旧齋藤氏別邸の主屋

file-165 新潟の庭園文化~庭園の見どころと鑑賞法~(後編)

庭園王国・新潟の特徴

 「にいがた庭園街道」をはじめ、伝統的な日本の美が現在も残る新潟。そんな新潟の庭園文化や庭園について、新潟、首都圏、京都で庭園の鑑賞法の講座などを行っている藤井哲郎さんにお話をお伺いしました。

藤井哲郎さんプロフィール
新潟市在住。20代からの日本庭園好きが高じて、2015年に庭屋一如(ていおくいちにょ)研究会を立ち上げ「日本庭園・数寄屋造りのみかた』講座を開始。伝統建築と日本庭園鑑賞の愛好者を増やし、建物・庭園を後世に残すことをライフワークとする。新潟県内外で450回以上の鑑賞法講座、20施設以上のガイド養成講座で講師をつとめるほか、「にいがた庭園街道」などの文化観光企画も立ち上げている。

 

 新潟県には、東日本で東京都、青森県に次ぐ件数の国指定名勝の庭園があります(令和6年(2024)1月現在)。新発田藩の大名庭園の他、明治時代には全国の高額納税者トップ10のうち、6人が新潟にいたという背景もあってか、新潟は豪農、豪商などの庭園が残っている庭園王国なのです。

 「京都に現存する庭園は寺院が中心です。一方、東京には江戸時代に造られた浜離宮恩賜庭園をはじめとする大名庭園が多く残ります。京都の庭園は東京と比較すると小規模で室内から見る景色にこだわり、石組みを神仏や蓬莱山に見立てるなど宗教性が強いのが特徴です。東京の大名庭園は規模が大きく、一部には京風の部分もあるのですが、回遊しながら現代のテーマパークのようなおもてなしの仕掛けを楽しむ造りが目立ちます。新潟の庭園は京都の文化へのあこがれや、北前船の影響もあってか、京風の伝統的な庭園が多数残っています。」と藤井さんは言います。

新潟県内のオススメの庭園と見どころ

 鑑賞法講座をこれまで450回以上行っている藤井さんに、新潟県内の庭園について、鑑賞する際のポイントや見どころを教えていただきました。
 まずご紹介いただいたのが、「にいがた庭園街道」の構成庭園のひとつでもある新潟市の国指定名勝「旧齋藤氏別邸庭園」です。新潟の豪商・四代齋藤喜十郎氏が客人をもてなす目的で建てた邸宅内にある庭園です。

庭園から見た旧齋藤氏別邸の主屋
(画像提供:庭屋一如研究会)

 「まず、日本庭園には基本的な三様式があります。池がある庭園『池庭』、水を使わず代わりに砂や石などで水を表現する『枯山水』、そして茶室まで行く園路周辺の『茶庭』です。最初にご紹介する旧齋藤氏別邸庭園の茶庭は、元々は砂丘だった場所に造られており、非常に特徴的です。」

剥き出しになっている松の根
(画像提供:庭屋一如研究会)

 旧齋藤氏別邸庭園の茶庭は、砂丘の尾根の砂を取って平坦にしたところに造られています。そのため、茶庭が造られる前からある松の根が剝き出しになっています。茶室に入る前に手を清めるための蹲(つくばい)は、この根の間に置かれています。

礼拝石から見える庭園
(画像提供:庭屋一如研究会)

 旧齋藤氏別邸庭園の礼拝石から見て右側(画像赤丸部分)には仙人が住む蓬萊島(ほうらいじま)に見立てた岩島があり、これは「ここを訪れるお客様が仙人のように長寿になりますように」という思いが込められています。また、池の周囲にも長寿と繁栄の象徴でもある松の木があり、全体を通して「来訪者の長寿を願う」というメッセージが込められている庭園になっています。
 「外周には江戸時代に砂防林として植えられた松が残っています。それに加えてモミジが植えられており、紅葉の時期には上下は松、中段がモミジという鮮やかな紅葉が見えます。この庭を屋内から見ると、主と客が正式な対面の挨拶をする1階の座敷からは長寿の象徴である松が集中している池周辺が、宴会を楽しむ2階の座敷からはちょうど中段のモミジが、掃き出し窓で切り取られて見えるようになっています。まさに庭屋一如、庭と屋敷が一体となった造りですね。」

紅葉が緑に挟まれている鮮やかな風景
(画像提供:庭屋一如研究会)

伝統と遊び心が融合している 柏崎市・松雲山荘庭園

 続いて、中越エリアでご紹介いただいたのが柏崎市の「松雲山荘庭園」です。若くして渡米、アメリカで財を成し、帰国後に柏崎ガス会社を興した飯塚謙三氏により大正15年(1926)から造られた庭園です。藤井さんは「飯塚さんがアメリカに住んでいた影響か、松雲山荘庭園は他の日本庭園には無い遊び心が散りばめられています。」と言います。

松雲山荘庭園の正門
(画像提供:庭屋一如研究会)

 「こちらは山荘の正門の写真です。この門柱の左側に注目してみてください。石に丸と星のマークがいくつも浮き彫りにされています。」

丸と星のマークがある門柱
(画像提供:庭屋一如研究会)

 この丸型と星型(赤線で囲まれた部分)は、日の丸と星条旗を表現しており、渡米経験がある飯塚氏ならではの遊び心が見られます。また、庭園の中にも遊び心が隠されています。

礼拝石から見える庭園
(画像提供:庭屋一如研究会)

 画像の奥に見える朱色の橋の部分に注目してみると、左下に石で作った熊がいることがわかります。

赤丸部分が石で作った熊
(画像提供:庭屋一如研究会)

 「松雲山荘庭園は伝統的な日本庭園の様式を踏まえているのですが、その中に熊の石像のような遊び心が散りばめられています。熊の他に、カエルやライオン、カメもいるので、ぜひ一度訪れて探してみてください。」

 そして庭園内にある東屋からは、柏崎市の街並みが見えます。

東屋と東屋から見える景色
(画像提供:庭屋一如研究会)

 「現在は住宅街になっていますが、戦前は一面の水田だったそうです。田植えの頃には池のようになって青空や月を映し、秋は稲穂の波が広がっていたと伝わります。東屋の窓が額縁の役割をしており、一幅の絵画のような風景を見ることができたのだと思います。」
 松雲山荘庭園は、遊び心と日本の美が融合しており、見ている人を楽しませる仕掛けがなされています。
 「松雲山荘庭園は面白い仕掛けがある庭園ですが、最後にご紹介する庭園は、松雲山荘庭園とはまた少し違った仕掛けがある、自然の風景を使った庭園です。」

永年荒廃していたのに名勝指定された稀有な庭園 妙高市・旧関山宝蔵院庭園

 上越エリアの妙高市にある「旧関山宝蔵院庭園」。ここにはかつて、天台宗の寺院である宝蔵院がありました。しかし明治元年(1868)にはじまる神仏分離政策によって廃寺となってしまいました。記録によると室町時代の後期には庭園が存在したとされ、現在の庭園の原型は江戸時代に作られたようですが、廃寺とともに庭園も荒れてしまいました。しかし、そのような状態の中でも、近世寺院としての独特の意匠や構造が残っており、芸術性・学術性について高い評価が認められたことから、平成25年(2013)に国指定の名勝となりました

 「通常、名勝の庭園は指定を受けたときの景観を維持することになります。しかし旧関山宝蔵院庭園は、指定後に石垣等を修復した珍しい例です。」

庭園の奥に見える妙高山
(画像提供:庭屋一如研究会)

 その理由は、旧関山宝蔵院庭園がある場所にあります。
 庭園の借景として雄大な妙高山が見えます。妙高山は山伏の文化や山岳信仰が息づいている山です。かつては山頂に小さな阿弥陀堂があり、そこには阿弥陀如来像を中心に観音菩薩像と勢至菩薩像の「阿弥陀三尊像」がまつられていました。

旧関山宝蔵院庭園の全景
(画像提供:庭屋一如研究会)

 「旧関山宝蔵院庭園は、妙高山が見えるこの場所だからこそ造られた庭園です。庭全体を通して妙高山の山岳信仰が表現されており、庭左側にあるつづら折りの園路(画像赤丸部分)は、滝を見ながら登る妙高山の登拝道に見立てられます。その登った先の築山にある三尊石組(画像青丸部分)は妙高山山頂の『阿弥陀三尊像』に見立てたものです。
 つまり、この庭園は妙高山の遥拝所であり、かつ妙高山のミニチュア版として登拝を疑似体験できるように造られています。」

登拝道に見立てられた園路(画像赤丸部分)と
「阿弥陀三尊像」に見立てた三尊石組(画像青丸部分)
(画像提供:庭屋一如研究会)

「阿弥陀三尊」に見立てた「三尊石」
(画像提供:庭屋一如研究会)

 「5月下旬から6月上旬には妙高山の山頂部分の残雪が『山』の字に見えるようになり、阿弥陀三尊に見立てられます。さらに妙高山を中心に右手前に神奈山、左手前に前山があり、これも阿弥陀三尊に見立てた景色になっています。これらが一体となっている、世界でもこの場所にしか作れない庭園として評価され、石垣等が乱れた状態でも名勝指定となり、修復されました。」

「山」の字に見える残雪(黒丸部分)
(画像提供:庭屋一如研究会)

庭園は新潟の魅力を発見するきっかけに

 数多くの庭園が残る新潟。日本庭園や建築を活用して上質な観光コンテンツを造成する文化観光企画も行われています。
 「庭園を見て美しい、癒されるという味わい方が、庭園鑑賞の入り口だと思います。興味のある方は、そこから一歩踏み込んで庭園の由緒、作庭の背景にある伝統文化や、庭園を使ったもてなし方などにも思いをはせて観ていただくと、また違った見え方や美しさを感じることができます。たくさんの方により深く庭園を味わっていただきたい、日本文化を楽しんでいただきたいと思い、講座やツアーなどを企画しています。」

 「にいがた庭園街道」のほか、藤井さんが立ち上げた文化観光企画には、上越市の個人所有旧家(通常非公開)の保存活用を図る 「上越名家一斉公開」、2時間で日本庭園の三様式の見方を学べる「西大畑3庭園めぐり」、庭園をめぐりながら地域の食や歴史を楽しむ「庭園ガストロノミーウォーク」など、様々な内容の企画・イベントがあります。藤井さんの主宰する庭屋一如研究会のFacebookページではそれらの告知なども確認することができます。

 

掲載日:2024/3/25

 

【庭屋一如研究会Facebook】
https://www.facebook.com/teiokuichinyo

 新潟に現在残る庭園は、当時の地域の有力者に関わるものが多くあります。その庭園を鑑賞すると同時に、その地域の歴史を学び、食を楽しむことができます。庭園鑑賞が様々な面で新潟を知り、楽しむきっかけになるかもしれません。

【取材協力】
・庭屋一如研究会 主宰 藤井哲郎さん

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文化体験レポート 第31回 庭屋一如(ていおくいちにょ)〜日本庭園と茶室のみかた(清水園)〜

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