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file-20 スキー王国にいがた ~スキー王国新潟は勝つのが使命


スキー王国新潟は勝つのが使命


 妙高高原のスキー一家に生まれ育ち、クロスカントリースキーヤーとして94年リレハンメルオリンピックから長野、ソルトレイク、トリノと4回の冬季オリンピックに出場した横山寿美子さん。現在は選手生活の傍ら若手の指導にもあたっている横山さんに、スキーの魅力と新潟への思いを伺いました。


 
長野国体スキーリレー成年女子
 

昨年の長野国体スキーリレー成年女子で優勝を決めた新潟勢。左端が横山さん。

 
 
横山さん
 

競技中の横山さん。

 
 
横山さん
 

スキーヤーが集まるユースホステルでもある自宅で語る横山さん。

 
 
横山さん
 

スキー一家の横山家は、アクロバットスキーヤーで池ノ平に引っ越したおじいさんから始まったという。家には横山家の歴戦のスキーなどと一緒におじいさんの写真が飾られている。  

 

 —最初にスキーをはいたのはいつごろですか?

 2歳くらいだと思います。初めて大会に出たのが小学校2年生の時。父が地元で行われていた学年別の大会に勝手にエントリーをして、無理やり出場させられたのですが、その時2位になって賞品をもらえたんです。3月生まれでスポーツも勉強もどっちかといえば周囲から遅れ気味でしたから、うれしくて。
 

 —その時もらった賞品は覚えていますか?

 はっきり覚えています。赤と紺色のジャンパー!あの時のうれしさがクロスカントリースキーの始まりでしたね。それで小学校3年からスキー部に入って、中学も高校もスキー部。自然な流れでずっときました。
 

 —横山さんはクロスカントリーですが、アルペンとか他のスキー競技には関心はなかったんですか?

 うちはクロスカントリー一家で、父も母も、父の姉・妹も、皆クロスカントリースキーの選手で国体や全日本選手権などに出場していました。姉ももちろん選手で私の目標でしたから、他に関心はなかったです。続けて来られたのは練習が楽しかったというのが大きかったと思います。小学校の先生は初心者の方も多かったのですが、うちの両親を始め地元の父兄が一生懸命なんです。大人が協力し合って楽しく練習させよう、スキーを好きにしてやろうと、そんな環境を与えてもらいました。本当に楽しくスキーに親しんできました。
 

 —目標だったお姉さんの存在も大きかったですか?

 そうですね。姉には中学2年の全中(全国中学校スキー大会)で初めて勝って。今はオーストリアに嫁いでいますけど、選手を辞めてから4年ほど私のサポートをしてくれていました。大会で海外を遠征すると、スキーを20台くらい持ち歩くんです。全部手入れをしなくちゃいけないし、雪質や環境に合わせてどの板を選ぶかということにとても神経を使うんです。姉がそれを研究しサポートしてくれたことがとてもプラスになりました。
 

 —ワックスも天候や雪質によって使い分けるんでしょうか

 そうです。例えばクロスカントリースキーにはスケーティングとクラシカルと2つの走法があって、クラシカルの場合は滑りを良くするためのワックスと滑り止めのワックスの両方を1枚の板に塗るんです。下りは滑るように、そして登りではまっすぐに上れるようにするためです。
 

 —競技が始まる前の準備が大変なんですね。

 自分でやる場合もありますけど、そうなると競技に向けたコンディションづくりに響きますよね。国際試合では「ワックスマン」と呼ばれる、ワックスの選定と塗るための専門家がチームに同行します。何十台もスキー板を並べて、ワックスを試しては剥がすということをやるんです。しかし国内のレースではそこまでの環境を求める事はありません。それに小学校や中学校・高校の大会では、毎回ではないですが、必要な時には各学校のスキー部の先生や父兄の方々が、子供たちのためにスキーの手入れをしてくれることもあります。「子供のために」と「選手のために」という意味では皆一生懸命なんですよ。
 

 —そうやってずっと続けてこられたクロスカントリーの魅力って、何でしょう。

 よく聞かれますが、だいご味は吹雪の翌日の雪原の美しさですね。普段の練習は近くの池の平白樺クロスカントリースキーコースを使っているんですが、クロスカントリースキーはどこへでも行ける。まあ、大量に降ると腰までもぐってしまって無理ですけど、20センチくらいの新雪なら林の中に入るのも気持ちいいですよ。私が中学生の頃から、父がスキーランニングセミナーというのを始めたのですけど、参加している人たちは自然の楽しみ方をとてもよく知っている。ただ「滑る」というのではなく、自然を楽しむスキーの良さを、私も伝えていきたいと思います。
 

—競技者としては?

 競り合うこと。負けたくないと思うことかな。私が中学生の頃は妙高高原町と妙高村が合併する前で、町立と村立の2つの「妙高中学校」があったんですね。お互い「あっちに負けるか!」というのが本人たちにも親にもあって、だから強くなれた。新井高校時代も全国大会で成績を残せる先輩ばかりで、ずっと周囲にライバルがいました。層が厚いというのは、強くなるためにも楽しく練習をするためにもとても大事なことだと思います。最近はスキー人口が減ってきて、新潟県内でも北海道でもスキー部でリレー(女子は3人、男子は4人)が組めないとか、新潟県内の中学・高校のジャンプ選手が10人くらいしかいなくなったという話を聞きます。また、『スキー』と言う分野では新潟県勢は成績だけ見れば相変わらず強いですけど、個人の能力という点では心配な部分もあります。スキー人口を増やすためにも、個々の能力を上げるためにも、何かしなければという気持ちになります。
 

 —つまりどういうことでしょう?

 クロスカントリースキーの場合ですが、スキーの技術自体は悪くないのでしょうけど、例えば下りのカーブでターンの技術を使うべきところで簡単に制動をかけて減速してしまう。状況への対応力が弱いというのでしょうか。小さいうちは競技そのものではなく、遊びながらスキーと親しむことも大事なんです。その中で状況に応じた判断力や、様々な筋力が養われる。そして本人たちが「楽しい」と思えるよう、大人が環境を整えてあげることも大事です。
 

 —練習は観に行ったりするんですか?

 そうですね。母校のスキー部の練習に行ったり、県合宿に参加してアドバイスをすることが近年増えました。また国体の場合は県内の高校生から大学生・社会人まで集まってきているから私も楽しい。指導できる機会があれば私の知っていることはすべて伝えたいと思っています。新潟は強くなければなりませんから。
 

 —スキー発祥の地という誇りですか?

 上越がスキー発祥の地だなんて、今の高校生は知らないんじゃないかな?私は「スキー発祥の地」というのではなく、新潟は「スキー王国」だから絶対負けちゃいけないんだって、思っていました。国体ではその強さを知らしめて「新潟には勝てないなぁ」と他県勢に思わせたいと。だから自分の競技が終わっても、応援に声を枯らしていましたね。私はずっと、周囲に恵まれてこれまでやってきたという思いがあるので、その恩返しはしていきたいです。


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