日本で一番、神社の数が多い新潟県。中でも佐渡は神社にまつわる伝説や逸話も多く、能舞台のある神社が多いことでも有名です。今回は、佐渡の神社にまつわる伝説からお祭りまでをご紹介します。

 新潟県は、日本で一番神社の数が多い県。その数は4,700社以上にものぼります。中でも佐渡は、「日本の能舞台の1/3が集中している」といわれるほど、能舞台のある神社が多いことで知られています。

 伝統芸能の宝庫といわれる佐渡。それを支えてきたのが「祭り」であり、祭りと切っても切れないのが神社の存在です。そこでまず、新潟県神社庁の栗田宗明さんにお話を聞いてみました。

神社と祭りは切っても切れない関係?

新潟県神社庁参事 栗田宗明さん

 

 「我々神社に携わる者にとって、祭りは神事であり、これに伴う種々の祭礼行事は神賑(しんしん)行事と呼ぶこともあります。つまり、神事+神賑行事が祭礼のイメージです。ただ、皆さんが思う「お祭り」は、神事というより、そうした広い意味での祭礼行事がお祭りとして認知されているのでしょうね」と栗田さん。

 栗田さんが言うには、神社の中心にあるのは「神事」であり、神事がないお祭りはないのだとか。「私たちからすると、初宮詣や七五三等のご祈祷も「お祭り」ですし、皆さんよくご存じの御神輿も、神様が町内を祝福して回られる祭礼行事の一つです。ただ、祭礼行事は神社によって千差万別です。佐渡は芸能の宝庫ですが、例えば神事能、鬼太鼓、人形芝居、春駒、つぶろさし、花笠踊りなど、その多くは神社の祭礼と深い関係があります。」

 佐渡には、順徳天皇や日蓮聖人、世阿弥など、佐渡に流された多くの貴人や知識人によって都の風俗がもたらされ、それが各地域の文化に深い影響を与えたといわれています。佐渡の神社に能舞台が多いのも、そうしたことの端的な表れと言えるでしょう。

 今も息づく歴史や伝説、島内それぞれに異なるならわしと神社の祭礼が強く結びついている佐渡。現在、佐渡には神社庁が管轄する神社だけで242社あるといいます。神社と祭りを通して佐渡を知るということも面白いかもしれません。

 

佐渡の神社にまつわる伝説

 伝統芸能と伝説の島・佐渡には、祭りと共に神社にまつわる伝説も数多く残っています。ここではその中からいくつかをご紹介します。

◎度津神社(佐渡市羽茂飯岡)

 新潟県内にある三つの「一宮」の一つであり、佐渡一宮として知られる度津神社(わたつじんじゃ)。御祭神の五十猛命(いたけるのみこと)は須佐之男命の御子神。天照大御神が天の岩戸に隠れた後、神々の国を離れることになった須佐之男命が、天照大御神に「これからは別の世界で立派な行いを致します」と別れを告げ、一緒に連れて出たのが五十猛命と伝えられています。

 日本書紀によれば、五十猛命は父神と朝鮮半島で木の種を植えた後、妹神である大屋津媛命(おおやつひめのみこと)と抓津媛命(つまづめひめのみこと)と共に佐渡に渡ったとあります。そして、荒れて何もなかった日本の国の北から南まで木の種をまき、日本中を緑の山にしたと伝えられています。さらにその木で舟を作り、また木の車を作ったことから、陸上と海上の守護神として崇められています。

 五十猛命にまつわる伝説は今も羽茂地区に数多く残っています。赤泊の港から羽茂渓谷に降りようとした五十猛命が、大水で池を渡れず困っていたところ、大蛇が現れ、背に乗せて向こう岸に渡ったという「追い渡しの池」や、五十猛命が腰を下ろして釣りを楽しんだという羽茂川上流の「釣り岩」、また川で捕った鮎を、川原の石のくぼみで煮ようとして焦がしてしまい、それが美味だったという逸話から、数千年経った今も羽茂に伝わる珍味「鮎の石焼き」として、地元で受け継がれています。

度津神社_流鏑馬

 五十猛命を産土神として崇敬する地元の人々から、崇敬と親しみを込めて「度津さん」と呼ばれる度津神社。毎年423日の例大祭では、流鏑馬が奉納されます。

【御祭神】五十猛命
【住所】佐渡市羽茂飯岡550-4 【問】0259-88-2030 【P】あり

参考文献/「佐渡の伝説」山本修之助(佐渡郷土文化の会)、「拾遺付記 度津幻想」羽柴雪彦(夢幻庵)

 

◎宇賀神社(佐渡市両尾)

 両津地区両尾の海岸沿い、その昔「宇賀塚」と呼ばれた海抜106メートルの小さな山の上に鎮座する宇賀神社。

 山頂の拝殿までは、鬱蒼とした山の中を、うねるように続く細く急な石段を600段以上登らなければならないものの、舞台のような拝殿前からは両津港から周囲の里山の風景を一望でき、その眺めが素晴らしいことでも知られます。

 地元の人から「宇賀神さま」と親しまれるこの神社には、山頂近くの岩穴に金色を帯びた白蛇が住むという伝説があります。鳥居をくぐった右にある白蛇様の像は、金運や財運、商売など、さまざまなご縁を結ぶといわれ、福を授ける神として古くから商人の信仰があついことで知られています。

 また、この神社には、海の中から大きな火の玉が飛んできて、二本ある龍灯松の枝にとまったという伝説もあり、「この龍灯を見た者には幸運が訪れる」とも伝えられています。

 毎年3月25日の例祭や、年末年始の二年参り、月次祭(つきなみさい)には、島内外からの多くの参拝者でにぎわいます。

【御祭神】倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
【住所】佐渡市両尾2126-子 【問】0259-27-7727 【P】あり

参考文献/「佐渡の伝説」山本修之助(佐渡郷土文化の会)

 

◎牛尾神社(佐渡市新穂潟上)

 延暦11年(西暦792年)建立の、1200年以上の歴史がある牛尾神社。地元の人たちから「天王さん」として親しまれるこの神社にはいくつもの伝説があります。

 一つは拝殿前にある樹齢1000年といわれる御神木「安産杉」。この杉を抱えると子どもが授かり、お産が軽くなると伝えられています。

   また、重厚な三方唐破風造(さんぽうからはふづくり)の拝殿には、当時の佐渡内外の名工たちが競って彫り上げた見事な彫刻が施され、中でも泳ぐ鯉の彫刻が有名です。これは地元の名工・辰右衛門関口文造(たつえもんせきぐちぶんぞう)の作で、文造はこの鯉を彫るため、ある家の池に大鯉の写生に通い、彫刻が出来上がるとその大鯉が死んでしまったとか。「彫刻に大鯉の魂が取られてしまった」と伝わるほど、傑作として知られています。

 そして室町時代の名匠・春日の作と伝えられる宝物「翁の面」。その昔、日照り続きで苦しむ農民たちが、加茂湖の上に舞台を組んで雨乞いの能楽を催し、宗家・本間右京太夫(ほんまうきょうたいふ)がこの面を付けて舞ったところ、突然豪雨となり、龍神が現れたといいます。龍神に翁の面を奪い取られそうになった右京太夫は素早く牛尾神社境内に駆け上がり、鳥居の内側に面を投げ込んだため、翁の面は守られたものの、その時に付いたという傷が翁の面に今も残っています。

室町期の作だろうといわれている伝説の翁面。黒色慰・白色慰の二面があります。新潟県の文化財にも指定されています

 この翁の面をはじめとする宝物は、牛尾神社の式年祭や記念行事でのみ公開されています。

 境内にある能舞台は「国仲四所の御能場」の一つに数えられ、毎年6月12日に牛尾神社宵宮薪能が奉納され、13日は天王祭が行われます。

【御祭神】須佐之男命(すさのおのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)
【住所】佐渡市新穂潟上2529 【問】0259-22-2237(社務所・宮司宅) 【P】あり

参考文献/「新潟県伝説の旅」BSN新潟放送 (新潟日報事業社)、「佐渡の伝説」山本修之助(佐渡郷土文化の会)

◎大膳神社(佐渡市竹田)

 大和飛鳥路に似ていることから「佐渡飛鳥」と呼ばれた竹田地区。大膳神社は、御食津大神(みけつけおおかみ)を主神に、日野資朝(ひのすけとも)卿、大膳坊賢栄命(だいぜんぼうけんえいのみこと)が合祀され、資朝と大膳坊にまつわる物語が残っています。

 鎌倉時代、後醍醐天皇の腹心だった日野資朝は、北条氏討滅を目論んだ正中の変(1324年)で失脚し、佐渡に流されます。その子である阿新丸(くまわかまる)が父・資朝に会いたさのあまり、はるばる都から佐渡に来たものの、対面は許されず、守護代・本間入道により資朝は謀殺されてしまいます。阿新丸は本間入道の命令で父を斬った一族の本間三郎を刺し、父の敵討ちを遂げ、その時に身を潜めたという松の木は、今も妙宣寺の近くに「阿新の隠れ松」として根元が残っています。この阿新丸が父の敵を討ち取った話は「太平記」や能の「檀風」でも有名です。

 阿新丸は、修験者が通る山伏街道を逃げる途中、山伏の大膳坊に出会い、その法力で無事、野浦港から逃れることができたといいます。

 しかし阿新丸を助けた大膳坊は、本間入道に捕らわれ、生きたまま穴に入れられ、小石を詰めて埋め殺す「石子責め」に処されます。処刑されたとされる場所には大膳坊を憐れんだ村人が、五輪塔を彫ったという「手なし地蔵(仏)」が今も残っています。

 その後、村では不作や疫病が続いたため、大膳坊の霊を鎮めるために資朝とともに祭るとその怪異はおさまったと伝えられています。

 弘化3年(1864年)に再建された能舞台は、佐渡に現存する最古の能舞台といわれており、毎年4月18日の祭礼と6月には能が奉納されています。

【御祭神】御食津大神、日野資朝卿、大膳坊賢栄命
【住所】佐渡市竹田561 【問】0259-55-2953 【P】あり

参考文献/「新潟県伝説集成 佐渡篇」小川直嗣(恒文社)、「越後佐渡の伝説」小川直嗣(第一法規出版)

 

◎新町大神宮(佐渡市真野新町)

 慶長5(1600)年に伊勢大神宮の御霊分けされて創立された新町大神宮。

 相川の金銀山が発見される前に既に鶴子銀山、大須銀山、西三川砂金山があり、その後小木港が開かれ、北前船の寄港地として小木が飛躍的に発展したことから、小木と赤泊と相川を結ぶ街道の村・新町は要地として発展したといいます。

 新町大神宮には多くの社が祀られ、中でも変わった神様が「十二さん」こと別名「源助大明神」。新町の山本半右衛門家(やまもとはんえもんけ)が泥棒よけにお祭りしていたムジナの神様で、このムジナは山本半右衛門家が酒造りをしていた頃、杜氏に取り憑いたことがあり、怒った主人がムジナの棲家を壊そうとしたところ「毎日夜番をして家を守るから許してほしい」と懇願し、大泥棒から家を守ったという逸話が残っています。

 

 例大祭は毎年10月16日。前日から点灯される御神灯が幻想的です。例大祭当日には竹や藤づるで編んだ農具「竹箕」を獅子頭にした、この地域特有の「たかみ獅子」が町を練り歩きます。明治半ばで一度中断していたものを、地元の人たちが昭和50年代に復活させました。現在は赤と黒の2頭の獅子が舞います。神事に農具を使うのは豊作祈願から始まったのではないかといわれています。

【御祭神】天照大神(あまてらすおおみかみ)
【所在地】佐渡市真野新町540 【問】なし 【P】なし

参考文献/「佐渡の伝説」山本修之助(佐渡郷土文化の会)、「佐渡のまつり」(いき出版)

 

佐渡の神社と祭り

 

 佐渡の神社では、さまざまな祭礼行事が年間を通して行われています。ここでは佐渡の神社で行われる祭りをまとめています。

 神社のお祭りは「神事」。鬼太鼓を始め、さまざまな伝統芸能は、集落の人たちが神社に奉納する「神事」です。見学する場合はマナーを守りましょう。

※2024年6月〜10月の祭りを紹介しています
※集落によっては日程等変更の可能性もあります

6月 8日 中原・鍛冶町まつり 若一王子神社(佐渡市中原)
15.16日 夷諏方神社例大祭(両津えびす祭) 夷諏訪神社(佐渡市両津夷)
15日 草苅神社薪能・鷺流狂言 草苅神社(佐渡市羽茂本郷)
16日 羽茂まつり 草苅神社,菅原神社(佐渡市羽茂本郷)
15日 羽吉まつり 羽黒神社(佐渡市羽吉)
21日 二見祭り 二見神社(佐渡市二見)
7月 14日 春日神社薪能 春日神社(佐渡市相川)
16日 赤泊まつり 神明社(佐渡市赤泊)
20日 長江まつり 三峰神社(佐渡市長江)
27〜28日 鉱山まつり 大山祇神社(佐渡市相川)
8月 25日 加茂神社薪能 加茂神社(佐渡市栗野江)
25日 稲鯨まつり 北野神社(佐渡市稲鯨)
24、25日 小木港まつり 木崎神社、琴平神社、みなと公園(佐渡市小木)
第4土日 大々神楽 諏訪神社(佐渡市小木)
9月 1日 中興まつり 中興神社(佐渡市金井)
7日 草苅神社乙祭り 草刈神社(佐渡市羽茂本郷)
第2土曜 小布勢神社例大祭 小布勢神社(佐渡市西三川)
14、15日 久知八幡宮例大祭 久知八幡宮(佐渡市下久知)
15日に近い日曜 徳和まつり 大椋神社(佐渡市徳和)
15日 八幡まつり 八幡宮(佐渡市八幡)
15日に近い日曜 莚場まつり 白山神社(佐渡市莚場)
敬老の日の前の日曜 岩首まつり 熊野神社(佐渡市岩首)
10月 第2土、日曜 宿根木祭り 白山神社(佐渡市宿根木)
第2日曜 達者まつり 白山神社(佐渡市達者)
体育の日の前日 多田・黒根まつり 諏訪神社(佐渡市多田)、小田原神社(佐渡市黒根)
15日 畑野まつり・熊野神社例大祭 熊野神社(佐渡市畑野)
第4土曜 馬首まつり 気比神社(佐渡市馬首)
18日 大浦まつり 尾平神社(佐渡市相川)
19日 相川まつり 善知鳥神社、相川市街地(佐渡市相川)
19日 戸地まつり 熊野神社(佐渡市相川)
20日 四日町まつり 八幡若宮社(佐渡市四日町)

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