file-63 私たちの足跡~にいがたの自費出版~

  

にいがたの自費出版事情

「新潟出版文化賞」12年の歩み

第6回入賞作品

平成21年に開催された「第6回新潟出版文化賞」の受賞作品。159点の応募の中から、14作品が選ばれた。

第7回表彰式

平成23年に開催された「第7回新潟出版文化賞」の表彰式の様子。受賞者のスピーチでは、執筆中のエピソードや作品への想いなどが語られた。

新井選考委員長

新井選考委員長。表彰式では、委員長自ら歌と朗読のプレゼントも。

 新潟県で、文芸の活性化や活字文化の振興を目的に、県民の手による優れた自費出版作品を顕彰する「新潟出版文化賞」が創設されたのは、平成11(1999)年のこと。以降、隔年で開催され、82点から始まった応募作品数は、近年では150点前後となっている。毎回、県下全域からの応募があり、郷土史、エッセイ、小説など様々な分野の作品が集まっている。
 第1回から選考委員長を務める新潟市出身の作家・新井満氏(*1)は、「地味で初版部数も少ない自費出版物を対象とした全国でも珍しい文学賞に、毎回これだけの応募があるのは、誇っていいこと。」と語っている。
 新潟は自費出版が盛んな土地柄なのだろうか。日本自費出版ネットワークによる2008年のデータ集計では、人口に対する自費出版の比率で、新潟県は全国のトップ10の中に入っている。全国を対象にした「日本自費出版文化賞」でも、過去15回の開催の中で、新潟県人による作品の受賞も何度かあり(2度の大賞受賞を含む)、奮闘している。地元の新聞では県人による自費出版の作品を紹介する記事も多く見られ、新潟県民の自費出版意欲は盛んのようだ。

(*1)新井 満(あらい まん)
新潟市生まれ。作家、作詞作曲家。
1998年『尋ね人の時間』で芥川賞を受賞。
「千の風になって」の訳詞・作曲でも知られている。
  

地域での自費出版の可能性

イメージ

「書きたい」という想いが、文字を通して形になっていく。

 「個性的で特徴的。強い思い入れや、書きたいという切迫した想いが文面から迫って来て、各作品の印象が強い。」審査中に選考委員の口々から聞かれる言葉だ。
 利益を追求し、市場の好みに応じなくてはならず、画一化しがちな商業出版に対し、自費出版では、市場の動きとは別に、書き手が書きたいテーマを心ゆくまで徹底的に調べ、思うままに書く、ということが可能だ。書き手の個性が前面に出て来るので、作品は特徴的になり、書き手の個性を作り上げた濃い郷土性を見つけられるものもある。もちろん、テーマ自体が、全国区では光を当てられることのない地域の歴史や物語であることもある。自費出版ならではである。
 文字にし、出版物となることで、形を持たない文化や考え、歴史が形となり、次世代や、遠隔地にいる人にも渡し伝えることができるものとなる。商業出版の枠の外にあって、拾い上げられず消えてしまうかも知れない小さな地域の歴史や突出した個性を持つ表現などに形を与え、渡し伝えるものにしているのが地域の自費出版だとすると、それが地域の特性の伝承や多様性の維持に果たす役割は大きいと言える。

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伝えたい想い・伝えたい歴史

作品から見えてくる「新潟」

 1冊の本を作りあげるには、大変な労力が必要になる。自分で調べ、考え、書きあげる。そして、情熱を失わずに一途に取り組まなくてはならない。
そこまでの情熱を傾けて、どんなことを書き残しているのだろうか。ここで、歴代の「新潟出版文化賞」大賞受賞の作品を見てみよう。

越後の空

第3回『越後の空』三部作の完結巻での大賞受賞。

夕陽と三十八度線と

第4回『夕陽と三十八度線と』困難な引き上げ体験が胸に迫る。

小唄勝太郎

第6回『小唄勝太郎の生涯』手書き200ページの渾身の作品。

・第1回『校歌の風景』(折原明彦)
 中越地区の小中学校校歌を調査・分析しながら、校歌誕生の背後にある物語を掘り起こした作品。

・第2回『光と風 野につむぐ - 連譜 新聞にみる新潟女性史年表』(新潟女性史クラブ)
 明治期からの新聞を調べ上げた新潟県の女性史。足かけ15年の調査・執筆により、新潟の女性たちの姿を浮き彫りにしている。

・第3回『越後の空(完結)其の三 地方政治ソノ側面 南波作司小伝』(相沢直人)
 新潟という独特の政治風土に展開される人間ドラマを独特の視点で切り取った小説。

・第4回『夕陽と三十八度線と』(鈴木明夫)
 旧満州国から死の三十八度線を越えて、ふるさと中条町にたどりつくまでの苦難の引き揚げ体験を、子どもの目線で描いた物語。

・第5回『新潟県中越大震災 小千谷市魚沼市川口町医師会の医療活動の記録』(小千谷市魚沼市川口町医師会)
 医師も被災者となった中越大震災の、災害医療活動に関する現場からの貴重な記録。

・第6回『芸者から名歌手へ 小唄勝太郎の生涯』(児玉義男)
 新潟の花柳界で活躍した歌手・小唄勝太郎の波乱に満ちた生涯に改めて光を当てた人物伝。

・第7回『新潟県満州開拓史』(高橋健男)
 新潟県から送り出された全ての満州開拓団と青少年義勇軍の全貌を、膨大な資料の調査と発掘でまとめあげた大作。

 どの作品も、新潟県の歴史を、そして現在を構成しているさまざまな要素の一側面を切り取ったものだ。作品の中には、新潟の学校の姿があり、明治の新潟女性の姿があり、新潟の政治があり、新潟の昭和の戦争の歴史があり、新潟の災害の記録があり、新潟県出身の歌手の生涯がある。
 新潟に住む人の手によって、その意思によって形となった作品には、様々な時期の、様々な側面から新潟を知るための材料がいっぱい詰まっているのだ。

伝えたい想い:執筆の原動力

新潟県満州開拓史

第7回『新潟県満州開拓史』膨大な資料をまとめあげ、新潟県からの満州開拓団の全貌を明らかにした。

高橋氏講演

新潟出版文化賞記念フォーラムで「記録し、伝え残すこと」をテーマに講演する高橋さん。

 書き上げる、作品にする、という大きな作業を成し遂げるために必要なのは、「書き上げたい」という情熱だ。大変な労力を必要とする執筆に、雪に鍛えられた粘り強く我慢強い新潟県人の県民性が強みを発揮しているのではないか、と分析する新潟出版文化賞の選考委員もいる。粘り強く情熱を維持するための原動力となっているのは、「伝えたい」「表現したい」「届けたい」という強い気持ちだろう。
 太平洋戦争が終結するまでに新潟県から旧満州に渡った開拓民について記録した『新潟県満州開拓史』で、第7回新潟出版文化賞の大賞を受賞した高橋健男さんは、ご自身は戦後の生まれだ。調査を始めるまで満州開拓民については「何も知らなかった」と言う。事跡や手記、文書や関係者に出会うことによって、関係者の「後世に伝え残したい」という切実な想いに触れることになった。調べていくうちに、あまり身近でないかと思われた話が、身近なところに関係していたこともわかってきた。
 戦後世代が増えるに従い、戦争の記憶は次第に薄れていく。だからこそ、意識的にその時代に眼を向けなくてはいけない、と高橋さんは言う。歴史の中で、国と国との間に翻弄された庶民、しかも身近なところにいる庶民がどう生きたのか、戦争とは何であるのか、それを歴史の鑑として記録に残し、語り継ぎ、未来に備えなくてはならないと。「伝え残さなくては」という想いは、関係者の「伝え残したい」という想いと出会い、そして、この大著が完成した。
 それぞれの作品の完成までにも、また、様々なドラマがあり、様々な想いの交錯や、苦労や、忘れがたい思い出がある。そんなドラマに支えられ、「伝えたい」という情熱により自費出版として形になった作品のページをめくると、その息遣いを感じるとともに、「こんな新潟もあるんだよ。知っていてほしい。」というささやきかける声が聞こえて来るような気がするのではないだろうか。
 
★歴代の「新潟出版文化賞」全応募作品は、新潟県立図書館(新潟市中央区女池南3丁目)、日本自費出版ライブラリー(東京都中央区日本橋蛎殻町2-13-5 美濃友ビル3F)に寄贈しています。
 

 


■ 参考資料
・日本自費出版ネットワーク『ひとびとの声が聞こえる-日本自費出版文化賞10年のあゆみ-』
 揺籃社、2008年
・新潟県文化振興課「文化の宝ものさがし~初の新潟出版文化賞を開催して」『自費出版年鑑1999』
 1999年
・「郷土を編む-個性をはぐくむ地方出版」『新潟文化』No.19、2010年6月・7月号

 

<参考ホームページ>

▷ ・自費出版ネットワークHP

▷ ・自費出版図書館HP

▷ ・新潟県立図書館HP

 

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県立図書館おすすめ関連書籍

「もっと詳しく知りたい!」、「じっくり読みたい!」という方、こちらの関連書籍はいかがでしょうか。以下で紹介しました書籍は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。ぜひ、県立図書館へ足をお運び下さい。

▷『自費出版を殺すな』

(渡邉勝利著/東京経済/2008年)請求記号:023 /W46
 本書の著者は自費出版専門の出版社を設立するなど、「二十年間に携わった自費出版は、七百五十余点」(「あとがき」より)と、様々な分野の本を世の中に送り出してきました。
 「自費出版は、これからの出版を支える面を持っているすばらしい文化であり、人間の存在を証明する文化であると考えている。」(p.103)という著者が、自費出版を語るうえで関わりのある「出版社」や「書店」、「流通」などに焦点をあて、分析した内容となっています。
 

▷『本が涙でできている16の理由:ドキュメント!感動の「個人出版」』

(木部克彦著/彩流社/2008年)請求記号:023 /Ki11
 自分のかけがえのない人生を1冊の本にする―。著者は「いろいろな人が、思い思いの本を出版するのは「人生の宝物」を作る、実に感動的な世界」「大切なのは、なんのために本を出版するかという目的意識をきちんと持つこと」(「はじめに」より)といいます。1冊の本ができあがるまでにはいくつもの工程があり、編集や印刷など様々な人が関わります。本書には、自分自身のことや身近な人との思い出を出版した、16人のエピソードがつづられています。
     

▷『自費出版年鑑』

(サンライズ出版編集/サンライズ出版/年刊)請求記号:023 /J48
 本書は「NPO法人日本自費出版ネットワーク」が企画したもので、毎年1回発行されます。主管する日本自費出版文化賞の記録や、自費出版に関する情報が掲載されています。
 2010年は「電子書籍元年」といわれ、自費出版を考えるうえでも電子書籍が話題にされるようになりました。『自費出版年鑑2011』では、「2010年の自費出版界「電子書籍元年」。多様化する媒体と著者のニーズ」と題した特集が組まれるなど、自費出版と電子書籍について掲載されています。
       

ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
(025)284-6824(貸出延長・調査相談)
新潟県立図書館 http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/

 

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