新潟の地域文化を紡ぎ繋げる 新潟文化物語

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file-52 新潟でたどる童謡作家・歌人たちの足跡 大正・昭和の詩人が新潟の景色・風物を詠う

  

 大正・昭和の詩人が新潟の景色・風物を詠う

北原白秋と新潟

「砂山」の歌碑

「砂山」の歌碑。童謡音楽会の後、白秋は子供たちと寄居浜を散歩したという。

凧合戦

迫力満点の凧合戦。白秋の歌詞も「ヨッショイヨッショイ」と威勢よく歌っている。


 新潟市中央区寄居浜西海岸公園、護國神社境内の松林に、唱歌「砂山」の歌碑がある。歌碑に刻まれた詩を書いたのは、大正・昭和に活躍した日本を代表する詩人・北原白秋(きたはらはくしゅう)だ。白秋は、「待ちぼうけ」「ゆりかごの歌」「ペチカ」など、お馴染( なじ)みの名曲を始め、生涯に1200 篇以上の童謡を創作している童謡作家でもある。

 「砂山」は、白秋が新潟師範学校( 現・新潟大学教育学部) 講堂で開催された白秋作品を集めた童謡音楽会に招かれた際に目にした寄居浜の光景から作詞されたものという。熊本の生まれの白秋だったが、新潟との縁も深く、一時期連れ添った妻で詩人の江間章子は上越市の出身、文学雑誌『アルス』編集部長を務めた門下生・中村正爾は新潟市出身、そして、白秋晩年の最愛の弟子で秘書を務めた歌人・宮柊二は魚沼市の出身だった。

 また、白秋は見附市今町の凧( たこ) 合戦を題材に取った「よっしょい節」も作詞している。白秋が詩に残した越後今町凧合戦は、江戸時代から350 年以上続く伝統行事。現在も毎年6 月に開催されているが、この「よっしょい節」はテーマソングとして使われ、今も親しまれている歌だ。

柏崎で生まれた「浜千鳥」

鳴秋自筆の歌詞が刻まれた詩碑

鳴秋自筆の歌詞が刻まれた詩碑
「浜千鳥」が生まれた後に、再度この地を訪れた鳴秋は、この歌を書に書いて残したそうだ。

 荒波や少し重い色をした空、また海に沈む夕日を見ることができる日本海とその浜辺は、詩人たちに独特の情感を呼び起こすものらしい。柏崎に住む友人の郷土史家・桑山太市を訪ねて新潟にやってきた児童文学作家で童謡詩人の鹿島鳴秋(かしまめいしゅう)も、柏崎市裏浜から番神海岸を散歩しているうちに、その景色から感じた詩を手帳に書きつけたという。それにメロディーが付けられ、童謡の名曲「浜千鳥」になった。まさにその名曲が生まれた柏崎市では、日本海を望むみなとまち海浜公園に、鳴秋自筆の歌詞の銅板をはめ込んだ浜千鳥の詩碑が設置されている。

 新潟の寄居浜と柏崎の番神海岸。東京からやってきた当時の詩人たちと同じ浜辺に立ち、詩を思い浮かべながら、改めて日本海を眺めてみるのも、興味深いのではないだろうか。
 


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