file-129 魚沼らしい美しい酒を~雪室を生かす蔵元たち~(前編)
雪室活用で、さらに雪の恩恵がわかりやすい日本酒へ
日本有数の豪雪地帯である魚沼。雪とともに暮らしてきた地域では、古くから雪の中で食品を保存し鮮度を保つ「雪室」などを活用する知恵がありました。今回は、30年以上前から酒造りに雪を導入した緑川酒造と玉川酒造を訪ねてきました。
日本酒は本当に万能。これからも食事と一緒に飲むお酒を醸す
四季がはっきりしている魚沼。日本有数の豪雪地帯なのに、夏は日本一の暑さを記録することもある季節のメリハリが強い気候です。冬は湿気を含んだ風が山にぶつかってどさっと雪が降ります。しかし、雪のおかげで気温が下がり、湿度が高く、清浄な、酒造りに適した環境が生まれます。また、山々に染み込んだ雪は気の遠くなる時間をへて、やわらかな超軟水となって地上に湧き、酒の仕込みに使われます。
緑川酒造株式会社代表取締役社長の大平俊治さん。今や左党の天国となった「にいがた酒の陣」の創設メンバーで、現在は新潟県酒造組合会長。新潟大学の「日本酒学」でも教壇に立つ。
魚沼市青島にある緑川酒造株式会社は、作家の山本周五郎や山岡荘八が惚れ込んだという蔵元。流行の香り高い日本酒ではなく、お酒は食べ物を、食べ物はお酒を引き立てるような、相互を高め合う食中酒を目指しています。雪洞貯蔵に取り組んだのは昭和62年(1987)からでした。「もともと大吟醸は寒いところに寝かせていますから、雪の中で酒を寝かせたらどうなるかと試してみました」と言うのは社長の大平俊治さん。銀山平に積もった雪に穴を掘り、大胆にも瓶ごと埋めてみました。すると、若々しい、おいしい酒になったのです。「一般的なお酒は、夏場は20度位で貯蔵しますが、当社はもともと10度前後。さらに雪洞は低くて0度近い。熟成のスピードが遅く、できたてのフレッシュな感覚のまま夏場を迎える。でも、変わらないようでも熟成は入るので“まろやかだけれどフレッシュ”という二面性がある」
昭和63年(1988)12月30日完成。冬になると奥行き50×幅30×高さ5メートルほどの広大な施設を4メートル幅の雪で覆う。平成6年(1994)には雪中貯蔵施設として全国初の特許も取得。ゆっくり、ゆっくり熟成が進むお酒たち。雪室は、夏場には涼しいイメージがあり、消費者も飲んでみようとなるそうだ。
同社の近くには野菜などの保存目的で、日本第一号の雪室施設を造った株式会社ゆのたに(当時は株式会社大沢加工)があり、そこを間借りして雪洞貯蔵酒『緑』を商品化しました。新緑シーズンに出す生酒、メインの純米吟醸、11月以降に余韻を楽しむ吟醸の3部構成で、すべて大吟醸並の扱いです。生酒以外は、瓶に入れて火入れをして、雪洞に貯蔵。時期が来たら瓶から大きなタンクにあけて均等にして、また瓶に詰め直して火入れをする。火入れも冷水シャワーでスピーディーに冷やして負荷を減らしています。「たいへん手間もお金も掛かりますが、エコではある。雪洞を利用した酒造りは、いち早く取り入れて注目されたので、しばらくは目立たないようにこのままのスタイルでやっていきます」
さらに同社の酒造りについて「単独で飲んでもおいしい酒は人に任せて、我々はこれからも食べ物と一緒に飲むおとなしい酒を造っていく。いろいろな酒があるけれど、蔵ごとに目標が違うから、それでいい。最近はマリアージュもブームで、この酒にはこの料理と合わせますが、日本酒は古来食べ物を選ばない飲み物。本当に万能で、温度や器でも風味が変わる。難しく考えず、それぞれが好きなように組み合わせればいいでしょう」と語ります。
同社の主要銘柄『緑川』
3歳からスキーを始め、今でもスキー場の手伝いをするほど雪が好きという大平社長。庄屋の家系で、子どもの頃は家族以外の人たちがいつも家にいる生活をしていました。毎日たくさんの食事が用意されて、地域の知らない人も食べに来る。でも、冬になるとその人が蔵の除雪を手伝うなど何らかの仕事をしていました。「こんな昔話ができるのは、私が最後の世代かもしれない」と大平社長。酒蔵を中心とした昔のコミュニティーについても、ぜひ伺ってみたいものですね。
お酒の新しい喜びを、伝統と革新で創造していく
雪中貯蔵酒は雪のない地方では憧れとなる。海外のシンガポール、台湾、マレーシアなどでも反響が高く、同社も海外にもっと力強くアピールしていきたいという。
アルコール度数46度、日本酒のウォッカと言える程の高アルコール酒ですが一年間貯蔵することで味がまろやかになっている。
同社最新作。海外進出を踏まえ、日本独自のカタカナを銘柄に。酒が中心ではなくツールであってほしい。人と人をつなげる鍵(It’s the key)、この瞬間(いっとき)を大事にとの意味を込めた。
アルコール度数46度の『越後武士(えちごさむらい)』や女性にも飲みやすい『ゆきくら珈琲酒』、最近では「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2017メイン部門」で最高金賞を受賞した『イットキー(It’s the key)』など、革新的なお酒を創出するのは、魚沼市須原にある玉川酒造株式会社。しかし、その背景には「創業1673年の積み重ねてきた伝統がある」と専務取締役の風間勇人さんは言います。「伝統的な酒を造り続けているからこそ新しい酒造りに挑戦することが出来る。そうでなければ奇をてらった商品を造るだけの酒蔵になってしまう。当社のテーマは“酒を通じて新しい喜びをつくろう”であり、これからも日本酒の幅を広げていきたい」
3月末に500トンの雪を集め、日よけ、風よけシートを掛けていく。通常11月まで雪が残る。同社は酒蔵見学を行っており、来訪者は170万人を超えた。何回でも来たくなるように、「春の化粧品まつり」「秋の梅酒まつり」などイベントも盛りだくさんだ。
伝統と革新を両輪とする同社が雪室に取り組んだのは、記録的な豪雪となった昭和55〜56年(1980〜81)の『五六豪雪』がきっかけでした。同社の酒も雪に埋もれてしまい、取り出そうにもできなかった。そして迎えた春、味見をしたら「何だ、このなめらかさは!?」と驚くほどおいしくなっていたのです。翌年から研究を始め、北海道の大学の教授の指導を受けながら、平成元年(1989)に雪中貯蔵庫「ゆきくら」が完成。このような施設を蔵元内に設置したのは、同社が日本初でした。以来、当時からの酒を残して、どのように変化していくかを研究しています。
温度は1〜2度、湿度は90%の雪蔵内。瓶詰めされた大吟醸『越後ゆきくら』が眠る。雪中貯蔵によって酒本来の芳醇で馥郁(ふくいく)たる風味になるという。
「酒はフレッシュな状態の香りを維持しつつ、味わいがまろやかになります。雪中貯蔵の良い点は、冷蔵庫のような振動がないこと。揺れると酒の液面が空気に触れて酸化(劣化)し、1年もたてば味も色も変わります。それが冬眠しているかのごとく30年前のものと同じ色。既存の古酒とは違う、新しいジャンルの古酒というか。少しずつ熟成しているのに、若々しい。飲むと体に染み込むようなやわらかさで不思議な感覚になります」
風間専務は、雪に対して「いやだなぁ」との感覚がないそうです。“雪はありがたいもの”という考えの方が、良いことにつながっていきます。「日本酒の市場はここ20年ほど縮小傾向にあるのですが、当社は10年後も、100年後も売れる商品作りという意気込みで酒を造っています。伝統を守りつつ、新しい伝統を造るという気持ちで次の100年後を考えていきたいです」
後編では、最新の雪室施設を活用する八海醸造株式会社と青木酒造株式会社の取り組みを伺います。
掲載日:2019/6/21
■ 取材協力
大平 俊治さん/緑川酒造株式会社 代表取締役社長
風間 勇人さん/玉川酒造株式会社 専務取締役
緑川酒造株式会社
※酒蔵見学、雪室見学は行っておりません
玉川酒造株式会社
※酒蔵見学可、雪室見学可