新潟の地域文化を紡ぎ繋げる 新潟文化物語

  • 文字サイズ
  • 標準

特集

  1. 新潟文化物語HOME>>
  2. 特集>>
  3. file-135 まずは、一服。新潟ならではの茶道を体感(前編)

file-135 まずは、一服。新潟ならではの茶道を体感(前編)

  

茶道が初めてでも心配無用
心からもてなしてくれる新潟の茶人たち


 新潟県で開催された「第34回国民文化祭・にいがた2019」。新潟県茶道連盟では8流派が集結して茶会を開きました。国内各地からの視察者は「流派の垣根を超えて茶会ができるとは、全国でもめずらしい」と驚いたそうです。堅く見える茶道ですが、新潟県民ならではの“やわらかさ”があるようです。

茶道の教え“おもてなしの心”を貫く茶人たち

戦争の傷を癒そうと始まった「新潟市民茶会」

 今秋70回目を迎える「新潟市民茶会」。前回は、お煎茶を含む8流派(15団体)が新潟市内8会場で茶席を設け、県内外から約3500人が集まりました。全国の市民茶会で最も古い歴史を持ち、参加流派・団体、席数も日本一の規模を誇ります。初開催は第二次世界大戦の傷が癒えない昭和25年(1950)、わずか5席からの始まりでした。「疲弊した市民を元気づけたい」と石州流怡渓派(せきしゅうりゅういけいは)、初代小池上又新庵(こいけがみゆうしんあん)先生が市民茶会を提唱。まだ砂糖が手に入りにくい時代で、茶菓子はサツマイモを裏漉した手作りでした。その思いやりに多くの市民が励まされたといいます。

 

 昭和39年(1964)に起きた新潟地震の時も市民茶会とは別に茶人の有志が主催し、復興のシンボルとして建てられた新潟県民会館で茶会を開きました。以来、毎秋開催される県民文化祭(現・新潟県文化祭)と連動して現在まで続いています。この大茶会は、昭和43年(1968)に設立された新潟県茶道連盟に引き継がれ、最大の事業となっています。戦争や災害でわが身も苦しい中、茶道の教えである“おもてなしの心”を貫いた茶人たち。連盟には次第に思いを同じくする流派が参加して、現在は11の流派(※1)が加盟しています。

 

大倉さん

「原三渓(はらさんけい)という茶人が『蓮の花が見頃です。お出かけ下さい』と親しい人を茶席に招きます。道具に語らせる有名な話ですが、知ったときには涙が止まりませんでした。お茶はやるほどにおもしろいです」/大倉さん

 連盟事務局長の大倉洋一さんは、「私たちは他の流派と共に茶会をすることが当たり前でした。しかし、『第34回国民文化祭・にいがた2019』で県外者の驚きを見て、全国でもめずらしく、価値があることに気付きました。先人の努力はもちろんですが、ここまで仲良くできるのは新潟人の県民性なのでしょう」と言います。
 連盟では茶席を年に3回設けています(※2)。平服でも、お茶は初めてでも丁寧に教えてもらえるので、気軽に訪れてみてはいかがでしょうか。

 

(※1)新潟県茶道連盟に加盟している流派
裏千家淡交会新潟支部、江戸千家新潟不白会、江戸千家不白会越後支部、小川流煎茶、表千家同門会新潟県支部、古儀茶道薮内流竹風会新潟支部、茶道石州流怡渓会、石州流茶道宗家新潟下越支部、煎茶花月菴流、煎茶道東阿部流新潟支部、宗徧流新潟支部・下越支部

(※2)2月「チャリティー茶会」新潟伊勢丹・丹庵、9月「新潟県文化祭と連動した茶会」りゅーとぴあ、10月第一日曜「新潟市民茶会」燕喜館、旧齋藤家別邸、旧小澤家住宅など。

 

本物の道具でお茶をいただける木村茶道美術館

木村翁

秀才であった木村翁は早稲田大学からアメリカのバルパライソ大学へ留学。卒業後イギリスを経て帰国した。この海外経験からナショナリズムに目覚め、茶道を始めたといわれている。お茶の心を説いて「一服のお茶をいただきながら、美の世界を享受すること」と言っていた。

 柏崎市にある木村茶道美術館も全国でもめずらしい存在といわれています。最大の特長は、収蔵品の茶道具を実際の茶席で使うこと。通常の美術館ではガラス越しに見るものですが、希望者は、茶碗に直に触れながらお茶をいただけます。収集者であった故木村寒香庵重義(きむらかんこうあんしげよし)翁の「使ってこそお道具であり、使わなければお道具が死んでしまいます」との考えを、昭和59年(1984)の開館から守り続けているのです。
 木村翁は明治29年(1896)、柏崎市近郊の旧家に誕生。柏崎市の漆芸家・森三樹(もりさんじゅ)亭で茶道を習い、その後は旧高田市で不白流(ふはくりゅう)の清水宗観から学びました。昭和47年(1972)に柏崎市で江戸千家柏崎支部を旗揚げし、茶道教師として多くの弟子を育てながら普及に努めます。昭和58年(1983)には生涯をかけた茶道具のコレクションを惜しみなく柏崎市に寄付しました。

 

石黒さん

「さまざまな職種や年代が集まる茶道はまさに異業種交流会。その出会いが人生のプラスになる。人付き合いが希薄な時代だからこそ、人と接点を持つことに意義があります」/石黒さん

 同館館長の石黒信行さんはそれらの鑑定に同席しました。「著名な鑑定士は、あっという間に振り分けていくのですね。どうしてそんなに早く分かるのかと尋ねたら、いいもんをいっぱい見れば分かる。つまらんもんは見るなとおっしゃいました。何百年もいろんな人の目を通して残ってきた物には迫力がある。オリジナルは一目見て別物と分かる。偽物とは何かと考えたときに“似せよう”とした物であり、その物に主体性はないのです」と、本物に触れる意義を教えてくださいました。昔の美術商は新米の丁稚(でっち)に良いものばかり見せたそうです。本物がどういうものか、絶えず刷り込んでいく教育です。

 

飯塚さん

「今年で95歳になりましたが、まだ覚えることがある。今日も一つ覚えました。周囲からいっぱい勉強させていただいています」/飯塚さん

 昭和36年(1961)から木村翁より茶道を学んだ江戸千家不白流師範の飯塚美重子さんは、年に一回の茶会を手伝い、木村翁亡き後も回を重ねてきました。「木村先生は高校で英語教師をされていた時期があり、ちょうど主人が教え子だったので頼みやすかったのでしょう。主人が亡くなるまで二人で手伝い、新潟県中越沖地震の年も中止せず、昨年までに62回も開きました。茶道はやめられないですね。他のことは飽きてしまうけれど、飽きることがありません」と言います。茶道は、いかにお客様に楽しんでいただくかに尽きますが、茶席の楽しみは「亭主7分、客3分」といわれ、亭主の方が楽しいそうです。創意工夫の世界ですから、ありきたりではつまらない。どんな風にもてなすのか、意表を突いたサプライズも考えて、遊び心を持ってたくらむ時間がおもしろい。木村翁も発想が自由でした。十字が記された隠れキリシタンの茶碗に合わせ、茶菓子は当時販売されたばかりのブルボンのカステラを出しました。ひとつずつ袋に入っていたので「衛生的だ」とおもしろがったと言います。

 

木村茶道美術館の写真

木村茶道美術館には木村翁のコレクションの他、多くの篤志家、作家が寄贈している。館のある松雲山荘は名園として知られ、秋は紅葉の名所となっている。

「本物に触れたいという人はぜひ柏崎にいらして、本物を理解するベースをつくってください。若い人たちは自分の物差しでものをつくりますが、やはりベースがなければ。いろいろ見て波長が合うもの、著名ではなくても琴線に触れるもの。自分が良しとするものをいかに突き詰めるか、その域まで行くのに時間が掛かりますが、だからお茶は楽しい。まずは、一杯。初めての方もお気軽に当館にいらしてください」と石黒さんは言います。

 

 柏崎市でも平成30年(2018)9月から市民茶会を開いています。また、今年の4月25日(※3)には木村茶道美術館と柏崎茶道会の共催で、NHKの連続テレビ小説『スカーレット』の主人公のモデルになった神山清子さんの講演会を開催します。まずは興味のあるところから、参加してみてはいかがでしょうか。

 

(※3)新型コロナウイルスの影響で延期の可能性もあります。問い合わせは4月1日以降で木村茶道美術館、0257(23)8061まで。

 

大倉さんが考える茶道の魅力を伺う

●茶道を始めたきっかけは?
「若い頃は人前に出るのが苦手でしたが、何か一つやろうと思っていたときに、たまたまお茶の師匠と出会いました。初めて稽古をして翌週行ったら、先週のことを全く覚えていなかった。それでも何か惹かれるものがあったのですね。掛け物や季節の花、焼き物と知らない世界が楽しかった。勉強をし出すと切りがなく、のめり込んでいきました。今では、お茶は自分の一部です」

●どこに惹かれますか?
「こわれた茶碗でも金継ぎ(きんつぎ)をして直して使う。継いででも生かしたいというところに惹かれました。壊れても、いびつでも、そこに良いものを見いだす。人間も同じで完璧な人はいませんが、その人の良い部分を発見することに通じる。劣等感を持つ人もいるでしょうが気にしなくていい、必ず誰かが見てくれます」

●おもしろいと感じるところは?
「道具に語らせるところです。今日、この道具にしたのは何かがあるはず!と亭主の意図を客がどう読み解くか。花も茶席に合わせてその場で咲くように、数ヶ月も前から準備をしていたことに気付けるかどうか。しかし、知らない、気付かないでは亭主との会話が成り立たない。自分が高まるほど相手のおもてなしが理解できる高度なコミュニケーションであり、知的な遊びです」

●茶道を長く続けてよかったことは?
「作法でありながら、生き方を教えてくれることでしょうか。飲むだけなら5〜10分ですが、長くやっていると人の生き方がわかってくる。自分の生き方にも向き合える。流儀を立てた人たちの考えが型に現れており、知るほどに深いところへ行けます。私は石州流怡渓派で、“ありのまま、自然体で生きなさいよ”という教え。飾るな、つくるな、素のまま生きろ、は今の時代には難しいかもしれません。社会から遅れていると思うのが怖いから飾ってしまう。会社でも、学校でも習わない“生き方”を教えてくれるのが茶道です。思いやりを表現する世界に触れ、自分の良いところを探そうと見てくれる人が近くにいる。それだけで救われます。ぜひ、若い人にじっくりやっていただきたい。きっと得るものがあるでしょう」

 

 

 茶道は単なる作法ではなく、人が生きるための不変の知恵が凝縮されたものでした。
 後編は、茶道が殿様から市中に伝わった歴史と、茶道に関わる人たちの未来への展望を探ります。

 

掲載日:2020/3/19

 

■ 取材協力
大倉 洋一さん/新潟県茶道連盟 事務局長
石黒 信行さん/公益財団法人木村茶道美術館 館長
※木村茶道美術館は4月〜11月まで開館、冬期(12月〜3月)は閉館します
飯塚美重子さん/江戸千家不白流 師範

■ 参考資料
木村茶道美術館ホームページ
「森三樹亭を支えた柏崎女傑の一人 森愛子」/小栗俊郎著

 

後編 → まずは、一服。新潟ならではの茶道を体感(後編)
茶道の心を脈々と伝える茶人たち

投稿はこちらから

  • イベントを投稿する
  • 地域文化データベースに投稿する
  • 投稿の仕方(PDF)
Copyright© Niigata Prefectural Government. All Rights Reserve