山本五十六記念館

明治17年(1884)、儒学者の家系に生まれた山本 五十六(やまもといそろく)は、聡明で、中学の頃からベンジャミン・フランクリンを尊敬、猛勉強するなど広い視野を持っていました。旧長岡藩家老・山本帯刀家を継ぎ、旧会津藩士族の娘と結婚。文武両道、質実剛健、常在戦場の長岡らしい精神に磨きがかかる一方、石油や航空に早くから注目しており、リンドバーグの大西洋横断にも触発され、特に航空の重要性を力説し、太平洋戦争開戦時、その先見性を世界に実証しました。
「この身滅ぼすべし、この志奪うべからず」と、わが身の危険を省みず、日独伊三国同盟に断固反対した姿勢は、人々を愛し、郷土を愛し、慈愛の心を強く保っていたからです。しかし、その意に反し連合艦隊司令長官として未曽有の大戦争の指揮をとることとなり、昭和18年(1943)ブーゲンビル島で戦死しました。
この記念館は激動の世紀に、しなやかかつ強い心で生きた山本五十六の人間性を、21世紀に語り伝えたいと願う人々の手で建設されました。

出典:
『長岡市ホームページ』
提供元:長岡市大手通分室観光課

画像提供元:
長岡市大手通分室観光課

所在地

長岡市呉服町1丁目4-1

お問い合わせ先

0258-37-8001

詳しくはこちら

アクセスマップ

投稿者: 新潟県文化課
掲載日時: 2015年4月13日 22:28

一覧へ戻る