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file-75 にいがたの発酵文化(後編)

  

上越が生んだ酒博士

酒を科学的・文化的に探究

坂口謹一郎博士肖像(上越市提供:撮影・霜鳥一三氏)
     

坂口謹一郎博士(上越市提供:撮影・霜鳥一三氏)。1939年に東京帝国大学農学部教授となり、東京大学農学部長、東京大学応用微生物学研究所長などを歴任しました。著書に「世界の酒」「日本の酒」「歌集 醗酵」など。1965年にフランス・レジオン・ドヌール勲章、1967年に文化勲章、1974年に勲一等瑞宝章を受章しました。
     

     新潟県醸造試験場(昭和7年頃      

昭和7年頃の新潟県醸造試験場の酒造りの様子。昔は木の桶を使って醸していました。県が日本酒専門の試験場をもっているのは全国で新潟県だけだそうです。酒処ならではですね。

坂口博士直筆の色紙
     

坂口博士直筆の色紙。「こしのうまさけ」の文字に、新潟清酒への愛情が見て取れます。新潟県醸造試験場に大切に飾られています。

     

 酒造りの世界では知らぬ人がいないといわれ、酒博士と呼ばれる応用微生物学の権威をご紹介します。新潟県上越市出身の坂口謹一郎博士(1897年~1994年)です。味噌、醤油、ワインの研究など様々な分野で活躍しました。中でも日本の酒造りの工程を科学的に解明した功績は大きく、世界に類を見ない日本酒の独特の製法や日本酒の文化的価値について記した名著を数多く執筆。また、歌人としても酒にまつわる歌を多く残しました。

 坂口博士は上越市高田に生まれ、旧制高田中学校に入学。ところが小児麻痺を患ったことをきっかけに東京・神田の順天中学に編入をしました。神保町の本屋街に通う文学少年で、西欧の文学などに親しんだそうです。この時代に文化的な素地が育まれたのかもしれませんね。その後、第一高校理農工専攻を経て、東京帝国大学農学部へ。醸造学の先生の話に感銘を受け、中国酒の麹菌について研究。卒業後も大学で研究生活を続け、日本の麹菌へとテーマを広げていきました。それまでは世界的に、デンプンを糖に分解したり、タンパク質をアミノ酸に分解したりする研究が主だった一方で、坂口博士は麹菌のほかの働き、糖から酸やアルコールをつくる性質に的をしぼった新しい研究に取り組みました。日本で1千年前から活用されてきた麹菌の新たな扉を開いたのです。麹菌が無数の性質の異なった変種から成るカビの一大群であることに注目。アルコールをつくる発酵型、酸をつくる呼吸型をはじめ、細かく分類しその働きを追究しました。分類学上の裏付けのため、各地の麹菌を求めて本州だけでなく、四国、九州、沖縄と全国の銘醸地を自ら巡りました。集めた麹菌はなんと3千株。その数の多さからも情熱が垣間見えます。

 ここで興味深いエピソードをご紹介します。坂口博士は学生時代、結核のために医者に禁酒令を出され、この銘醸地巡りでもお酒を一滴も飲まなかったというのです。ところが40歳を過ぎて、この禁酒令が無意味だったこと、むしろお酒を飲んだ方がよかったことが発覚しました。以来、毎晩晩酌を楽しむようになったそうです。しかし、すでに時は遅し。全国の銘酒を目の前にしながら飲まずにいたことを、悔やまずにはいられなかったのではないでしょうか。坂口博士は後年、「40歳より酒を覚えて健康を回復せしかば」という言葉を添えて、二首歌っています。

 ひとたびは 世をもすてにし 身なれども
 酒の力に よみがへりぬる
 酒によりて 得がたきを得し いのちなれば
 酒にささげむと 思ひ切りぬる

酒の研究に尽くした博士の生き方が描かれた一句ですね。

 名著「日本の酒」では、日本酒の歴史や酒蔵の一日、製造工程を丁寧に書き上げ、同時に酒を育んだ日本の素晴らしさを読者に伝えています。冒頭にこう記しています。
「世界の歴史をみても、古い文明は必ずうるわしい酒を持つ。すぐれた文化のそれゆえ、すぐれた酒を持つ国民は進んだ文化の持ち主であるといっていい。-中略- 或る酒を十分に鑑賞できるということは、めいめいの教養の深さを示していると同時に、それはまた、人生の大きな楽しみの一つである」と。
数々の素晴らしい酒を生み出してきた新潟。誇り高い文化は、目を向けてみればすぐそばに、身の回りにあるのかもしれません。     



■ 取材協力
金桶光起さん(新潟県醸造試験場)

■参考資料
「発酵美人 酒かすレシピ」中島有香(株式会社ニール発行)
「日本の酒」 坂口謹一郎(岩波書店発行)
「私の履歴書 文化人18」(日本経済新聞社発行)

■写真提供
今代司酒造株式会社
芳林堂
新潟県酒造組合
上越市文化振興課

 

 

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