第27回 玉川堂工場見学と鎚起銅器の小皿制作体験

新潟県の伝統工芸品の一つ「燕鎚起銅器」。文化13年(1816)創業の老舗・玉川堂の燕本店では、営業日の10時から1日5回、約30分の見学時間で工場見学を受け入れています。

通りから10メートルほど奥まったところにある入り口。建物は登録有形文化財として登録されている。

鎚起銅器の技術は、明和年間(1764~72)に仙台の藤七(とうしち)という人物によって燕に伝えられました。燕に鎚起銅器の技術が根付いたのは、弥彦山にある間瀬(まぜ)銅山から良質な銅が供給されたこと、和釘づくりの経験や銅細工を扱う技術がこの地にあったことが影響していると言われています。玉川堂燕本店で店長を務める白鳥(しろとり)みのりさんに伺いました。

三条市出身の白鳥さん。「この辺の産業は、和釘から始まり、やがて、鑢(やすり)や銅器、煙管などにつながっていきます」

「燕本店の建物は築100年ほどで、三代目の玉川覚平の時代に当主の住居として建てられたものを最近になって店舗に改装しました。記念品や贈り物、新潟のお土産を求めに来店されるお客様が多いですが、工場見学を目的に来店される方も増えてきています」

入り口左手にある店舗には、カップ・ぐい呑・茶器などが陳列されている。見学の時間までここで過ごす人も多い。

鎚起銅器は金鎚で銅板を打ち起こす鍛金技術で作りあげられた銅製品です。もともとは、やかん、鍋、洗面器といった実用品として作られていましたが、現在は工芸品として私たちの目を楽しませています。「当社は“やかん屋”として創業しましたが、明治になると“日本の産業を積極的に海外に出していこう”という政府の方針のもと、万博に出展していきます。そうなると“ただ日用品を作るのではなく、装飾を施すなどして、より製品の価値を高めよう”という機運が高まり、彫金や色に工夫を施して美術的要素が加わった工芸品としての鎚起銅器を作るようになったのです」

凝った装飾と色づかいが特長の三代 玉川 覚平 作「飾香炉金象嵌」。覚平は、明治43年(1910)の日英博覧会で銀賞受賞、明治天皇御大婚二十五周年奉祝では一輪花瓶を献上するなどの実績を遺した。

玉川堂というと“和”のイメージですが、最近は現代の生活空間にマッチするデザインも手掛けています。「現代の生活に花を取り入れよう」をコンセプトに生まれた一輪生(いちりんいけ)は、女性職人のデザインによるものです。

モダンな一輪生(写真下・中)は3色あり、それぞれ「海」、「太陽」、「月」をイメージしている。平成28年(2016)以降に製作したものには、ロゴマーク、職人の名前、製作した年の干支が刻印されている(写真下・右)

鎚起銅器の特長やお手入れ方法を伺いました。「銅には、水をまろやかにする作用があるので、やかんや急須などがおすすめです。修理もできるので長く使えます。お手入れは、錆を防ぐためにも、“乾拭き”が基本です。やかんも外側に水がついたら、自然乾燥ではなく、乾拭きします。そうすることで、だんだんツヤが出てきていい風合いになるんですよ」と白鳥さん。
なるほど!それでは、工場見学に行ってみましょう。

1枚の銅で作られた口打出(くちうちだし)の湯沸。新しい湯沸(右)は、使っていくうちにツヤが出て、飴色に変わっていく(左)

工場見学では、「鍛金」と「着色」の2つの工程を中心に見学できます。玉川堂では、一人の職人が決まった作業を担当する分業制ではなく、その時々で流動的に対応していく分担制で仕事を進めています。こちらの部屋では、主に鍛金、彫金の作業を行っています。

30畳はある鍛金の部屋。天井は音がこもらないように高く、窓は光が良く入るように大きく、作業がしやすいように設計されている。

鍛金では、さまざまな道具を使って作業をします。ケヤキで作られた「上がり盤」に腰掛けた職人さんが、上がり盤に差し込んだ「鳥口(とりぐち)」の先端に銅器を当てながら、金鎚で叩いていました。

鳥口は銅器を引っ掛ける鉄棒で、「当て金(あてがね)」とも言われている。全て手作りで、約200種類もあるそうだ。器の形状によって使い分けている。

「着色」の様子も見て行きましょう。「着色」というと、絵の具のように描いてつけるとか、染物みたいに染めつけるとかいう作業を想像されるかもしれませんが、鎚起銅器では磨き方、焼き方、錫(すず)の塗り方など、色によってさまざまな下準備を施し、最後に緑青を溶かしたお湯で煮ることで色をつけていきます。

錫は、コンロで温めて、バターのように溶かして塗る。軍手やマスクは必須アイテム。

玉川堂では、「宣徳色」や「紫金色」など、色に独自の名前をつけています。色と金鎚でつけた鎚目(つちめ)の組み合わせで、「いぶし銀」や「岩肌」といった模様を出します。「鎚起銅器というのは、燕以外でも作られていますが、これだけ多くの色があるのは、珍しいんです。同じ品物でも、色が変わると表情がだいぶ違います」。白鳥さん、ありがとうございます。燕鎚起銅器の素晴らしさが、良くわかりました。

玉川堂では、特別なイベントがない限り、鎚起銅器の体験は行っていません。燕市内には、気軽に鎚起銅器の体験ができる施設もあるので、そちらへ行ってみましょう。

「紫金色」は、燕特有の色。表面に錫を塗り、さらに焼き付けてから硫化カリウムに漬けるなどの工程を経て着色していく。

鎚起銅器の体験ができるのは、燕市産業史料館内にある体験工房館「TSUBAME FACTORY」です。2019年度は、毎月第4日曜日に鎚起銅器の小皿づくり体験(有料)を開催(11月24日迄)。道具は不要、1名から参加できるので気軽に鎚起銅器の体験ができます。

講師を務めてくれた水燕鎚工会の皆さん。(左から)髙橋純一さん、細野五郎さん、椛澤伸治(がばさわしんじ)さん、早川常美さん。年に1回の展示会開催など、分水・燕・三条の職人さんたちが切磋琢磨し合いながら活動している。

体験は、講師の方がマンツーマンで教えてくれます。まずは、小皿に描く図柄の下描きから始めます。「自分のオリジナルが一番」と、その場で動物やキャラクターを描く人もいるそうです。「前もって図柄を用意してくれば良かった」と、後悔する私。でも大丈夫。その場では描けなくても、教室には、動物や植物が描かれた見本も用意されているので、これを使えば心配無用です。

作業をする定盤台(じょうばんだい)の上に用意された銅板を置き、カーボン紙、図柄が描かれた紙の順に載せて、鉛筆でなぞって下描きをしていく。

ひととおり描いたら、紙を取り除いて図柄が完成です。紙はいったん取ると再び合わせるのは難しいので、足りない部分は、直接鉛筆で描いていきます。私は、まんべんなく描いたつもりでしたが、意外と描きもらしていました。

銅板に直接でも、スムーズに描くことができる。

図柄が描けたら、彫金です。鉛筆の線に沿って打撃面が平らな金鎚で叩いていきます。緊張のため最初は手が震え、スムーズとは程遠いぎこちなさ。音もカラカラ、という締りのないものでした。「金鎚を持っていない手で鏨(たがね)をまっすぐ立てること。板が滑らないようにしっかり支えるのが基本です」(早川さん)。「テンテンテンテンテン」。当たり方が違うと、音も違う。リズムのある良い音が聞こえてきました。

金鎚は体験用に水燕鎚工会の皆さんが選んだ体験用のものを使う。

銅板が浮いてきました。裏面を見ると凹凸です。そうなったら、木槌で叩いて平らにしていきます。トントントン、トントントン。ひときわ大きな音が室内に鳴り響きます。波を打っていた銅板もこれで元通り。「表に返して金鎚。裏にして木槌」と作業を繰り返しながら、図柄を完成させていきます。

金鎚で叩くと硬くなり、木槌で叩くと硬くならない銅の性質を利用。こういう工夫が、作業をスムーズにしていく。

メインの図柄ができたら、金鎚の打撃面を使い分けて、周りに模様をつけていきます。トントントントントン。どういう風に仕上がるのかイメージできない私が漫然と叩いていると、「ちょっとつけすぎだね。ポンポンポンと入れるだけでもいい感じに仕上がるよ」と髙橋さん。

「金鎚だけじゃなく角度によっても模様が変わる」(細野さん)

模様をつけ終わったら、次はお皿の形を作ります。お皿の型にくり抜いてある木型に銅板を裏返して置き、木槌で端の部分を叩きながら打ち起こします。その後、真ん中を片手でしっかり押さえながら、横から金鎚で叩いて縁のシワを作り、お皿の形にしていきます。

銅板をしっかり押さえ、打撃面を確実に当てていくのがポイント。鎚を握った手より銅板を押さえる手の方に力が要求される。

お皿の形ができたら、紙やすりで磨いて着色に入ります。着色では、最初にスポンジに水を含ませて、磨き粉(クレンザー)を適宜つけながら、力を入れて磨きます。良い色を出すためには、色をつける前に素材を裏表ともしっかり磨くことが大切だそうです。

「磨く時はいつも力いっぱい。全力で磨く。そうするときれいに色がつく」(細野さん)

いよいよ色付けです。ザルに入れた銅器を硫化カリウムの液に入れて、ゆらゆら、ゆすぎます。ザルを一旦上げ、そのまま水の中へ入れて薬剤を流した後、水分を拭き取り、明るくしたい部分はクレンザーをつけた棒で、ぼかしたいところは指や布を使ってこすります。こすっているうちに液が流れてくるので、ちょっとこすったら水で洗い、これを繰り返します。「かぁるく、かぁるく。こすって、立体感を出してやるときれいに仕上がる」(髙橋さん)

力が必要とされる彫金・鍛金と違い、着色では落ち着いた雰囲気が漂う。

最後に銅器を温めて、表面につけたロウを溶かし、乾拭きして完成です。すてきな鎚起銅器の小皿が出来上がりました。次回はぜひ、オリジナルの図柄で作ってみたいと思います。

ロウを使うのは、色が変色しないように色止めをするため。ツヤ出し効果もある。

体験教室では、水燕鎚工会のメンバーの方の指導で、「上がり盤」に腰掛けて鎚起を体験することもできます。「我こそ」と思う方は、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょう。本物の鎚起銅器が体験できます。

関連リンク

玉川堂 燕本店
新潟県燕市中央通2-2-21
電話 0256-62-2015

燕市産業史料館
新潟県燕市大曲4330-1
電話 0256-63-7666

前の記事
一覧へ戻る
次の記事