file-31 石川雲蝶が歩いた道 ~雲蝶作品を巡る

雲蝶作品を巡る

八海昭夫さん

西福寺の廊下を指さす八海昭夫さん。玄関から開山堂へ向かう途中にある最初の見どころだという。

埋木細工

指をさした先にあるのは材木の節など、後に抜けそうなところへ施した埋木細工。複数あるので見落とさずに歩いて下さい。

 石川雲蝶の作品は県内各地に残されていますが、特に、魚沼市と南魚沼市には見応えのある大きな彫刻が集中しています。魚沼市で石川雲蝶ボランティアガイド養成の講師をされた八海昭夫さんに、みどころをうかがいました。

 「まず最初に見てほしいのは廊下なんですよ」と八海さんは西福寺(魚沼市大浦)本堂の廊下でしゃがみこみます。いずれ穴が開きそうな節に、埋木細工が施されてあります。あけびや船など形はそれぞれで、ところどころに点在しています。その廊下をまっすぐ進むと、天井いっぱいに彩色彫刻が広がる開山堂。天井を見上げながらじっくり探してゆくと、ある場所に天女の彫刻があります。「天女といえば永林寺(魚沼市根小屋)ですけど、ここにもあるんです。彩色はされていませんが、雲蝶の場合、彩色を施していない彫刻の方が腕が冴えていることが多い。自信の持てる仕上がりの時は彩色しなかったんじゃないでしょうか」とのこと。

 雲蝶の彫刻は、人も龍も獅子も、目があるものにはその多くにガラスの目玉をはめ込んでいますが、開山堂の彫刻は目玉が片方、もしくは両方落ちているものが多数あります。八海さんによれば「子どもがいたずらして取ったんです。開山堂の階下は、昔小学校の教室だったんですよ」とのこと。ぶら下がって腕が折れてしまったという仁王像(修復済み)の、折れたところを探すのも一興です。

 「置き方が無造作ですが、拝殿を隙間から覗くと神馬の彫刻があります。雲蝶作品としては珍しいのでぜひ」とおすすめするのは、雷土(いかづち、南魚沼市雷土)神社。小さなお堂ですが、神社がある雷土集落は西福寺再建の大口寄進者として雲蝶のスポンサーの一人であった豪農上村利左衛門の村です。穴地十二社(あなちじゅうにしゃ、南魚沼市穴地)は拝殿の彫刻がおすすめ。荒々しい一刀彫りと言うべきか、作業途中と言うべきか「下書きの墨が引かれたままなんですよー」と八海さん。

 そして八海さん一番のおすすめは龍谷寺(南魚沼市大崎)。「雲蝶は北斎の筆致をモチーフに取り入れているんですが、ここの欄間の波はまさにそれです。構図と遠近感が見事でどれだけ見ても飽きないですね」と絶賛。欄間彫刻は表裏に別の図柄が描かれていて、裏へ回ると小さな蝶が彫られています。「自分の名前にも通じる蝶を、どんな気持ちで彫ったのか」と考えるのも楽しいと言います。

 西福寺、雷土神社、穴地十二社、龍谷寺は、車で2時間ほどでまわれる距離にあります。又、雲蝶が13年滞在したといわれる永林寺も必見です。

龍谷寺の欄間彫刻

龍谷寺の欄間彫刻。こちらのお寺は特に拝観時刻や拝観料などは設けていませんが、住職が在宅していれば見せてくれます。

file-31 石川雲蝶が歩いた道 ~足跡と越後の町

足跡と越後の町

 
 
長岡市栃尾の貴渡(たかのり)神社の彫刻

 

長岡市栃尾の貴渡(たかのり)神社の彫刻。栃尾で機織りの神様と称される植村角左衛門貴渡を奉った神社で、養蚕の様子が唐風に描かれています。
 

 

 

 石川雲蝶(1814-1883)は、江戸雑司ケ谷の飾り金具職人の家に生まれ、若い頃から腕の良い彫物師として知られていました。伝えられているところでは、三条市の本成寺修築の際、檀家総代だった金物商内山又蔵に請われて越後入り。三条は当時から金物の産地で信濃川舟運を通じた流通都市でもあり、財力のある町でした。雲蝶は当時32歳。同じく腕の良い職人として知られた熊谷の小林源太郎とともに越後入りをして、三国峠で力士像を彫って腕比べをしたという逸話が残っています。小林源太郎とは、その後多くの現場をともにしました。
 
 後に三条の町人酒井家に婿入りし、雲蝶は三条の人になるのですが、その頃から魚沼の永林寺の本堂再建に招かれ、およそ13年間を魚沼で過ごします。魚沼でも特に大規模だった仕事は永林寺と西福寺。住まいのある三条と、魚沼各地に点在する現場を行ったり来たりの生活だったと伝えられています。
 
 魚沼への道は、三条から見附、栃尾(長岡市)を通り、石峠を越えて小出(魚沼市)へ入ったとされ、片道2日の道のりでした。この周辺には、雲蝶の作品が点在しています。
 
 見附は信濃川水系刈谷田川の舟運で栄え、六斎市が開かれていた在郷町。栃尾は越後有数の馬市が開催される町、同時に長岡藩の薪炭供給基地としてにぎわう町でした。小出は幕府が開発してこの頃閉山となった上田銀山への物流拠点となっていました。魚沼地域一帯は越後上布と縮の産地であり、各地で問屋が富を蓄え、一部を寺に寄進しています。雲蝶の作品が残されているのは、これら豪雪の中山間地。今では過疎化が進む地域ですが、当時は人とモノが行き交う町でした。そうした場所を雲蝶は歩き、作品を残したのです。
 
 魚沼を中心とした精力的な制作は、雲蝶が50歳ごろまで続きますが、その後しばらくは三条で小さな作品を作る日々が続きます。この頃、戊辰戦争が起こっていました。雲蝶が歩いた栃尾は、城を巡って攻防戦が繰り広げられた長岡のすぐ隣。長岡藩士の妻子の多くが避難し隠れた栃尾では、両軍が入り乱れることもあったでしょう。しかも戦争の起こる数年前から栃尾では打ち壊しなども相次いでいました。雲蝶は、そんな時代にも作品を作り続けました。
 
 明治に入ると石動(いするぎ)神社(三条市吉野屋)、町で石彫や仏壇を制作し、明治14(1881)年、68歳で永林寺を再訪します。この時制作したのが唐獅子牡丹と天の邪鬼の香炉台だと、永林寺では伝えられています。雲蝶が亡くなったのはその2年後のことでした。
 

 穴地十二社の欄間彫刻は渡辺綱の鬼退治。鎧の形の部分に墨が引かれたままになっています。
 
 作品所在地と詳しい情報はこちら
 

 

file-31 石川雲蝶が歩いた道 ~破格の逸話

破格の逸話

 自由気ままだが制作が始まれば一心不乱、酒好きで女好き。石川雲蝶にはそんな逸話がたくさん語り継がれてきました。特に住み込んでいた永林寺には、制作にまつわる話が多く伝えられています。



・賭場で賭けに負けると仕事先の住職に助けてもらった。
賭場ではお寺の住職からお金を受け取るわけにいかず、後で金を返却しに来た。

・本堂再建のために資材の買い付けに来た住職の弁成和尚は、三条の賭場で雲蝶に会い、雲蝶が負けたら本堂の仕事をすると賭けに臨んだ。
 雲蝶は、その賭けに負けたため、永林寺にやって来た。
 
・永林寺の欄間の天女の顔は、当時雲蝶が気に入った女性を映したもの。
住職にそれを自慢したら、住職は「自分の好きな女も彫ってくれ」と言った。
 
・制作に没頭する時は、ときおり炒り豆をかじりながらノミをふるったが、ひょうたんに入れておくので周囲は酒を飲みながら彫ると信じていた。
 
・休んでいるところへ子どもが遊びに来るとその場で動物の彫刻を作ってやった。
 
・制作中、どこの寺にもいなくなったので各地の住職が連絡をとりながら探してみると、お気に入りの女性のところに泊まっていた。
 


 
など、作品鑑賞は逸話とともにお楽しみ下さい。
 

 

file-31 石川雲蝶が歩いた道 県立図書館おすすめ関連書籍

県立図書館おすすめ『石川雲蝶が歩いた道』関連書籍

 こちらでご紹介した作品は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。
また、特集記事内でご紹介している本も所蔵していますので、ぜひ県立図書館へ足をお運びください。

ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
(025)284-6824(貸出延長・調査相談)
新潟県立図書館 http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/

▷『越後の名匠 石川雲蝶』

(木原尚/写真と文 新潟日報事業社 1993 N713-I76)
 カラー写真が豊富で雲蝶作品の精巧さが一目瞭然。一般公開していない寺院や個人所有の作品など、なかなかお目にかかれない作品も掲載されています。県内各地に残る雲蝶作品を一覧できるガイドブックです。

▷『針倉山 永林禅寺と石川雲蝶略史』

(永林寺 1984 N188-N39)
 表紙に「作州松平家菩提処 幕末の名匠石川雲蝶の寺」とあるとおり、雲蝶の代表作といえば永林寺の作品群でしょう。本書には、「小夜の中山蛇身鳥」物語など作品のもととなった伝説なども紹介されており、参拝前に読んでおきたい一冊です。

▷『魚沼の先覚者 歴史を拓いた人びと』

(磯部定治/著 恒文社 1994 N281.4-I85)
 本書では、越後魚沼地方で厳しい自然環境のなか懸命に生きた人物6名を「先覚者」として紹介しています。雲蝶の章は、アーティスト雲蝶のおもしろエピソードが満載です。

▷『見仏記 親孝行篇』

(いとうせいこう,みうらじゅん/著 角川書店 2003 915.6-I89)
 仏像好きの二人が繰りひろげる「見仏ツアー」第4弾。新潟の旅では、みうら氏のお母さんのルーツを探して新発田→村上→新発田→吉田と珍道中を繰りひろげ、なぜか即身仏をめぐる破目に…。締めに浦佐で雲蝶作品を拝観。「不思議な新潟」の魅力がいっぱいです。
 

▷『越佐の文化財(たからもの) 二十一世紀への遺産』

(新潟日報社/編 新潟日報事業社 2000 709-N72)
 本書は、『新潟日報』連載の「越佐の文化財」の中から106件を精選しまとめたもの。神社・仏閣や彫刻・仏像のほかにも、県内の天然記念物や重要無形文化財が紹介されています。新潟の新たな魅力に気づくことができるかもしれません。

 

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