file-118 みんなで作り上げる――演劇の魅力(後編)
市民演劇が進化している!
演じるのは地域に暮らす人々。演劇についての知識も経験もゼロから始めて、見事なステージを完成させる過程で、演者は楽しさと同時に、難しさや厳しさを経験し、新たな自分自身を獲得します。そこには、将来の方向性や目標を見つけ、演劇に関わる仕事に就く若者も。新潟市と魚沼市、見附市でその活動を追いました。
講座から生まれた演劇活動
「なんでここに自分は立っていないんだろう、悔しいと観客に思わせるような舞台を作りたい」/大作綾さん
江南区演劇公演実行委員会の出発点は、平成26年(2014)の秋から冬かけて、新潟市江南区が主催した社会人向けコミュニケーション講座でした。講師を演出家の大作綾(おおさくあや)さんが担当し、演劇のメソッドを活かしてコミュニケーション力を高めるという内容で実施。初めて本格的な演劇に触れた参加者から、実際に演じてみたいという声が上がり、半年後に劇団を立ち上げました。この劇団と公演運営を行うための江南区演劇公演実行委員会が協働し、今回の公演では大作さんと役者、スタッフ合わせて12名で製作しています。
公演の特徴について、大作さんは、「10代の高校生から50代の社会人まで、年齢や属性が偏っていないのが強み」と言います。「例えば、若い子の経験の浅さはネックであり、魅力にもなります。大人を刺激して、それがまた彼らに帰るというように影響しあっているんです。こういった役者から発せられるものを拾って、1ミリの芽を1センチに伸ばすのが私の役割」と、演者でもある大作さんは、基礎練習から彼らと一緒に行い、一人一人の表情や個性を身近でしっかりと受け止めています。
高校の放送部でも江南区の活動でも一緒。「これからも演劇を続けたい」と、吉川さん(左)と風間さん(右)
メンバーには、二人の高校3年生が含まれています。彼らは高校の部活動で演劇を始め、仲間と一緒にひとつの作品を創り上げる楽しさを実感。経験の幅をさらに広げたいと、この演劇活動にも参加することにしたのです。吉川直輝さんは「進学して、大学の演劇サークルや劇団で活動していきたい」と、風間健太さんは「役者になりたいという目標をかなえるため、高校卒業後も演劇を続け、いつかは東京の劇団に」という夢を持っています。
「自分の演技で笑っているお客さんを見ると、やりがいを感じます。まだへたっぴいなんですが…」/東城紫乃さん
江南区文化会館での「卵の中の白雪姫」公演を1週間後に控えた稽古風景/江南区演劇公演実行委員会
「大人に混じって高校生が育っていく、その姿を見るとこっちも頑張れる」と言うのは、東城紫乃(とうじょうしの)さん。役者であり、冬の公演の制作統括も務めました。「練習場所や公演会場など、新潟市や江南区の支援を受けて出発できたので本当に恵まれています。今は、サポートスタッフの募集や協賛、後援のお願いなど私たちから発信し、地域を巻き込んだ活動となるよう努力しています」。江南区演劇公演実行委員会では、様々な顔を持ったメンバーが、協力し影響し合って、演劇に打ち込んでいました。
子どもが活躍するミュージカル
「仕事をしながらの劇団運営は、時間調整が最大の難関。みんなに助けられています」/アナボヌ実砂子さん
ミュージカル「ピーターパン」2017年9月公演/魚沼産☆夢ひかり
魚沼市の小出郷文化会館を拠点に活動する「魚沼産☆夢ひかり」。おいしそうな名前は、人気の米「魚沼産コシヒカリ」にちなんだものです。「地元の有名なお米に負けないような知名度と実力を兼ね備えた劇団に、という思いで演出家がつけた名前です」と、アナボヌ実砂子さん。平成18年(2006)の立ち上げ時から、劇団の代表として運営に関わってきました。「『子どもの知性と感性を磨く活動としてキッズミュージカルを』と、スタートしました。子どもの演技指導やミュージカル演出に長けた演出家を東京からお招きして、12年間、定期公演を行っています。今初期の参加者の多くが音響、照明、役者の学校に進んでいます」。対象は小学校1年生から大学4年生まで、6月のオーディションを経た40人ほどが、9月の地方公演と翌春の東京公演他に向けて練習します。「オーディションは落とすためのものでは無いのです。これは子どもたちがこの機会を『特別なこと』と感じ、自信を持って挑戦できるようにするためのもの。真剣に努力すると子どもたちは変化します。自分がしてきた事に、そして自分に自信を持ち、一歩一歩進みだすのです」。その成長を身近に感じるからこそ、保護者たちは、衣装や舞台芸術、事務などの裏方を担い、子どもたちの活動を熱心にサポート。劇団は広く注目を集め、小出郷文化会館以外に、新潟県内の小中学校での公演、さらに東京公演も開催するなど、活動範囲を拡大しています。
平成30年(2018)8月に初公演を予定しているのは、見附市民ミュージカル「夏の夜の夢」です。見附市文化ホールアルカディアの開館25周年を記念して計画されました。準備はすでに始まっています。平成28年(2016)に行った発声・発音などの基礎練習を主としたワークショップには、小学校5年生から70代までの幅広い年代の人が集まり、市民はもとより、市外からも多くの人が参加しました。その後の練習を経て平成30年2月にはプレビュー公演を開催し、4月には本公演のためのオーディションを予定しています。役者とコーラスを50人ずつ募集していますが、応募資格は小学校4年生以上で、芝居や歌に興味があり、稽古に参加できることの3つのみ。経験がなくても、子どもでも、シェークスピアの作品が演じられるのか、指導・演出を担当する栗田芳宏さんに伺いました。
「新潟県の演劇のレベルはここ20年間でアップし、才能のある若手も生まれています」/栗田芳宏さん
「古典劇には型や様式が含まれているので、演技の基礎を教えるには最適なんです。それに、演技とは特別なことではなく、日常のちょっとしたことを誇張するもの。だから、基になる経験の豊かな人、経験がなくても想像力のある人は、力を発揮します。それは子どもでも大人でも、プロでもアマチュアでも同じです」
ミュージカル「真夏の夜の夢」2018年2月プレビュー公演/見附市文化ホールアルカディア
演技指導や演出、劇場監督を務め、自ら劇団も主宰するなど、20年に渡って新潟県で演劇に深く広くかかわってきた栗田さん。シェークスピア作品を手掛けることも多かったのですが、実は、「夏の夜の夢」は初めての挑戦。「満を持して、という気持ちです。子どもたち同様、私もわくわくしています」とほほ笑みました。
演じる人と、その才能や可能性を引き出し育てる指導者、その活動をサポートする人々、そして、舞台を楽しむ多くの人たち。演劇は人と人とを結び、新たな夢や目標を生み出してきました。新潟県には、演劇を展開するステージがあり、そして、その演劇に触れるチャンスがあります。演劇の豊かで深い世界、夢のようでいて現実に限りなく近い世界、その不思議な世界を体験してみませんか。新しい何かに出会えるはずです。
■ 取材協力
大作綾さん/演出家
吉川直輝さん、風間健太さん/2017年度江南区演劇に参加 役者
東城紫乃さん/江南区演劇公演実行委員会 制作統括
アナボヌ実砂子さん/「魚沼産☆夢ひかり」会長
栗田芳宏さん/見附市民ミュージカル 演出家
江南区演劇公演実行委員会
魚沼市小出郷文化会館
見附市文化ホールアルカディア