file-115 伝統の道具でおいしいごはんを炊く(前編)

  

理想は江戸時代の炊き方

 日本に稲作が伝わって3000年余り。最初の「ごはん」は、たっぷりの水で煮たおかゆに近いものでした。その後、道具の進化とともに調理方法は「煮る」から「炊く」へと変化し、江戸時代前半には現在と同じ炊飯方式が完成。かまどに羽釜(はがま)を設置して炊く、その炊き方こそ、おいしいごはんのための理想形といわれています。その秘密に迫ります。

羽釜の登場でごはんが変わった

「始めチョロチョロ」の歌が手本

 羽釜とは、周囲にぐるりとつばがついている丸みのある釜で、かまどに設置して使われました。横から見ると、ちょうどUFOのような形をしています。平安時代には土器の羽釜が使われていたことが分かっています。その後、鎌倉時代に鉄製の羽釜が登場して、江戸時代前半には広く庶民にも普及。釜に米と2割増の水を入れ、台所のかまどで炊き上げるという、現代と同じ炊飯方法が確立し、一般化しました。炊き方は、おなじみの「始めチョロチョロ、中パッパ、ジュウジュウ吹いたら火を引いて、赤子泣くともふたとるな」です。
 

 

新潟薬科大学 大坪教授

「今は、米の持つ健康への効果について研究をしています」/新潟薬科大学 大坪教授

 穀物研究が専門で、ごはんのおいしい炊き方に詳しい、新潟薬科大学の大坪研一教授によると、このフレーズはおいしいごはんのために理にかなっているのだそうです。「おいしさの決め手は、水を十分に吸わせた米に強い火力で熱を加えること。すると、ベータでんぷんがアルファでんぷんに変わり、柔らかく消化しやすくなります。同時に、でんぷんの一部が(アミラーゼなどの酵素によって)ブドウ糖に分解され、甘さやうまみが出てくるのです」
 
「始めチョロチョロ」は薪で火を起こしている時間で、今の浸水の時間に当たります。ここでゆっくりじわじわと温度を上げると、細胞壁を通過して米粒の芯まで水分が行きわたり、アルファ化を助け、甘みが増すのだそうです。次は「パッパ」と強い火力で沸騰させ、「ジュウジュウ吹いたら火を引いて」、つまり吹きこぼれてきたら弱火にして加熱を続けて、その後、火を消して蒸らします。この間「ふたとるな」なのは、釜の中の圧力を下げず、温度を保つことで、場所による温度差をならし、味と柔らかさを均一にするためです。「蒸らしには、最低でも15分、できれば30分は置きたいですね」。実は歌には続きがあります。「最後にわらを一握り、パッと燃え立ちゃ出来上がり」。つまり、ちょっと加熱して水分を飛ばし、焼くのです。「香りがよくなります。お好みならおこげも作れますよ」
 鉄製の羽釜の利点は、土器より熱伝導がよく、壊れにくく、「かまどにはめ込んで使うので、釜が下だけでなく横からも十分加熱されること。ふっくらとした炊き上がりになるんですよ」と、大坪教授。江戸時代にはおいしいごはんが炊かれていたようです。

 

県内唯一の羽釜の製造所

 現在、新潟県で羽釜を製造しているのは、新潟市西蒲区のウルシヤマ金属工業1社だけです。富山県高岡市で盛んな鋳物(いもの)技術を継承し、昭和23年(1948)からアルミニウム鋳物製品を製造しています。羽釜は設立時の主力製品でした。
 しかし、台所からかまどが消え、電気炊飯器が登場する中で、需要は大きく落ち込んでいきました。

 

 

ウルシヤマ金属工業 斎藤さん

「釜の形は昭和の頃と同じです。耐久性を考えてふたをステンレスにしたのが唯一の改良点/ウルシヤマ金属工業 斎藤さん

「大型の羽釜は、芋煮会などのイベントで使われたり、和食店などでプロが使ったりしてオーダーも入りますが、大口の需要は減少していきました」と、執行役員の斎藤英樹さん。それでも羽釜炊きごはんのおいしさを忘れられず、20年前に家庭用羽釜の開発を始めました。
「問題は、熱源でした。かまどがないと羽釜は使えないのです。ガスコンロの上では安定性も悪いし、熱を釜に十分に伝えられないので」

 

 

ウルシヤマ金属工業

丸い釜とつばが特徴の「羽釜」。現在は、2合炊き、3合炊き、5合炊きの3サイズで展開/ウルシヤマ金属工業

 そこで、コンロに載せる「かまど」部分とアルミの羽釜、ステンレス製の重いふたがセットになった商品を発売。土鍋でごはんを炊くブームを追い風に、10年前から商品の出荷が増えてきました。「うれしかったのは、数万円する電気炊飯器とうちの羽釜で炊いたごはんの食味を比べるという雑誌の企画で、最高位をもらったこと。高級炊飯器はまだ羽釜に近づいていない、というコメントがありがたかったですね。確かに、自分で炊く面倒くささを凌駕するおいしさなのです」
 おいしく炊ける秘密は、釜の素材と形にあると、斎藤さんは考えています。「熱伝導率のいいアルミで素早く沸騰させること、丸い形が水の対流を促すこと、そして、つばの役割です。かまどに引っ掛ける、かまどの熱が漏れるのを防ぐというほかに、私は、このつばが蓄熱して、より熱を効果的に使っているのではないかと思っています」
 ただし、その効果は調べても、計算しても、よくわからないのだそうです。設立からずっと引き継いできた形、いや、そもそも鎌倉時代に生まれた羽釜の形は、「理屈ではなく、知恵によるものかもしれませんね」と、斎藤さん。
 工場では、今年最後の羽釜製造を行っていました。新米発売に合わせて製造し、ストックしておくのだそうです。

 

 

注ぎ入れ

700度のアルミニウムは一見、透明な液体。それを型に丁寧に注ぎ込む。すぐに固まるのでスピードも必要

成形

1人の職人が1日で作れるのは約100個。成形した羽釜は、この後、研磨、塗装の工程を経て完成

 アルミニウム鋳物は、700度に熱して溶かしたアルミニウムを型に流し込んで、形を作り、研磨して仕上げますが、全ての工程が職人による手造りです。
「型の隅々に行き届くようにゆっくり、かつ素早く流し入れるのがコツ。羽釜はつばの部分が難しく、熟練が必要です」と、斎藤さん。おいしいごはんにはモノづくりの技や知恵が大きくかかわっていました。

 

 

 後編では、熱源に合わせたモノづくりを紹介します。羽釜はそこでも活躍しています。
 

 


■ 取材協力
大坪研一さん/新潟薬科大学 応用生命科学部教授 農学博士
斎藤英樹さん/ウルシヤマ金属工業株式会社 執行役員

 

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