file-70 にいがたの人形芝居

  

にいがたの人形芝居の歴史

日本の伝統芸能「人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)」

田巻明恒さん

田巻明恒さん
新潟市在住の演劇研究家として幅広く活動されています。りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館での文楽講座や歌舞伎講座、NHK文化センター「歌舞伎もの知り学」などで、文楽や歌舞伎についてわかりやすい解説に定評があります。

 日本の伝統芸能といえば、能、歌舞伎、そして人形浄瑠璃の三つが挙げられます。人形浄瑠璃とは、浄瑠璃と呼ばれる語り物に合わせて、人形を操る芝居のことをいいます。人形浄瑠璃は、1684年に竹本義太夫(ぎだゆう)が道頓堀に竹本座を創設して以降、庶民の娯楽として発展していきました。竹本座では、当時の名作者近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)の作品を上演して、大変な人気を集めたそうです。
 演劇研究家の田巻明恒(あきひさ)さんによれば、「義太夫が、それまでの浄瑠璃で語られていた仏教説話ではなく、当時の現代劇(世話物)を上演してそれが話題になりました。浄瑠璃といえば、義太夫節を意味するほどとなり、義太夫より前のものを総称して“古浄瑠璃(こじょうるり)”と呼ぶようになった」そうです。
 一方、浄瑠璃に合わせて人形を操ることを“遣う(つかう)”といいます。竹本座に登場する人形は、一体の人形を一人で操る“一人遣い”というものでした。その後、次第に改良が行われ、一体の人形を三人で操る“三人遣い”が考案されました。

祭りと融合し、絶えずに続いた人形芝居

巫女爺人形操り

中越地方に残る「巫女爺人形操り(みこじいにんぎょうあやつり)」。人形を載せた屋台を優雅な囃子に合わせて引き回し、人形が舞う伝統芸能です。

 江戸から明治時代にかけて発展した人形芝居は、全国各地に広がっていきました。新潟県内では現在、主に佐渡地方と中越地方に人形芝居が残り、受け継がれています。庶民の娯楽がほとんどなかった昔に流行した人形芝居が、なぜ映画やテレビなど多様な楽しみがある現代まで続いてきたのでしょうか?その理由として、田巻さんは「近年、古い伝統芸能の良さに気付いて、復活させようという気運が高まったということもあるが、一番の理由は、各地域の祭りと融合してきたからではないでしょうか。日本人は昔から祭りを大切にしてきました。祭りで演じる芸能は、人間に見せるというより、祈りを込めて神に捧げるものという意味合いが強いので、大事に受け継がれながら、数少ない娯楽としても親しまれてきたのだと思います」と語ってくれました。
 また、新潟の人形芝居は、佐渡とそのほかの地域でそれぞれに特徴がある特別な県だそうです。それでは、新潟の人形芝居にはどのようなものがあるのか、ご紹介しましょう。

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にいがたの人形芝居の歴史と特徴

江戸時代から舞い踊る、爺と巫女の人形芝居

 中越地方に伝わる人形芝居に、新潟県指定無形民俗文化財の「巫女爺(みこじい)人形操り」があります。言い伝えによれば、江戸時代中期に、小千谷市横町(現平成町)にあった旅籠屋(はたごや)に滞在した人形遣いが、宿賃の不足分として爺の人形の頭(かしら)を置いていったそうです。その人形を、近所の紺屋(こうや:染め物屋のこと)の職人たちが着物を着せて、振り付けを考案したことが始まりといわれています。その後、人形が入る屋台が作られ、対の人形として巫女が加わり、二荒(にっこう)神社の祭礼に欠かすことのできないものになっていきました。
 巫女爺の操法は、人形の袖に直接手を差し込んで踊らせるものです。二人で操る二人遣いで、手の動きや豊かな表情の変化を表しています。笛や太鼓、鉦(しょう)、三味線などの囃子と唄が付いて、屋台が町内を回った後、神社で奉納芸が演じられます。
 二荒神社と町内での上演は、毎年7月13・14・15日に、横町屋台人形巫女爺保存会の会員らで行われています。巫女爺人形操りは、横町から周辺各地に広まり、現在では小千谷市と長岡市に12の保存会があり、伝承や担い手の育成などを活発に行っています。
 

横町屋台人形巫女爺保存会による巫女爺人形操り

横町屋台人形巫女爺保存会による巫女爺人形操り。保存会員らが屋台を神社まで引き回した後、美しい着物をまとった巫女と爺が舞い踊ります。

日本の人形芝居の原形が残る、佐渡の文弥人形

 
 のろま人形
 

説経人形の幕間狂言として演じられるのろま人形。小振りな人形を一人遣いで方言を交えた台詞と滑稽な話で観客を笑わせてくれます。

文弥人形

文弥人形は、これまでの人形の構造に工夫を加えて微妙なかしらの操作ができるようになり、幕を多用した舞台装置と合わせて観客の目を引き付けました。

 佐渡に人形芝居が伝わったのは、18世紀の初めといわれています。当時の主流だった一人遣いの人形芝居が伝来して以降、離島という地域性もあって、佐渡では今日まで一人遣いが受け継がれてきました。これは全国的にも珍しいことだそうです。
 佐渡の代表的な人形芝居は、「説経(せっきょう)人形」「のろま人形」「文弥(ぶんや)人形」が挙げられます。説経人形は、説経節の語りに合わせて小ぶりの人形を遣います。演目は、説経物のほか、近松物やそれ以降の作品も含まれます。説経人形の幕間狂言(まくあいきょうげん)として演じられるのが、のろま人形です。遣い手が自らセリフを語る滑稽で即興性に富んだところに魅力があります。
 文弥人形は、人形の遣い手の大崎屋松之助(おおさきやまつのすけ)が、語り手の伊藤常盤一(いとうときわのいち)と組んで、明治の初めに説経節で上演されていた人形芝居を文弥節に変えたのが始まりです。松之助は、人形や舞台にも次々と工夫を加えていき、文弥人形は大変な人気を博しました。
 現在、佐渡の人形芝居は、国の重要無形民俗文化財に指定されており、島内にある座やグループが活動を続けています。

未来に続け!猿八座の人形浄瑠璃

「西橋八郎兵衛さん

西橋八郎兵衛さん
人形を操り、構造について説明してくれる西橋さん。古浄瑠璃は昔の話だが、今の時代に訴えるものが多くありおもしろいと語ってくれました。

 佐渡の一人遣いの人形芝居に魅せられて、34年前に佐渡に移り住んだという西橋八郎兵衛(にしはしはちろべえ)さん。大学で演劇を勉強後、人形芝居に興味を持った西橋さんは、大阪の文楽座に入ります。三人遣いの人形芝居を学ぶうちに、その原形となる一人遣いをやってみたいと佐渡の座に入り、活動を続けました。
 「佐渡に伝わる古浄瑠璃の話には、今の時代でもおもしろく、心に響くところがたくさんあります」と西橋さんは言います。そのような古浄瑠璃を発掘して上演しようと、西橋さんは1985年に「人形浄瑠璃 猿八座」を立ち上げて、座長となりました。活動は佐渡にとどまらず、新潟にちなんだ古浄瑠璃を掘り起こし、上演しています。
 三味線奏者の越後角太夫(えちごかくたゆう)さんや県内の有志のメンバーと組んだ「越後猿八座」では、寺泊の西生寺の即身仏、弘智上人の伝説に基づく説経浄瑠璃「越後國 柏崎 弘知法印御伝記(こうちほういんごでんき)」を新潟や東京で上演し、好評を博しました。この「御伝記」は、17世紀末の作品で、江戸時代に海外流出した原本を1962年に当時ケンブリッジ大学で教鞭をとっていた鳥越文藏氏が大英博物館で発見、再出版しました。鳥越氏の友人であるドナルド・キーン氏が越後猿八座に御伝記を紹介し、この古浄瑠璃が、約300年ぶりに復活したそうです。
 人形を遣う魅力を西橋さんは語ります。「役者とは違い、老若男女いろいろな役になれるおもしろさがある。人形は手から離せば動かなくなってしまうもの。それに息を吹き込んで演じたとき、人間が演じるよりも人形の方が真実を伝えられることもあるのではないか、と近松も考えたようだが、私も同感です」。
 猿八座は、現在も積極的に活動して、公演を続けています。「文化財として残すことも必要だが、現代の人に楽しんでもらうことも心掛けたいと思っています。」と西橋さん。「まだまだやってみたい古浄瑠璃がたくさんありますし、もっと若い人に座に入ってもらい、育てていきたいんです」と、熱い思いを語ってくれました。
 長い歴史を経た、伝統の人形遣いの技や浄瑠璃の語りは、現代の私たちにも感銘を与えてくれます。新潟県内に残り、受け継がれている人形芝居を見に行ってみてはいかがでしょうか。
 

猿八座の稽古の様子

猿八座の稽古の様子。座員は現在11名で定期的に公演を続けています。浄瑠璃と三味線に合わせて人形を操る稽古にも熱が入ります。
 

<参考ホームページ>

▷ ・長岡地域振興局企画振興部「巫女爺人形操り」紹介リーフレット(ダウンロード可)

▷ ・小千谷市 ホームページ – 組織一覧 – 巫女爺人形操り

▷ ・佐渡観光協会 ~文化と芸術~

▷ ・西生寺

▷ ・猿八座 Saruhachi-za 佐渡の人形遣いの独り言(ブログ)


■取材協力
田巻明恒さん(演劇研究家:新潟市在住)
西橋八郎兵衛さん(「人形浄瑠璃 猿八座」座長:佐渡市在住)
    

 

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県立図書館おすすめ関連書籍

「もっと詳しく知りたい!」、「じっくり読みたい!」という方、こちらの関連書籍はいかがでしょうか。以下で紹介しました書籍は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。ぜひ、県立図書館へ足をお運び下さい。

▷『ドナルド・キーン・センター柏崎常設展示図録』

(ブルボン吉田記念財団編集/ブルボン吉田記念財団/2013年)請求記号:N /910.2 /B94
 「ドナルド・キーン・センター柏崎」が9月21日にオープンしました。古浄瑠璃「越後国柏崎 弘知法印御伝記」の復活上演のきっかけをつくったキーン氏の人となりや業績等を紹介するほか、ニューヨークにあった書斎を再現した展示室等を見ることができます。
 本書は、同センターの常設展示図録として発行されました。展示資料のほか、キーン氏の半生や代表作品などがわかりやすくまとった1冊です。

▷『佐渡が島人形ばなし』

(佐々木義栄著/佐渡が島人形ばなし刊行会/1996年)請求記号:N /777 /Sa75

▷『人形のかしら集』

(名畑政治撮影/2005年)請求記号:N /759 /N11
『人形のかしら集』の巻頭で、佐渡人形芝居保存会の高野藤右エ門氏は、佐渡の人形芝居について知ることができる文献「三部作」として、『佐渡が島人形ばなし』と梶原宗楽氏の『佐渡の文弥節』、そして『人形のかしら集』を挙げています。
当館でも所蔵している『佐渡が島人形ばなし』では、主に佐渡の説経・のろま・文弥という3種類の人形芝居について詳しく紹介されています。
『人形のかしら集』はその巻頭で高野藤右エ門氏によって「現在佐渡にあるほとんどの首を撮り集めたものとなったのではないか」と紹介されるほど多くの人形の首(かしら)の写真が掲載されています。

▷『巫女爺浪漫:郷土民族芸能 操り人形 江戸時代から舞い続け刻んできた歴史』

(黒崎剛著/巫女爺連絡協議会/2004年)請求記号:N /386 /Ku76

▷『巫子爺よもやまばなし:小千谷市横町に伝わる人形屋台 巫子爺略年譜』

(佐藤順一著/1997年)請求記号:N /386 /Sa85
『巫女爺浪漫:郷土民族芸能 操り人形 江戸時代から舞い続け刻んできた歴史』は、著者が中越地方11ヶ所にある巫女爺の保存会を訪ね、取材した内容となっています。各保存会の所在地や来歴、人形形態と繰り方、巫女爺踊り唄われる歌詞などが紹介されています。
『巫子爺よもやまばなし:小千谷市横町に伝わる人形屋台 巫子爺略年譜』は小千谷市旧横町に伝わる巫子爺についてまとめた1冊です。第1部「みこじ編」では、主に巫子爺の由来を筆者が考察した内容や年譜がまとめられ、第2部は「資料編」となっています。

ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
(025)284-6824(貸出延長・調査相談)
新潟県立図書館 http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/

 

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