宝暦の頃に始まったといわれており、当初は7,8座の神楽と神事を合わせて奉納していたといいます。
幕末の頃浦佐の工匠北川岸次が27の神楽面を彫り、合わせて32面26座となりました。明治26年(1893)9月14、15日から現在の形で行われています。
地元一村尾集落を中心に保存会が結成され受け継がれており、南魚沼市の無形民俗文化財に指定されています。
出典:南魚沼観光テレビ
提供元:南魚沼(六日町庁舎)六日町商工観光係および南魚沼市観光協会
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