file-145 信濃川と阿賀野川を結ぶ、川の街道・通船川(後編)

  

変わりゆく通船川の水辺の風景

 東南アジアから輸入された丸太を筏に組んで貯木場へ 。通船川で長く行われ、日本で唯一残っていた木材筏の曳航 (えいこう)が、令和3年(2021)5月に役目を終え、姿を消しました。今 、通船川では、川を起点としたまちづくりが進み、カヌーの練習やワークショップの場として活用されています。

「働く川」から「楽しむ川」へ

丸太を組み、木材筏を操る男たち

社員

木材筏の曳航を担ってきた3人。日本最後まで残っていた通船川の木材筏の終了を、時代の流れと受け止める。

西港で

新潟西港で降ろされた丸太を並べ、U字の釘を打ちながら筏を組んでいく。7~8人で90分はかかる重労働だ。

船で引く

丸太10本で組んだ筏を船で引いて通船川へ。筏の上には、木材の安全な運送を監督するため社員1人が乗る。

 昭和30年代、日本では建材や家具に適している南洋材の需要が伸び、新潟西港でも輸入量が増加しました。丸太は2カ所の県営貯木場へ運ばれて検疫のため一定期間保管され、通船川沿いに立ち並んだ木材の加工工場へ。
 「平成の半ばまで木材輸入は盛んでした。9500本もの原木をプールできる貯木場が満杯になって、入りきれない原木を通船川の両側に係留したこともありました」と語るのは、伊藤和弘さん。今回お話を伺った伊藤さんたち3名は、港湾の運輸を担う企業の社員として木材筏を運行しました。
 その仕事内容は、新潟西港で大型貨物船から降ろされた丸太を、水上で10本ずつ筏に組んで、4枚の筏をロープでつなぎ、船で引いて貯木場へ輸送すること。仕事は約10名のチーム制で、7~8人で筏に組み、その後、船の操縦者と筏に乗る者の2人で曳航します。「まず筏づくりを覚え、一人前と認められたら、曳航ができるようになるんです。初めて筏に乗ったときは緊張しました」と、古橋祐司さん。筏に乗る人は長い竿を持ち、筏がほどけたり、丸太が壁にぶつかったりしないよう、筏を監視し、操ります。自然相手の仕事だけに厳しいこともあったと言うのは、長谷川貢さんです。「雨や雪でも朝から日没まで作業しました。ただし風速16mを超えると中止です。特に北西の風だとうねりが出て危険だから」。伊藤さんも「山ノ下閘門でも水が渦巻いて木が騒ぎ始めるから、気を使いました」と曳航の難しさを語ります。

 

 近年、マレーシアの輸出禁止措置や関税の引き上げで輸入量が激減。沿岸の合板製造工場が解散したこともあり、新潟西港から貯木場への曳航は令和2年(2020)6月に終了。働く川・通船川の大きな役割が終わりました。

 

水辺を楽しみ、魅力を発信するNPO

金先生

県花のチューリップで作った巨大な花絵を運ぶ木材筏。かつてはGWの風物詩として楽しまれていた。

 通船川を木材筏が行く光景が好きだったという加藤功さんは、美しい水辺を次の世代に継承することを目標とするNPO法人新潟水辺の会で活動しています。「チューリップで作った大きな花絵を載せた花筏もきれいでしたよ」。もう一つ、加藤さんお気に入りの風景は、通船川の背景に山の下閘門と朱鷺メッセを望む構図です。こうした水辺の風景の魅力を多くの人に知ってもらうため、同会では、川清掃や活動基点である通船川河口の森の整備などに取り組んでいます。

 

カヌー

通船川は万代高等学校端艇部の練習拠点。河口の森に艇庫やトイレなの設備が整い、活動しやすくなった。

清掃

新潟水辺の会では、船を使って川清掃を行っている。「年々ごみの量は減り、きれいになっています」/加藤さん

 通船川河口の森は、新潟市立万代高等学校端艇(たんてい)部、つまりカヌー部の活動拠点でもあります。県が船着場・駐車場・照明を整備し、市がトイレを設置。新潟水辺の会が寄付を募ってカヌー艇庫を建てました。カヌー部だけでなく、市民も使えるようにしたのは、水に親しむ経験こそ川の美化や活用につながると考えてのことです。
 「昔は野菜を洗ったり、魚を釣ったり、川は身近な存在でした。今は使わず、近寄らないから無関心になり、ごみを捨ててしまったりする。川は活かさないといけません」
 加藤さんには大きな夢があります。「通船川と栗ノ木川、信濃川、阿賀野川を船で周遊したり、カヌーで巡ったりして、川からの視点で街や人の暮らしを眺められたら、新潟への愛着が生まれ、観光資源としても活用できると考えています。新潟という湊町を発展させたのは大河だけではない。通船川をはじめとする様々な川が利水を担っていたことを多くの人に知ってほしいです」

 

川をフィールドとして学ぶ大学生

県立大

通船川のお気に入りスポットを見つけるワークショップを学生主体で開催。

 通船川に近い新潟県立大学に、通船川をフィールドとして学んでいる学生たちがいます。平成23年(2011)から山中知彦教授が取り組み始め、現在は非常勤講師の横尾文子さんらが引き継いでいる「都市・地域デザイン演習」。まちづくりをコーディネートする資質を現場で養う授業です。「地域の宝を掘り起こし、磨いて発信することが大切。そのためには、自分の足で歩き、住民の声を聞くこと」と、横尾さんは学生に声を掛けます。

 

菜の花と筏と工場

都市・地域デザイン演習で訪れると、木材筏と工場群が一度に見られる通船川らしいフォトジェニックなシーンに遭遇。学生たちは大感激。

 

横尾先生

下山と大形コミュニティ協議会による通船川まちあるき撮影会。道中、学生たちが農家さんから大根をいただくなど、地域との交流が微笑ましい。

写真展

県立大生がコーディネーターとなり、それぞれの視点で通船川らしさを切り取った写真の展示会を開催。

 沿川の清掃活動や夏祭り、まちあるきに参加し、通船川の歴史や自然を学ぶ中で、学生たちは「通船川にしかない風景」に気づき、ワークショップや写真展を計画。地域団体やNPOと連携を図り、コーディネーターとして開催を支えました。令和3年(2021)に新潟市東区内の4ヶ所で開催した写真展では「自分の住んでいる地域がこんなにきれいだとは知らなかった」「ここに住んでいてよかった」という声も寄せられ、大きな手応えを実感したといいます。横尾さんが考える通船川の魅力は、川を渡る風、船で橋の下をくぐる体験、カヌーの姿、工場夜景。「多彩な魅力を持つ通船川が、地域と学生をつなぐ川であってほしいと思います」

 

筏遠景

昔ながらの木材筏と、朱鷺メッセなど近代的なスカイラインの対比が多くの人を引き付けた。(木材筏は終了)

 江戸時代の治水により誕生した通船川は、物資輸送などの利水を担い、水害対策の防災拠点ともなりました。移り変わる時代のニーズに応えて役割を変えてきた川は、今、多くの人の力により環境が整えられ、新たな表情を獲得しつつあります。
 工場や橋梁などが作るスカイライン、漆黒の夜空を背景に輝く工場夜景、広大な貯木場、ダイナミックな山の下閘門、滑るように進むカヌー、水辺の緑。多くの魅力に満ちた通船川は、今日も静かに流れています。

 

掲載日:2021/6/21

 


■ 取材協力
伊藤和弘さん、古橋祐司さん、長谷川貢さん/新光港運株式会社 現業部
加藤功さん/NPO法人新潟水辺の会 副代表
横尾文子さん/新潟県立大学 国際地域学部 非常勤講師

 

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