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  • 小田喜平太(おだきへいた)

    昔から幾度となく信濃川の水害に苦しめられてきた小合地区で、チューリップの球根栽培に果敢に挑戦し、日本で初めて商業栽培を成功させたのが小田喜平太です。小合は、単作地帯には珍しく副業の盛んな地区でしたが、明治期の小合の花は投 […]
  • 曽根神社

    曽根神社は永禄3年(1560年)に、諏訪神社の大神の分霊をいただき、現在地に水守神とした。その時に村名を曽根村とし、見帯にあった神社を現在地に移転した。   出典: 『西川地区のガイドマップ(漣の会作成)』 提 […]
  • 桑山諏訪社

    設立年月日及び由緒等は不詳である。 現在の天井画は、平成5年8月に、池田満寿夫氏の絵筆による「飛鶴」16枚の組絵が奉納されたものである。 出典: 『西川地区のガイドマップ(漣の会作成)』 提供元:新潟市総務局国際文化部歴 […]
  • 田中城(通称大関城)跡

    中世、上杉景勝の配下にあった大関阿波守徳の居館跡といわれる。桂姫は、越後善光寺如来とゆかりがあると縁起に伝えられる。 出典: 『西川地区のガイドマップ(漣の会作成)』 提供元:新潟市総務局国際文化部歴史文化課 およびサー […]
  • 鎧八幡宮

    平安時代に源義家(八幡太郎)が、越後各地を荒らし回っていた黒鳥兵衛を追討するため、押付の八幡宮に「鎧」を奉納し戦勝を祈願したと伝えられている。 所在地:越後曽根駅 出典: 『西川地区のガイドマップ(漣の会作成)』 提供元 […]
  • 新発田城

    ■ 新発田城の築城 慶長3年(1598)加賀大聖寺から越後蒲原郡に入封した初代藩主溝口秀勝(みぞぐちひでかつ)は、まず五十公野(いじみの)に居をかまえて領内の統治と築城について構想を練ったと伝えられる。上杉景勝と戦い滅び […]
  • 五十公野(いじみの)御茶屋

    溝口家の茶寮のことを五十公野御茶屋と呼んでいます。回遊式公園はみごとで、十分に日本の美の奥行きを感じさせてくれます。現在の御茶屋は、数寄屋造りの簡素なたたずまい。ゆったりとした気分になれる場所です。 平成15年に越後を代 […]
  • 大峰(おおみね)山と橡平(とちだいら)サクラ樹林

    日本で最も小さい「櫛形(くしがた)」山脈」の中に標高399.5mの大峰山があります。この大峰山はヤマザクラの地として名高く、昭和9年には「橡平サクラ樹林」として国の天然記念物に指定されました。 現在、自然自生した約40種 […]
  • 宝光寺

    新発田藩主溝口家の菩提寺で、溝口家は外様大名でありながら一度も転封されることがなかったので、初代秀勝侯以来、10代までの歴代藩主と夫人の墓がまつられています。 昭和48年の都市開発による墓塔の一部移転と縮小が惜しまれます […]
  • くろさき茶豆

    黒埼地区で出荷される茶豆は、その芳醇な香りと優雅な甘味、シャキッとした歯ごたえで、枝豆の王様と言われている。 出典: 『田園交響都市-にいがた 観光ガイドブック』 提供元:新潟市役所観光物産課 画像提供元: 新潟市役所  […]
  • かきのもと

    花弁が赤紫で、ほろ苦くシャキシャキとした歯ごたえの食用菊。三杯酢をかけ混ぜ合わせる菊びたしが一般的。 出典: 『田園交響都市-にいがた 観光ガイドブック』 提供元:新潟市役所観光物産課 画像提供元: 公益社団法人 新潟県 […]
  • 南蛮えび

    「甘えび」の呼び名が一般的ですが、形が南蛮唐辛子に似ていることから、新潟では「南蛮えび」と呼ばれます。 出典: 『田園交響都市-にいがた 観光ガイドブック』 提供元:新潟市役所観光物産課 画像提供元: 新潟市役所 観光物 […]