file-80 受け継がれる伝統芸能(前編)
見附・小栗山地区に伝わる不動院獅子舞
伝統を絶やさぬために
見附市立新潟小学校の5年生(23名)と6年生(19名)。300年伝わる小栗山の歴史を今に伝えるメンバーです。
見附市の小栗山(こぐりやま)地区には、地元の寺に300年以上伝わる「不動院獅子舞(ふどういんししまい)」という伝統芸能があります。この獅子舞は、毎年8月の祭りで代々、地区の農家の跡取りだけが舞うのを許されていたもので、見附市の指定文化財となっています。1970(昭和45)年頃、過疎化の影響で一時途絶えてしまいましたが、1976(昭和51)年、住民や公民館の呼び掛けで「小栗山不動院獅子舞保存会」を発足し、活動を再開しました。
当時、舞い手になっていたのは地元に住む大人たち。この中に、現在子どもたちを指導している鈴木正明さんがいました。当時20代だった鈴木さんは、舞の経験はもちろん、笛や太鼓に触れたことすらなかったといいます。集まったメンバーの中で、渡された笛の音を出せたということから笛を担当することになった鈴木さん。「子どもの頃から見ていましたから、知ってはいましたが、笛を吹いたのも初めてでした。先輩の指の動きを見て、音を聴いて…目と耳で必死に覚えました。」途絶えかけた火を再び燃やす第一歩は、このように手探りに近いものだったのです。
保存会による活動は続いていましたが、地元を離れる若者が増えたことからふたたび後継者不足に。そこで1996(平成8)年からは、見附市立新潟小学校の5・6年生が保存会の方々からの指導を受け、見事に獅子舞を継承しています。
人から人へ、受け継がれる技と魂
子どもたちに笛を指導する、小栗山不動院獅子舞保存会の鈴木正明さん。鈴木さんは小栗山獅子舞に関わって約40年のベテラン。毎年子どもに一から手ほどきをするのは根気がいりますが、それ以上にやりがいがあるといいます。子どもたちの背筋がピンと伸びているのが印象的な練習風景です。
保存会の鈴木さんは、指導を受ける子どもたちの様子をこう語ります。「新潟小学校に入学すると、高学年になると獅子舞をやるということを子どもたちも認識しているようですよ。練習は、礼に始まり礼に終わる。その部分一つをとっても、いい場所だと思っています。始めからできる子はいませんし、楽譜もありません。教える方も教わる方も根気のいる稽古ですが、人と人が向き合ってしか伝えられないものだと思っています。笛や太鼓、そして神楽の技、すべてにおいて、子どもは見て聴いて体で覚えていきます。その能力には毎年感心するばかりですよ。」
全国的に評価された功績
上級生から下級生へ、毎年受け継がれる技術と心。初めて笛を吹く下級生を見守る上級生の目は、優しさであふれています。
新潟小学校と保存会によるこの取組は、2013(平成25)年、教育界でも高く評価されました。豊かな人間育成に貢献する学校、団体などに贈られる「博報賞」(公益財団法人博報児童教育振興会主催)の日本文化理解教育部門で、最も優れた活動をした団体として「文部科学大臣奨励賞」を受賞したのです。
この受賞は、指導する保存会メンバー、練習を重ねる子どもたちにとって大きな励みになりました。新潟小学校の太田敬祐校長は「赴任して2年になりますが、獅子舞を初めて見た時は驚きました。普段は無邪気で元気いっぱいの子どもたちですが、立派な演者なのです。多くの人々に支えられて継承されてきた活動は、子どもたちの考え方、学び方にいい影響をもたらしています」と語っていました。
現在、そして未来へ
見附市文化ホール「アルカディア」で行われる公演は、子どもたちのモチベーションになるとともに、獅子舞を住民に伝える場になっています。保護者や住民の温かい拍手が、会場いっぱいに響きます。
2人1組で舞う神楽舞。2人の呼吸を合わせるのも大変ですが、中で獅子の頭を支えるのも小学生にとっては大変な重労働です。
太鼓のリズムから足の動きまで、全て目と耳でマスターした獅子舞。軽快な動きで見る人を引き付けます。
現在、獅子舞は不動院の「観世音大祭(かんぜおんたいさい)」、秋に公民館で行われるフェスティバル、学校の文化祭、また老人ホームへの訪問などで練習の成果を披露しています。5年生は10月に行われる公民館の発表でデビューします。「子どもたちはただ獅子舞を演じているだけではありません。総合的な学習の時間で獅子舞のいわれなどを学び、私たち保存会の想い、そして伝統芸能の大切さを理解しているんですよ。小さくても、立派な伝道者です。」と鈴木さん。保存会のメンバーは、若いメンバーも少しずつ加入しているとはいえ、数十年先のことは分からないといいます。「この中から、地元に残って将来指導者となってくれる子が出てくれることを期待しています」という鈴木さん。
6年生が最後の公演を終え5年生にバトンを引き継ぐ時、保存会のメンバーへ感謝のメッセージをしたためた手紙を贈ります。これを宝物だという鈴木さんは、これからも子どもたちに伝統文化と見附の魂を伝え続けます。
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その他の地域での活動
片貝祭りの木遣り
片貝小学校5年生による木遣り。大人と同じ法被(はっぴ)を身に付けた立派な小若衆によって、古き良き時代の片貝祭りを守り続けています。
毎年9月9日・10日の2日間に20万人もの見物客が訪れるという、四尺玉で知られる小千谷市・片貝町の花火。正式には「浅原神社秋季例大祭」と言い、花火は浅原神社への奉納煙火(ほうのうえんか)です。片貝には花火を奉納する際歌う「木遣り」が古くから伝わっていますが、昔は男衆が家を1軒1軒回って木遣りを歌い、御祝儀をもらって屋台を引いて神社へ向かっていたそうです。そんな風情ある光景も、花火が盛大になり祭りが全国的に知名度を上げるとともに、少なくなってしまい残念だという声も聞かれます。
片貝伝統芸能保存会会長の名塚孝一さんは、木遣りについてこう語ります。「昔は、祭りになると2日間絶えず木遣りが町中に響いていたものです。祭りが終わっても、しばらくの間耳から離れなかったくらい、木遣りは町に浸透していました。時代の移り変わりもあって、今はそんな光景がなくなったんです。そのせいか、本来の木遣りを正しく歌える人が少なくなってしまった。どうしても、子どもの頃感じていた木遣りが聞こえてくると胸が高鳴る感覚を後の世代に残したいという思い、そして、花火だけでない、本来の片貝祭りの形を残したいという思いを持つ先輩方が、1990(平成2)年に保存会を立ち上げたんです。」
片貝伝統芸能保存会は、「しゃぎり(おはやし)部」「木遣り部」「巫女爺(みこじい)保存部」の3つで構成されています。その中で、今回は「木遣り部」の活動について紹介します。
木遣りには楽譜などはなく、以前は祭りで聴いたものを誰もが忘れないというものでした。それが時代の流れで変わってしまったため、まず木遣り部で始めたのは、正しい木遣りを残すという作業でした。今ほど機械が発達していなかった頃には、自ら歌ったものをカセットテープに録音し、自主制作したといいます。
十数年前、保存会は学校に働きかけ、子どもたちに木遣りを伝えていこうと活動を始めました。その熱意が実り、現在では小千谷市立片貝小学校の5年生によって、木遣りが受け継がれています。
名塚さんは「保存会のメンバーは、現在40代から80代まで47名いますが、メンバー内でも個人個人で歌い方のクセがあるんです。そういう面から考えても、当時カセットテープ(現在はCD)に残しておいてよかったと思っています。楽譜がないので、子どもたちには口伝えで教えるしかありません。練習回数も限られているので、口で伝えていくとともに学校や家庭でCDを聴いてもらっているうちに、吸収が早く素直な子どもたちは本来あるべき形の木遣りを覚えてくれるのです。合唱のような感覚でとらえてくれているんだと思いますよ。」と語ります。
子どもたちは、片貝祭りのほか市のイベントなどでも木遣りを披露しています。5年生による木遣りは男衆のそれとは一味違い、勇壮な中にもあどけなさの残る澄んだ声が人々を和ませています。
「子どもたちは、ただ歌うだけでなく、歴史も理解して誇りを持って木遣りを身につけています。この子たちが私の子ども時代のように、木遣りを聴くと祭りを思って胸が高鳴る思いを持ってくれたら、自ずと後の世代に受け継がれていくのではと期待しています。」と名塚さん。子どもの頃の楽しかった記憶は、いくつになっても忘れないもの。“我が町の祭り”が全国規模になっても、片貝祭り本来の意味はこれからも子どもたちによって受け継がれていきます。
初期歌舞伎の面影を残す綾子舞
初期の歌舞伎の色を残す綾子舞。地元にとどまらず、全国各地から公演依頼があり、美しい舞で人々を魅了しています。写真は高原田(たかんだ)地区の綾子舞。少女2人で踊ります。
頭にかぶっている赤い布は「ユライ」と呼ばれ、その一端を髪のように後ろに垂らしています。写真は下野(しもの)地区の綾子舞。こちらは少女3人で踊るのを常としています。
柏崎市女谷(おなだに)に伝わる綾子舞(あやこまい)は、500年の歴史を持つと言われる民俗芸能です。越後国守護上杉房能(うえすぎふさよし)の自刃(じじん)後、逃れて来た妻の綾子によって踊りが伝えられたという説があります。女性が踊る小歌踊(こうたおどり)と男性による囃子舞(はやしまい)、狂言の3種類からなっていて、小歌踊の扮装や振り、歌詞などが女歌舞伎の踊りに大変似ているのが特徴です。また、狂言も若衆歌舞伎の演目にあるものを伝えるなど、初期の歌舞伎の面影を残しています。こういった芸能史的な価値の高さから、1975(昭和50)年、文化財保護法の改正によって制定された国の重要無形民俗文化財の指定を受けています。
過疎化による伝承者の不足を解消するため、地域や保存伝承会の働きかけで地元の小・中学生に「綾子舞伝承学習」というクラブ活動を、そして市民を対象とした「伝承者養成講座」が始まりました。現在はこの二つが綾子舞を受け継ぎ、練習や公演を行っています。
和納棒遣い
100年の伝統を持つ和納棒遣い。地元の子どもたちが、太刀を持って演技します。子ども達は、わらじ作りから関わっています。
新潟市西蒲区和納(わのう)地区にある八幡神社境内で毎年8月に開催される和納十五夜まつり。神輿渡御(みこしとぎょ)で小中学生によって披露される「棒遣い」は、新潟市無形文化財に指定されています。三根山(みねやま)藩による剣術を福成寺(ふくじょうじ)の住職が習得し子どもに教えたのが始まりとされ、神輿渡御を指揮する先導人の采配と拍子木により太刀方と棒方が型を披露します。行列の先頭で少年達が踊る姿は悪霊払いの意味があり、棒を手に舞う子どもたちの姿は勇壮で見物客の目を引きつけます。
伝統芸能を継承する子どもの祭典
各地域で受け継がれている伝統芸能が一堂に集結し、日頃の練習の成果を披露する「伝統連々祭」が開催されます。会場は新潟県民会館大ホール、入場は無料です。当日は今回紹介した団体のほか、各地区の子どもたちが出演するほか、ゲストとして「弧の会」「音魂」「薫風之音」が本格的な演奏を披露します。芸術の秋、日頃なかなか目にすることのできない日本の伝統芸能に触れてみませんか?
■伝統芸能を継承する子どもの祭典 「伝統連々祭」
【日時】
平成26年10月5日(日)
<開場>9時30分 <公演>10時~16時30分(予定)
【会場】
新潟県民会館大ホール
〒951-8132 新潟市中央区一番堀通町3-13
【入場料】
無料(自由席) ※事前申し込み不要(当日会場へお越しください。)
【出演団体】
新潟県立佐渡高等学校 郷土芸能部(能)
新潟県立羽茂高等学校 郷土芸能部(佐渡民謡)
和納無形文化財保存会(和納棒遣い)
柏崎市綾子舞保存振興会・高原田保存会(小歌謡・獅子舞・狂言)
少年名立太鼓(名立太鼓)
大積芸能保存会(大積あめやおどり)
こども高森神楽保存会(四剣舞)
燕市少年飛燕太鼓(飛燕太鼓)
小千谷市立片貝小学校(片貝木遣り)
永島流新潟樽砧伝承会(樽砧)
新潟下駄総踊り(下駄総踊り)
見附市立新潟小学校 獅子舞クラブ(小栗山不動院獅子舞)
【ゲスト】
弧の会、音魂、薫風之音
【お問い合わせ】
〒950-8570 新潟市中央区新光町4-1 新潟県県民生活・環境部文化振興課
Tel.025-280-5139(平日8:30~17:15)
Fax.025-280-5221
Eメール:ngt030120@pref.niigata.lg.jp
■取材協力・資料提供
見附市立新潟小学校
小栗山不動院獅子舞保存会 鈴木正明さん
片貝伝統芸能保存会 会長 名塚孝一さん
file-80 受け継がれる伝統芸能(前編)
県立図書館おすすめ関連書籍
「もっと詳しく知りたい!」、「じっくり読みたい!」という方、こちらの関連書籍はいかがでしょうか。以下で紹介しました書籍は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。ぜひ、県立図書館へ足をお運び下さい。
▷『出羽・本歌・入羽:綾子舞、21世紀への伝承』
(柏崎市綾子舞後援会編・発行/1996年)請求記号:N/386/Ka26
国の重要無形民俗文化財に綾子舞が指定されてから20年になることを記念して発行された本です。序章では、『歌舞伎図巻』で描かれた初期歌舞伎の踊りの場面と、綾子舞の写真とを対比させており、その手振りや姿がよく似ていることがわかります。第三章では「『あやこまい』ってなに?―綾子舞入門講座―」と題して、綾子舞の歴史や踊り、衣装や道具などについて解説しています。踊りの歌詞なども掲載されており、綾子舞について詳しく知りたい時に役立つ1冊です。
綾子舞については、その伝承に深く関わってこられた猪俣龍彩子(八四郎)氏が狂言や踊りを描いた画集『綾子舞画集:国指定民俗重要無形文化財』(猪俣龍彩子著・発行/1998年 請求記号:723 /I56)も、県立図書館で所蔵しています。
▷『越後の風流獅子踊り 1981』
(無形の民俗文化財記録第6集 新潟県教育委員会/1981年)請求記号:382 /N72
越後、獅子、と聞くと「角兵衛獅子」を思い起こされる方も多いのではないでしょうか。本書の「Ⅰ 越後風流獅子踊概要」によれば、「風流獅子」とは下越地方に広く分布する一人立三匹獅子をいい、「角兵衛獅子」を生み出す素地になった、と記されています。
本書は、越後の風流獅子の伝承状況と芸能の構成及びその内容を調査した記録です。各地の獅子舞の概要が35件収められており、見附市小栗山の不動院に伝わる獅子舞についても、歌詞も含めて記録されています。
▷『中部地方の民俗芸能 1 新潟・富山』
(日本の民俗芸能調査報告書集成第8巻 新潟県教育委員会・富山県教育委員会編/海路書院/2005年)請求記号:N/386 /N725K
平成7~8年に文化庁が企画し、国庫補助事業として各都道府県の教育委員会等が実施した民俗芸能緊急調査の報告書が収められたシリーズの1冊です。この中の「新潟県の民俗芸能」は、新潟県の民俗芸能の特徴や歴史などがまとめられた概要と、上中下越と佐渡の各地方に伝わる民俗芸能72件の記録からなる、県内の民俗芸能についての詳細な資料です。「和納の棒遣い」についても記録されています。
貴重な文化遺産として、これまで伝承されてきた民俗芸能を知ることは、これから将来に向けて発展・継承していくことの重要さを改めて認識する機会となります。また、祭りなどで実際に目にすると、その生き生きとした魅力に引きつけられることでしょう。
ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
(025)284-6824(貸出延長・調査相談)
新潟県立図書館 http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/