file-161 地域の思いを込め、冬を楽しむ新潟の雪まつり(前編)
雪が思いをつなぐ、
ロマンあふれる雪国エンターテインメント
冬の夜空に無数のスカイランタンが舞い上がる幻想的な光景をひと目見ようと、全国から人々が集う、つなん雪まつり。雪国だからこそ生まれた美しさと、その願いとは。
津南町への郷土愛がつないできた雪まつり
雪国・新潟県には、各地に雪を積極的に生かしたり楽しんだりする文化があふれています。雪が多いからこそできることや、雪のおかげで美しさが際立つことを知っている雪国の人々の工夫。その中でも大きな話題を呼んでいるのが、つなん雪まつりのスカイランタンです。
スカイランタンが一斉に上がる幻想的な瞬間
冬の夜空に舞い上がる無数のスカイランタン。世界的に有名なアニメ映画にも登場する幻想的な光景は、まさにファンタジーの世界。津南町で毎年開催されているつなん雪まつりでは、2012年から大規模なスカイランタンの打ち上げを実施しており、全国から多くの人々が打ち上げに参加しています。
スカイランタン導入時から携わってきた津南町観光協会事務局長の石沢久和さん
つなん雪まつりが始まったのは1977年。今まで、雪像を作ったり雪上ステージで仮装大会を開いたりするほか、手作りそり大会、スノーボードのジャンプ大会など、雪を楽しむ多彩なプログラムが催されてきました。メイン会場の他に、集落ごとに雪像を作ったり飲食ブースを出すなど、地域全体で盛り上げる祭りとして40年以上親しまれてきました。
沿道に飾られたキャンドルが、祭りを暖かく彩ります
本会場以外の地区会場は多い時で6会場ほどありましたが、人口減少などの影響もあり、現在は2~3会場に減っています。津南町観光協会事務局長の石沢久和さんは「地区会場での開催を続けている人には、地区を盛り上げたい、また冬道を歩いてメイン会場まで行くのが難しいお年寄りたちも一緒に楽しめるようにしたいという思いがあります。たとえ大きなことができなくても、個人で沿道にキャンドルを置いたり、企業が長い国道に灯籠を飾るなど、皆さんができる形で携わってくれています」と、地域住民の郷土愛の強さを教えてくれました。
鎮魂の祈りを込めて夜空へ贈るスカイランタン
つなん雪まつりに大きな変化が訪れたのは、2012年の第36回。この時初めてスカイランタンが導入されました。
最初の飛翔実験の様子。既製品ではなく障子紙で自作のスカイランタンに挑戦したことも
紙製の風船に火を灯して内部の空気を温めて打ち上げます
スカイランタンで有名なタイの行事「コムローイ」は、仏教のお祭りです。タイでは、仏様への感謝の祈りを込めてスカイランタンを空へ打ち上げますが、津南町では、スカイランタンに「鎮魂」の祈りを込めて打ち上げます。
鎮魂の祈りを乗せ、冬の夜空を彩る無数のスカイランタン
2011年3月12日に発生した長野県北部地震により津南町でも大きな被害があったほか、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故で被災された人たちも避難してきました。
そこで、町民から寄せられていたアイデアを取り入れ、つなん雪まつりでは震災復興祈念(鎮魂)の祈りを込めてスカイランタンを打ち上げるようになったのです。
それまで日本国内でスカイランタンを打ち上げた実績はほとんどなく、石沢さんをはじめ、関係者はランタンの入手方法から打ち上げの仕方、法令による手続きまで、あらゆることが試行錯誤の連続だったそうです。
「初めて実施したときはまだ日本でスカイランタンが知られていなかったため、参加者も少なく、用意した300個のスカイランタンを一人2個ずつ打ち上げていました」(石沢さん)
現在は、鎮魂の祈りだけではなく、自らの願いや決意を書いて飛ばす人も
しかしその美しい幻想的な光景は瞬く間に評判となり、翌年の2013年には用意した500個では全く足りず、倉庫にあった在庫を追加。現在では2日間で3,000個を打ち上げるほど多くの参加者が集まっています。
雪国だからこそ叶えられる幻想的な体験
スカイランタンは火を灯して空へ飛ばすため、安全な打ち上げ環境を確保するという非常に高いハードルがありました。会場となっているホテル「ニュー・グリーンピア津南」は敷地が約100万坪もあり、打ち上げ場所から半径1.5km圏内には人家や工場がありません。また、ほとんどのスカイランタンは火が消えて落下することに加え、積雪が多い時期でもあるので、落下後に火災になる心配はいりません。雪国だからこそ安心して堪能することができるイベントであり、さらに雪原と夜空に浮かぶ無数の灯火のコントラストがより幻想的な非日常感を演出し、心に響く体験を生み出しているのです。
スカイランタンは上空150mほどまで上昇します
全て自然に還る素材でつくられたエコスカイランタンを採用
最初の打ち上げから10年以上経った現在も、鎮魂の思いは当時と変わらず育まれ続けています。「鎮魂のためなので、『コロナ禍だから打ち上げない』という選択肢はありませんでした。自粛期間中も町民限定にするなど、鎮魂の祈りを込めて小規模で実施しました」と石沢さん。
スカイランタン導入を契機に、つなん雪まつりは町民向けの祭りから全国から人が集う祭りへと変化し、現在では海外からの問い合わせも増えているとのこと。雪国育ちではない人も、雪を楽しむ喜びを体感できる機会につながっています。
にんじん、縄文、カモシカ…雪国を五感で楽しもう
津南町の雪を楽しむ精神は、祭り以外でも生かされています。
津南町の特産品の一つに、夏に種をまいて雪が降るまでに大きく育て、植えたままであえて雪の下で越冬させる雪下にんじんがあります。雪の下で育てることで甘味や旨味が増し、香りや歯切れが良くなる、雪国ならではの知恵が生かされています。
津南の雪下にんじん掘り競争の様子
津南町では場所によって3月の残雪が2m以上のところも。その特徴を生かして、2022年から春分の日に「津南の雪下にんじん掘り競争」を開催しています。通常、雪下にんじんの収獲作業は、畑を機械除雪して収獲しますが、あえて人力のみで雪の下のにんじんを掘る早どり競争です。
「春の部活動再開のため学校のグラウンドの雪を遊びながら掘る『豪雪地面出し競争(ごうせつじめんだしきょうそう)』というイベントを10年以上開催してきましたが、その進化バージョンが『津南の雪下にんじん掘り競争』です」(石沢さん)
縄文人が見たかもしれない冬だけのロケーション
野生のカモシカと遭遇できるかも?~カモシカウォッチング~
また、縄文時代の遺跡が数多く残されている津南町ならではの冬の体験型コンテンツとしても、雪は生かされています。
「農と縄文の体験実習館 なじょもん」敷地内で竪穴式住居が復元された縄文ムラでは、道路などの人工物が雪で埋もれるため、まさに“縄文人が見ていた景色”を追体験できます。「縄文ハイク」はスノーシューでブナ林を散策し、竪穴式住居で火を囲んで、縄文時代の暮らしに思いを馳せる体験です。また暖かい季節は薮が深くて近づけないエリアも、雪が積もることで歩けるようになるため、カモシカの住処を見に行くカモシカウォッチングなども実施しています。
「雪の多い地域では縄文時代に人は定住していなかったと思われてきましたが、1972年ころ津南町で大規模な縄文集落の遺跡が発掘されました。雪が積もることで足場がフラットになって行動範囲が広がり、動物の足跡を追いやすくなる。狩猟社会ではむしろ雪国こそ狩りがしやすい環境にあったのではないでしょうか」と石沢さんは考察します。
津南町をはじめ、新潟県内では各地で雪を楽しむ祭りやイベントが開催されています。隣に位置する十日町市では、70年以上の歴史がある十日町雪まつりや、大地の芸術祭の冬季企画が催されています。
後編では、「雪を楽しむ」というスピリットを受け継ぎながら、時代の変化を読み、試行錯誤を重ねながら実施している、十日町雪まつりをレポートします。
掲載日:2023/2/27
■ 取材協力
津南町観光協会事務局長/石沢久和さん
つなん雪まつりの開催情報はこちら(つなん雪まつりホームページへリンク)
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