file-136 新潟の太鼓集団~佐渡・新潟・長岡・上越・胎内・柏崎~(前編)
太鼓が演奏の主役に躍り出た!
古くは縄文時代の情報伝達に始まり、神事、能や歌舞伎などの芸能に用いられ、新しくはゲームとして人気を博す太鼓。また、プロの演奏集団の活躍も世界中で注目を集めています。時代や場を超えて、打ち手も聞き手をも引き付ける太鼓の魅力とは?
太鼓は耳に聞こえない音まで響かせる
和太鼓を大きく分けると、「宮太鼓」、「締太鼓」、「桶太鼓」の3種類がある。/写真:岡本隆史
円筒型の木枠に皮革を張る太鼓は、古代から基本的構造がほとんど変わらない稀有な楽器です。特徴は、響き渡る大きな音。縄文時代には情報伝達の手段として用いられ、戦国時代には合戦時に大将の指示を伝え、士気を鼓舞しました。さらには異界にも届くと考えられて神社仏閣での儀式、能や歌舞伎など芸能に取り入れられるなど、多様な場面で高らかに音を響かせてきました。
「私は10歳で万代太鼓を始め、今も叩いています。年齢にかかわらず長く演奏できるのも太鼓の魅力です」/東さん
今、新潟県には100を超える太鼓集団があり、祭りやイベントなどで、地域に伝わる楽曲や書き下ろされた創作曲を演奏しています。新潟県太鼓連盟の東由喜男(あずまゆきお)さんに、老若男女に愛される太鼓の魅力について伺いました。
楽器としての太鼓の特徴は、音域と響きにあります。「太鼓は人間が耳で聞きとれる可聴領域を超える音を発しているので、心や脳で聞く楽器といわれています。たとえば、CDが再現できるのは可聴領域の音に限られるのに対して、レコードはそれを超える音も伝えられるから味わいが深いといわれるのと同じです。太鼓の音も身体の中で共鳴するかのように感じられるから、知らず知らずに引きつけられるのでしょう」
また、太鼓には遠くまで音を響かせる、遠鳴りという特徴もあります。「叩く面の大きさが直径1メートルほどの3尺太鼓を、遮るもののないモンゴルの平原で叩いたところ、音が地を這って4キロ先まで届いたという実験結果があるそうです」
昭和44年(1969)デビューの郷土芸能「万代太鼓」の楽曲には、『みなと太鼓』や『甚句巴打ち』があり、新潟県で最古&最大の太鼓集団連合によって演奏される。
そうした独特の力を持つ太鼓が人々の注目を集めるようになったきっかけは、昭和39年(1964)の東京オリンピックでした。「和太鼓演奏者の小口大八(おぐちだいはち)氏が、太鼓が主役となる演奏スタイルを1950年代に確立し、東京オリンピックや昭和45年(1970)の大阪万博で披露。日本はもちろん、世界の人々が魅了されました」。その演奏スタイルとは、多様な太鼓を組み合わせ多人数で叩く「複式複打法」、いわば太鼓だけのオーケストラです。
もともと地域の神事や祭り、盆踊り、さらに能や歌舞伎、舞踊などでなじみのある太鼓が、ドラマチックな演奏方法や迫力ある楽曲により新たな力を獲得したのです。この後、日本各地で太鼓集団が生まれることになりました。
佐渡から世界へ太鼓の魅力を発信/鼓童
「鼓童」とは、心臓の鼓動から音(おん)を借り、童(わらべ)のように無心に太鼓を叩きたいという願いを込めた名前。/写真:岡本隆史
「太鼓の響きは打ち手により、その時によって変わり、一つとして同じ音がない。そこが魅力です」/鼓童 船橋さん
新潟県の太鼓集団といえば一番に名前が挙がる「太鼓芸能集団 鼓童」は、佐渡を拠点として活動を行っています。前身の「佐渡の國 鬼太鼓座」の時代から既に海外で注目されていて、昭和56年(1981)のデビューは、佐渡でも新潟でもなく、日本を飛び出し、ベルリン芸術祭で果たしました。以来、52の国と地域で6500回を超える公演を行い、高い評価を得ています。なぜ鼓童の演奏は世界の人々を引き付けるのか、なぜ世界に向けて発信しているのかを、代表の船橋裕一郎さんに伺いました。
「ひとつの地球」をテーマとした「ワン・アース・ツアー」は、世界52の国と地域で約6500回の公演を達成。/鼓童提供
「まず、太鼓という楽器は、日本だけでなく、あらゆる地域にあるから、その響きは人々のDNAに組み込まれていて、誰もが共感できること。また、私たちのステージはセリフがなく、リズムと音楽でダイレクトに伝えられることも、海外で受け入れられる大きな強みです。太鼓の音が重なりアンサンブルになった時、快い響きとなり、迫力が生まれる。そういう日本の太鼓のおもしろさを広く知ってもらい、言葉や文化の違いを超えた共感共同体を創りたいという願いを込めて、『ワン・アース・ツアー』と題したワールドツアーを行ってきました」。現在では、1年の3分の1を海外公演、3分の1を国内公演、残りの3分の1を佐渡で過ごしています。
「メンバーは稽古も生活も一緒。ライバルであり、仲間であり、家族以上の存在です」/船橋さん 写真:岡本隆史
では、佐渡での活動はどのようなものなのでしょう。創作の拠点は、佐渡島の南西部の小木地区に設けた鼓童村です。約4万坪の敷地には、民家を活用した事務所・稽古場・住居棟・工房・スタジオなどが点在。全国から集まった演奏者、スタッフ、研修生など鼓童グループは総勢100名近くおり、研修所の2年間は、稽古だけではなく、農業を行ったり、地域の祭りに参加したり、能や狂言を学んだり。佐渡の風土と深く関わり地域に溶け込み身につけた、「くらし、学び、つくる」ことを、その後の活動の土台とします。「豊かな自然に恵まれ、様々な芸能が今も息づく佐渡で暮らすことは、私たちの創作活動に計り知れない影響を及ぼしています」
さらに、佐渡では、佐渡市とともに国際芸術祭「アース・セレブレーション」を開催して国際交流を進め、佐渡太鼓体験交流館「たたこう館」を運営して太鼓文化の普及に努めるなど、演奏以外の活動も幅広く続けています。
海外のアーティストや文化人を招待し、コンサートやワークショップなどを行う国際芸術祭「アース・セレブレーション」を市と共催。/写真:モモセヒロコ
佐渡太鼓体験交流館「たたこう館」では、子どもから大人までを対象にした太鼓の演奏体験プログラムを実施。/鼓童提供
「太鼓は古くからある楽器ですが、固定概念にとらわれることなく、いろいろな可能性を追求していきたいですね。日本各地や世界を巡って得たもの、様々なジャンルの人々とのコラボレーションで生まれたものを佐渡に持ち帰り、自分たちの肉体を通して新たな形に変えて発信していきたいと思っています」と、船橋さんは今後の展望について教えてくれました。
後編では、地域に根差した5つの太鼓集団「万代太鼓」「悠久太鼓」「保倉川太鼓」「板額太鼓」「日本海太鼓」の活動を紹介します。
掲載日:2020/6/8
■ 取材協力
東由喜男さん/新潟県太鼓連盟 事務局長
船橋裕一郎さん/太鼓芸能集団 鼓童 代表