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file-85 越後杜氏と酒造り唄

  

良質な酒を生み出す越後の酒造り唄

酒造り唄と酒造りの密接な関係

仕込みが終わってから行う「切り火」

仕込みが終わってから行う「切り火」
火打石を鳴らし、祝詞をあげ、安全醸造を願い神様に祈ります。

「とろりしやらりと 今とぐ米は
          酒に造りて 江戸へ出す」
 かつて、酒造りの現場では「酒造り唄」という唄が唱和されていました。唄うことで作業時間を計ったり、疲れ果てた身を奮い立たせたり。そうすることで作業の正確性はもちろん、作業の効率化や眠気覚まし、危険防止に仲間意識の向上といった効用もありました。また蔵は音の反響がよく、辛い作業をやりきる上で高らかに歌い上げることは楽しみでもあったといいます。歌詞は、労働の厳しさやふるさとに残す妻子への想いなど様々で、リズムも流し唄であったり、威勢がいいものであったりと変化に富んだラインナップです。
 
 【主な酒造り唄の一例】
1:桶(おけ)洗い唄…直径6尺、高さ7尺もある大樽の中に二人で入り、自由な節回しで音頭取りが高らかに唄い、洗いながら合いの手をいれます。
2:米洗い唄…桶の中で足を使って米をとぐ際の唄。桶洗い唄と同じく音頭取りに続いて他のものが声を揃え、足の動きを合わせます。
3:数番唄…旋律はなく、日本語の持つリズムを活かしたかけ声のようなもの。水を運ぶ時など数の確認はすべてこの唄が唄われました。「二、日光結構中禅寺〜」といった語呂合わせなどユーモアが込められた歌詞も。20番まであります。
4:酛(もと)すり唄…蒸米・水・麹をすりあわせ櫂(かい)ですりつぶす作業。哀調を帯びた唄に合わせてリズミカルに櫂を動かします。
5:仕込み唄…日本酒独特の三段階に分けた仕込み方で、2mの櫂を使っての本仕込み。威勢の良い唄声に、酒を造る男たちの弾むような心意気がみなぎっています。
6:二番櫂…夜なべをしながら桶の中の温度が一定になるようかき混ぜます。杜氏の音頭で表面を二回突き、三回目に桶の底まで力強く櫂(かい)を入れます。酒造り唄の中で最も代表的なものです。
7:三ころ…酒造工程も最後の頃に唄われます。最後を締めくくるにふさわしい軽やかで華やかな響きに、喜びが込められています。
 
 他にも流し唄、酛(もと)取り唄、床揉み(とこもみ)唄、道中唄など、作業工程ごとに唄があり、その数は10種類以上あったことが現在でも伝えられています。
 
 「夜中二時間おきに唄いながら世話をしたりと、酒造りは子守りと一緒。きっと唄わないと眠くなったんだと思います。途中で酒の様子が変わったら『酒はどういった原因でこんな状態になった』という風に突き止められる杜氏はお医者さんですね。そうして子どもが一人ひとり違うように、お酒も一つひとつ違うものに成長します」(新潟県酒造従業員組合連合会・新潟清酒学校元事務局長 本間さん)。
 
 実作業だけではなく、仕込みが終わった時にも唄があります。昔は温度管理が難しく製造過程で酒が腐りやすかったこともあり、醸造の安全を祈念して火打石で火花を起こし、神に「切り火」という祝詞(のりと)をあげていました。
 
 このように酒造り唄は実務的にも精神的にも、昔の酒造りには欠かせないものだったのです。  

酒造り唄が唄えないと半人前?

 
 
酒造り唄を唄いながら櫂(かい)をつく 越後杜氏 酛すり
 

酒造り唄を唄いながら櫂(かい)をつく
かつてはどの蔵でも酒造り唄を唄いながら醸造する様子を見ることができました。現在では催事などでしか目にする機会がなくなり、唄を知らない蔵人も多いとのこと。

 

 造りに酒造り唄が欠かせないことを象徴する言葉が「唄半給金(うたはんきゅうきん)」。越後杜氏独自のキーワードで、酒造り唄を満足に唄えなければ、給金(お給料)は半分しかもらえない、という意味です。つまり、それだけ酒造りの作業の中で唄が果たす役割が大きかったということ。蔵は「三ムイ」=「眠い・寒い・けむい」といわれた場所。ただでさえ過酷な環境であるのに、そこでチームワークを乱してしまっては酒の質、現場の士気、すべてにダメージを与えてしまいかねません。例えば米洗いの場合仕込みをはじめる際の米洗いの最初の日を「洗いつけ」と呼びますが、この時桶の中に一斗の米を入れ、二人で足洗いをします。機械のなかった当時、凍てつくほどの冷水の中、器用に足で米をすくい、隣に送る。そしてその動作を繰り返す。手も足もヒビが切れ、血がにじんだそうです。息が合わなければ作業は遅れるわけで、効率よくスムーズに進めるためにも、唄が重要であったことは想像に難くありません。また計量に関しても、計測ミスは致命的。杜氏が熟練の技術とカンを持って微細な変化を察知し、発酵を止めたりする世界。杜氏の感覚が経験によるものとは言え、最近の研究ではコンピューターによる計測結果と合致していた結果も出ているほどの正確さです。そんな緊張感漂う場で、計量ミスはあってはならないことであり、チーム全体で間違いを防ぐためにも唄は重要な役割を担っていました。「この世界の人たちは『和』を大切にしていますが、こうやって息を合わせて一丸となって取り組まないといいお酒は出来ません」(本間さん)。
 
 当時のエピソードからも、唄を身につけることがそのまま酒蔵で働く人間としての技能アップに直結していたことが読み取れ、「唄半給金」が大袈裟とは言えなかったことが伺えます。  

地域や蔵によって異なる酒造り唄

 酒造り唄は全国の酒蔵で唄われていましたが、ルーツは同じくとも地域によって節回しや歌詞に違いがあります。

 新潟県内でも、野積(寺泊)のエリアは農村ではなく漁村だった背景から、勇壮な唄い方であるなど、出身地によって節回しが微妙に変化。酒蔵ごとの酒造技術の伝承とも密接に関わっていると考えられています。

 伝承という面から考えると現在行われている新潟清酒学校での教育など、各酒蔵の垣根を越えた技術提携は、蔵で育んできた技術の流出ではないのかという疑問がわきます。しかし長年新潟の酒造りを見てきた渡邊さんによると「研究調査が進んできて、良い酒を造るための原料配合や温度経過などのデータはたくさんあります。しかしその情報をそれぞれの蔵に持って帰って真似ても、決して同じお酒にはなりません。これが酒造りの面白いところで、麹のタイプやもろみの発酵状況など細かいところで蔵や造る人の個性が自然と出るのです。また、失敗例は真似すると必ず失敗するので、そういったことを防ぐ意味も含め、情報をオープンにして共有することが新潟県の酒造りのレベルアップに繋がっています」ということのようです。

 酒造機械の普及や作業形態の変化によって現在ではほとんど唄われなくなった酒造り唄。現在の現場では唄える杜氏がいる蔵でわずかに伝承されるほどですが、一方で文化としての研究が進められ、全国的にも保存活動が活発に行われています。県内では若者を取り込んだ「酒造り唄を歌い継ぐ会」の発足やCD・ビデオの制作や書籍の制作、そして公演活動が行われています。新潟清酒学校の学校祭での定期的な発表をはじめ、表参道ネスパスや「にいがた酒の陣」などの各種イベントでの公演、さらには日本の伝統作業唄として2002年にはドイツで公演が行われるなど、大きな広がりをみせています。

現在とこれからの新潟の酒造り

 
新潟県酒造従業員組合連合会・新潟清酒学校元事務局長 本間久美子さん
 

新潟県酒造従業員組合連合会・新潟清酒学校元事務局長 本間久美子さん
清酒学校の醸造に関わる人づくり・酒造りに裏方で尽力。消費者の立場、女性の視点を心がけてきたとのこと。

 日本酒のシェアはビールやワインといった他の酒に押され気味でしたが、上向きになってきているとのデータがあります。新潟は「1989(平成元)年を基準として今2015(平成27)年が約7割の出荷量です。この間、全国的には4割まで落ち込んでいるので、出荷量は下がってはいても新潟の清酒の全国シェアは実は着実に高まっているのです」(渡邊さん)。その影には、昔から「これからは出稼ぎが減るだろう」と先を見越し、学校の設立などの「人づくり」に尽力した先人たちの取り組みや、時代のニーズに合わせた技術や酒米の開発などの積み重ねがあります。「お客さんの好みが変わるから、それに合わせて技術も進化します。質を良くするためには、いい材料を揃えるだけではなく、最高のものを造る技を持っていることが大切ですね」(本間さん)。
 
 そして、毎年盛り上がりを見せているのが「にいがた酒の陣」。2004(平成16)年に新潟県酒造組合50周年記念としてスタートして以来、回を重ねて今年で11回目です。各酒蔵が一年前から準備を重ね、看板商品はもとより限定酒の発売など趣向を凝らしたPRを行います。2014(平成26)年には2日間で約10万人が来場し、県内はもとより、全国からのツアーでの来場や海外のお客様も多く、ビッグイベントに成長しています。今年の開催は3月14日(土)、15日(日)。今年も約90の酒蔵の地酒500種類以上を多彩な料理と一緒に楽しめます。
 
 「お酒は、そのものがコミュニケーションツール。誰と飲むか、どういう場面で飲むかによって変わってきます」という本間さんの言葉通り、酒の味わいはもとより、歴史や文化、そして飲み方など新潟が誇る豊かな酒文化を存分に楽しみましょう。  

     
    

■ 取材協力・資料提供
新潟県醸造試験場 場長 渡邊健一さん
新潟県酒造従業員組合連合会・新潟清酒学校元事務局長 本間久美子さん

■ 参考資料
「明日を切り拓く越後杜氏たち」新潟県酒造従業員組合連合会
「新潟清酒ものしりブック」新潟日報事業社
「日本の酒造り唄 定本」阪田美枝 チクマ秀版社
「越後杜氏と酒蔵生活」中村豊次郎 新潟日報事業社
「越後杜氏の足跡」新潟県酒造従業員組合連合会編 新潟日報事業社
「新潟淡麗の創造へ」新潟県酒造組合

 

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