央部の日本海側に位置し、弥彦山の麓に広がる弥彦村。村のシンボルは「おやひこさま」の愛称で親しまれる「彌彦神社」。2,400年以上前に創建されたという歴史ある神社で、「越後一宮」として多くの信仰を集めてきました。まつられている神様は、人々に海水から塩をつくる技術、漁、稲作など、産業にまつわるさまざまな知恵を授けたと言われている「天香山命(あめのかごやまのみこと)」。そのため、弥彦村は「越後文化発祥の地」とも呼ばれています。国の重要無形民俗文化財「彌彦神社燈籠おしと舞楽」や「弥彦菊まつり」もあり、現在も多くの参拝客や観光客で賑わいます。彌彦神社の門前は、古くから温泉地としても栄えてきました。「湯かけまつり」は、弥彦温泉発祥の地「湯神社(石薬師様)」から神湯をいただき、無病息災・厄除開運・商売繁盛・学業成就を祈願します。

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  • 旧北国街道

    寺泊から弥彦・角田山麓を通り、巻・赤塚を経て旧新潟町に至る道。近世、この辺りでは北陸道・北陸往還・北国往還などとも呼ばれた。弥彦山スカイラインにより旧道が寸断されているが、麓集落から猿ヶ馬場へ上る部分に昔の道が一部残って […]
  • 弥彦神社

     現在の神社は伊藤忠太博士の設計により大正5年(1916)に再建されたもの。これらの建築物・構造物25件が平成10年国登録有形文化財となった。  十柱神社社殿(国重要文化財)・・・・・・弥彦神社境内末社。元禄7年長岡藩主 […]
  • 弥彦菊まつり

     毎年十一月一日から二十四日まで越後一宮[[弥彦神社]]の境内で開催される弥彦菊まつりは出品数・出品品目おいて全国随一の規模を誇る菊花大展覧会です。県内外の菊作り愛好者が一年間丹精こめて育てた名作六千鉢が出品され、一本の […]
  • ヤヒコザクラ 一本

    現在、弥彦山頂展望ビルの前面にある「白山桜」の変種で、日本における桜の大家、三好学博士によって、大正9年(1920)に学名を「ヤヒコザクラ」と命名され、一般に公表されて久しい。花は中輪単弁、色は白く基部に紅をさす。生態的 […]
  • 菊咲きオクチョウジザクラ 一本

    約3mの傘状、花は淡紅色で花弁は多くなると200枚にも達する。2段咲きで、初めは外弁が開き、次に内側の花弁が開く。花の寿命は長く、4月中旬から約1ヶ月にわたって咲き匂い、しかも花は現形のまましぼんで落ちるのが特徴である。 […]
  • 黒滝城跡

     弥彦村の南端、大字麓地内の要害(標高246.4m)に残る古城は、戦国時代に「黒滝要害」とよばれ、北陸道の軍略上の要として重要な役割を果たした守護上杉氏及び後上杉氏直属の要塞であった。「永正の乱」「天文の乱」「御館の乱」 […]
  • 一本杉遺跡

     縄文時代中期~後期の遺跡で、昭和43年の土地改良事業によって旧畑地の大半が水田化されたが、指定された部分は畑地をして残っていて、中央部はやや小高い丘となっている。平成5年、道路改修による一部確認調査を実施したところ、土 […]
  • 桔梗(ききょう)城跡

     弥彦村大字弥彦の東方の丘陵群の一端、俗に城山(標高86.2m)と呼ばれている峰は、昔、桔梗が咲き乱れ、一名桔梗ヶ岳ともよばれていたという。城跡にはかつては樹齢百年を数える巨松8本が立ち並んでいたが、現在ではわずかに数本 […]
  • 旧武石家住宅 一棟

     昭和49年~50年に新潟県教育委員会によって行われた新潟県民家緊急調査で「チョウナはつりの柱や梁がよく残り、民家としての古い要素が数多く残っている」として高い評価を得た建物である。平成4年から解体復原に向けて詳細な調査 […]
  • 弥彦参道スギ並木

    旧北国街道(北陸道)は古い時代から弥彦を縦貫し、村は宿駅としての役目を果たしてきた。この道が村に接する南北の沿道両側には、延長約200間(約350m)にわたり、神社では参道として杉を植えて厳重な管理を続けたため、数百年を […]
  • 弥彦の蛸(たこ)ケヤキ 一本

    弥彦神社前の大通りを西へ少し入った、弥彦神社末社住吉神社境内の小祠をおおうように立つケヤキの老木である。樹齢およそ800年以上、目通り周9メートル、樹高約30メートルで、蛸欅と呼ばれているように、巨幹から地上近くすぐに大 […]
  • 弥彦の婆々杉 一本

     弥彦神社の北隣に位置する宝光院の裏山にある樹齢約千年の杉の巨木で、一般には婆々杉とよばれ、弥三郎婆さの伝説を伝えている。目通り周10メートル、樹高約40メートルで樹勢きわめて盛んである。  妙多羅天女と婆杉伝説  今か […]