享保3(1718)年、ある百姓が畑を耕していると「陰・陽」を象った石が出てきました。珍しい石、と持ち帰り、庭石にしたところ家族が次々と病いに倒れました。子の代になった文政2年(1819)年、枕もとに貴人が現れ「珍しいモノ扱いでなく、敬い祀るなら『産霊』の幸せを授け願い事も叶える」と告げたため、祭り直したのがこの社の始まりといわれています。現在は出産、安産、婦人病の神様として多くの参拝者が訪れています。
出典:
『上越観光ネット』
提供元:上越市観光企画課
画像提供元:
上越市観光企画課
享保3(1718)年、ある百姓が畑を耕していると「陰・陽」を象った石が出てきました。珍しい石、と持ち帰り、庭石にしたところ家族が次々と病いに倒れました。子の代になった文政2年(1819)年、枕もとに貴人が現れ「珍しいモノ扱いでなく、敬い祀るなら『産霊』の幸せを授け願い事も叶える」と告げたため、祭り直したのがこの社の始まりといわれています。現在は出産、安産、婦人病の神様として多くの参拝者が訪れています。
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『上越観光ネット』
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上越市観光企画課
上越市名立区折居738-1
投稿者: 新潟県文化課
掲載日時: 2015年4月7日 23:54