file-160 上越の食文化を一杯のどんぶりで存分に感じる、雪むろ酒かすラーメン(後編)
食のプロがタッグを組み、世界と渡り合える上越の魅力へ
上越市の食文化が詰まった雪むろ酒かすラーメンに込めるラーメン店の思い。そして、酒蔵がこのラーメンを通して見出す酒かすの可能性とは。雪室食材や発酵食品は、人や食材の新たなつながりを生み出しているようです。
ラーメン開発をきっかけに新しい団体も誕生
参加ラーメン店がコラボしたラーメンは、2時間待ちの行列ができたほど人気だった「越後・謙信SAKEまつり」。各店店主が入れ替わり調理場に立ちました。
「共通のテーマで上越市を盛り上げるラーメンを作る」という基軸から、雪むろ酒かすラーメンは様々な化学反応を起こしています。
2019年度の第1シーズンを経て、参加したラーメン店主たちは「上越愛麺会」を結成。個々で活動するのではなく、チームだからこそ大きなことができる実感と共に「力を合わせて、もっと上越市を盛り上げていこう」と活動を展開しています。毎年秋に開催される「越後・謙信SAKEまつり」では参加ラーメン店が協力し、スペシャルな一杯のラーメンを開発して提供。岐阜など県外からも食べに来る人がいるほど人気を博しています。
チラシ作成のための撮影現場。2022年度からYouTubeも開始
さらに、このプロジェクトに携わるのは行政とラーメン店、酒蔵だけではありません。動画制作やチラシづくり、俳優など、様々な地域のクリエイターも参加し、プロのアイデアを持ち寄り、楽しみながら雪むろ酒かすラーメンを盛り上げています。
同じ街に住む多業種コラボで、唯一無二の一杯を
上越インターから車で7分。医食同源をもとに県内の食材を使ったラーメンを提供する麺屋あごすけ
混ぜそばにすることで、酒かすの風味をしっかりと感じられる一品。さらに、雪室で熟成された塩と醤油を使用し、味わいがまろやかに。
2022年度に5年目を迎えた雪むろ酒かすラーメン。
実際にどのようなメニューが提供されているのか、上越市の人気ラーメン店「麺屋あごすけ」を訪ねました。
こちらの店で提供している雪むろ酒かすラーメンは、「ローストビーフの贅沢まぜそば」
肉味噌に代々菊醸造の酒かすを使い、雪室で熟成された塩と醤油でスープを仕上げています。4日間じっくりと時間をかけて作られたローストビーフがトッピングされた、贅沢な一杯です。
「上越市は、日本における発酵の第一人者、坂口謹一郎氏の出身地であり、海も山もある。あらゆるものがある恵まれた土地なんです」(麺屋あごすけ店主・月岡二幸さん)
互いに意見を出し合いながら、美味しい一杯のため、店主たちが準備を重ねています。
「秋の『越後・謙信SAKEまつり』で上越愛麺会が提供したラーメンがあまりにも人気で、食べられなかった人が多かったので、多少材料の仕入れは変えながらも店舗で出せるように再現しました」と紹介してくれたのは、店主の月岡二幸さん。雪むろ酒かすラーメンの立ち上げ期から参画して、一軒ずつラーメン店に参加を呼びかけるところから地道にこのプロジェクトを育んできた、上越愛麺会の会長でもあります。
「せっかく同じ街にいるんだから、張り合ってもしょうがないし、バラバラじゃなくて協力しあえたら相乗効果があるんじゃないかと思って取り組んできました。それはラーメン店同士だけでなく、酒蔵さんとも同じですね。お互い話すことでメニュー開発のヒントにもなるし…そうは言っても毎年メニューを考えるのは大変で(笑)。でも、お客さんを思いながら、どうやったら喜んでもらえるか考えることがアイデアとパワーの原点になります」と月岡さん。
酒かすのプロも驚く、若い世代にも訴求する潜在力
「発足当初はまさかここまでの展開になるとは思っていませんでした。予想を超えています」(株式会社丸山酒造場代表取締役社長・丸山三左衛門さん)
日本酒を絞り終わってできた酒かすを採る作業風景(丸山酒造場)
タッグを組む酒蔵から見た雪むろ酒かすラーメンは、どのように映っているのでしょうか。
本プロジェクトの初回から参画している株式会社丸山酒造場の代表取締役社長丸山三左衛門さんは「酒かすは通常、年末が需要のピーク。それが雪むろ酒かすラーメンを通じて一年のうち約1/3もの期間、酒かすに注目していただけるということはとても嬉しいですね」と話します。
創業125年もの歴史を誇る丸山酒造場の代表銘柄・雪中梅は甘口の風味が特徴で、酒かすもその特性を引き継いでおり、2022年度は3つのラーメン店に卸しています。
「私自身、毎年楽しみに店を回らせてもらっているし、普段あまり行かない店に行くきっかけになっています。各店毎年メニューを変えてらっしゃって『なるほど、こういう使い方もあるのか』と発見が多いです。酒かすの可能性がラーメンという切り口から広がっている、本当に面白い企画ですよね」と丸山さん。
酒かすというと、従来は漬物や粕汁(かすじる)のイメージが強く、“懐かしの味”で比較的シニア層に馴染み深い傾向があったそうです。しかしラーメンにアレンジすることで、若い層にも親しんでもらうことができます。酒かすという昔ながらの地域の食材が新鮮な面白さを持って受け入れられ、浸透し、受け継がれていく新しい継承の形ができつつあるようです。丸山さんも「酒かすの価値が上がっていったら」と期待を込めます。
人、食材、つながり、全てが地域の宝物
月岡さんは学校給食用として雪むろ酒かすラーメンを作りに行ったことも。子どもの頃から親しむ“食の原体験”も、食文化の醸成に欠かせません。
新潟・上越らしいラーメン作りを追求して、酒かすをパイタンに使うなどしてきた月岡さん。「なるべく上越のものを」と意識するといろいろな人との関わりが生まれ、お互いの刺激となり、輪ができていく。雪むろ酒かすラーメンはそんなきっかけになっている、と振り返ります。これまでにラーメン店や酒蔵のほか、焼肉店、薬草酵素メーカーなど雪むろ酒かすラーメン誕生前にはつながりがなかった企業ともつながりが生まれ、協力してもらってきたとのこと。そんな食材や人、そしてそのつながりを、月岡さんは「みんな宝物」と表現します。今を生きる人たちが、文化を生み出し、発展させていく、その真ん中には、「上越を盛り上げて行こう」という思いがあるようです。
一方で“酒蔵チーム”は同業者同士のつながりが生きているからこそ、この企画が実現できているそう。酒蔵によって製造量は異なり、酒造りの時期もずれている場合があります。雪むろ酒かすラーメンのシーズン中、1店のラーメン店に1蔵だけでは酒かすの提供が不足する場合があります。そこで酒蔵をリレーして酒かすが提供されることも。そういった連携は、これまで15年以上開催されてきた「越後・謙信SAKEまつり」の運営で、定期的に酒蔵同士が顔を合わせコミュニケーションをとってきたからとのこと。地道な活動の積み重ねが、食文化を形成する基盤につながっているのです。
上越から世界へ、食の魅力を発信する責任とともに
2019年の愛麺会結成時の記念撮影
新酒の仕込み真っ最中の丸山酒造場。今も多くの製造工程が人の手で行われています。
月岡さんは今、雪むろ酒かすラーメンに大きな期待を寄せています。
「上越は新幹線駅があるので、もっと雪むろ酒かすラーメンをうまく周知して、上越に足を運んでもらうきっかけにしたいですね。酒かすは栄養価も高いし、ラーメン好きな人は多いので、世界で注目されている日本酒のように、ゆくゆくは雪むろ酒かすラーメンが世界でヒットすることを期待しています。知られていないからこそ、伸び代はまだまだ大きい。我々の力で発信していく責任があるし、上越の酒と雪むろ酒かすラーメンのセットで多くの方に知ってもらいたいです」
上越を代表する文化から新潟を代表する文化、そして日本を代表する文化へ。雪むろ酒かすラーメンの歴史はまだまだ序章。食べる人の体も心も温めながら、一歩ずつ未来へと歩みを進めています。
掲載日:2023/2/6
■ 取材協力
麺屋あごすけ 店主 月岡二幸さん
株式会社丸山酒造場代表取締役社長 丸山三左衛門さん
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