file-91 大地の芸術祭が農村に起こした化学変化

  
 
 

地域が参加するアートイベント

 十日町市と津南町の雄大な里山を舞台に、 2000 年から3年に一度開催されている国際芸術祭で、今年で6回目の開催になる「大地の芸術祭 越後妻有(えちごつまり) アートトリエンナーレ 2015」(7月26日(日)〜9月13日(日))。“都市と地域の交換”をテーマのひとつに据えた今回は、世界各国から新たに約180点の作品が加わり、これまでの作品と合わせて約380点がいたるところに展示されています。

キナーレ中央に中国伝説の仙人が住む島が出現。蔡國強氏の「蓬莱山」

キナーレ中央に中国伝説の仙人が住む島が出現。蔡國強氏の「蓬莱山」

キナーレ中央に中国伝説の仙人が住む島が出現。蔡國強氏の「蓬莱山」。

火薬の発火跡で描かれた絵画、「島」

火薬の発火跡で描かれた絵画、「島」。

レストランの書棚に飾られた民具にも注目

レストランの書棚に飾られた民具にも注目。

旧清津峡小学校が「清津倉庫美術館」に変身。

旧清津峡小学校が「清津倉庫美術館」に変身。

レストランの書棚に飾られた民具にも注目

清津川をモチーフにした体験型の作品。

スタッフの飛田晶子さん。

スタッフの飛田晶子さん。

 大地の芸術祭のメインステージとして位置付けられている、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]。1階中 庭の池に中国の作家、蔡國強(さい・こっきょう)氏の「蓬莱山(ほうらいさん)」が現れました。
 「蓬莱山」は、古代中国で仙人が住むとされた想像上の島。周囲には軍艦・鳥・飛行機などのわら細工が島を守る龍のように吊るされています。「島」を巡る緊迫した国際情勢を思わせながら、わら細工にはどこかのどかなムードも漂い、皮肉とユーモアを感じさせます。1000体ものわら細工は、地域の匠に教わりながら地元の小学生からお年寄りまでが手作りで編んだもの。国境を越え、地域とともに作り出したダイナミックな作品です。

 同じく蔡國強氏の作品「島」は縦3メートル、横幅16メートルもの大作です。和紙の上に型紙と様々な火薬を置いて発火し、焦げ跡で表現しています。地元の小学生と協働で作成する様子を、作品脇のビデオで上映しています。

 また、キナーレの2階にあるレストランも作品です。マッシモ・バルトリーニ feat. ロレンツォ・ビニが内装を手がけ、白い円卓に描かれた模様を全てつなげると黒い信濃川が現れます。美しい円弧を描く書棚には地元から寄せられた漆器や陶器、本がずらり。輪島塗りの何客分ものお膳のセットは見事なもので「昔はこれだけ揃えてやっと一人前だ、なんて言われていたそうですよ」とスタッフの方が話してくれました。


●越後妻有里山現代美術館[キナーレ]

 2009年に廃校になった旧清津峡小学校が改装され、大型作品の保管庫とギャラリーに生まれ変わりました。
 体育館の床をはいだ無機質な空間に、今回は「4人展:素材と手」を開催。チェーンソーで製材に刻みをつけた 彫刻群や鉄を溶接した立体作品などが設置されています。校舎棟は地域のインフォメーションセンターとして活用されています。
 各種パンフレットなどが設置してあるフロアには「みんなで清津川をつくろう!」と書かれた作品があります。木枠で形取られた川にビー球を落とすと、段差を下っていき、下流にたまっていきます。

 「東京電機大と共立女子大の学生が協働で作成した作品ですよ」と教えてくれたのは飛田晶子さん。大地の芸術祭のスタッフで、大地の芸術祭をサポートする「こへび隊」の元メンバーです。
 「越後妻有の地は過疎高齢化が深刻な土地。これまでは人々が出て行くのを見送ってきましたが、芸術祭が6回目を迎え、人が集まる場所になったんだなぁと感じています」と飛田さん。道案内の看板もこんなになかった里山。大自然と人々の温かさに引かれ、都会から移り住んできました。「学生たちや地元の人と一緒にお弁当を作ったり、ピザ焼きのワークショップもしています。私も実は共立女子大の卒業生なんですよ」。学生たちの気持ちもよく分かる飛田さん。今は運営スタッフとして、外から来る人と地元の人をつなぐ役割も担っています。


●清津倉庫美術館

学生たちと地元ボランティアの「コラボ作品」

インフォメーションセンター

インフォメーションセンター。入れ子になった長い空間がユニーク。ベンチで一休みする人も。

 まつだい駅周辺に広がる里山フィールドミュージアム。約50もの作品が点在する中心にある施設が、まつだい「農舞台」です。入り口で「こんにちは!」「麦茶飲んでいってね~」と行き交う人々に声をかけるインフォメーションセンターをのぞきました。
 実はこのセンターも作品の一つ。武蔵野大学環境学部の水谷俊博研究室の学生たちが設計・制作したものです。
 「この建物は可動式で風通しがよく、組み合わせていろんな用途に使えます。全て重ねて収納できますよ」と、この日当番で来ていた武蔵野大学のメンバーたち。3月から構想を練り、7月から大学で制作。ほとんど完成した状態で20tトラックで運んできました。

案山子隊

インフォメーションを担当する「案山子隊」。おそろいのシャツを着ているのは武蔵野大のメンバー。

「里山フィールドミュージアムビジターセンター」と名付けられたここでは、「案山子隊」がインフォメーションを担当しています。案山子隊は、開催当初から芸術祭を支えてきた地元のボランティアスタッフです。「これまでは小学校の運動会で使うようなテントを道に建ててやっていたの。屋根はあってもとにかく暑くてね~。大変だった」と話します。
 学生たちは建物を現地に運び入れてから、案山子隊に見てもらいました。
「正面にも日よけがほしい」「雨どいをつけて」など、学生たちでは気づけなかったことをたくさん指摘されたそうです。
 改良したおかげで使い心地はなかなかよさそう。「うちもこんなふうにおしゃれにしてほしいわ~」なんていう声も。お客様を迎え入れる「玄関口」は、お茶やお手製の漬物による おもてなしもあり、終始笑顔に包まれています。


●まつだい「農舞台」

 

file-91 大地の芸術祭が農村に起こした化学変化

  

ボランティアスタッフ「こへび隊」インタビュー

こへび隊の村山さつきさん。

こへび隊の村山さつきさん。

こへび隊の村山さつきさん。

 大地の芸術祭では、首都圏の学生や若手社会人が中心となり「こへび隊」と称したボランティアとして関わっています。主に週末や祝祭日にやって来る彼らの元気で明るい笑顔が、高齢化が進む過疎地域に刺激と活力を与え続けてきました。

 隊員のひとり、村山さつきさんにお話をうかがいました。
 村山さんは埼玉県在住。2009年に首都圏のフリーペーパーで芸術祭に関する記事を目にし、2012年からこへび隊として関わっています。
 初めて大自然の中にあるアート作品をみた時に、スケールの大きさに胸をぐっと掴まれ、とりこになったそうです。

 こへび隊に参加し、作家や地元の方との協働作業が増えるにつれ、村山さんも作品の材料の調達方法や見せ方のアイディアなどをどんどん求められるようになりました。「こへび隊は年齢に関係なく、自分の意見が主張できるのが心地いい」。
 宿舎に泊まり、規則正しく働き、地元のお母さんの手作りご飯を頂いて、夜は仲間と語り合う生活。「ここにいると、生きている実感があります」。
 初めは、地元の人たちの芸術祭に対する反応は、全てが良好というわけではありませんでした。しかし、「回を重ねるごとに、地域の皆さんがこへび隊や観光客を温かく迎えてくれるようになり、今ではお互いに楽しんでいると感じています。お母さんたちの料理は、地元では当たり前に思っているかもしれないけれど本当に美味しく、都会では味わえません。私たちが引かれているこの土地の魅力を、イベントなどで広めたいしもっと学んでいきたいと思います」。

お母さんたちが演劇仕立てで料理を提供

「上郷クローブ座」レストラン

「上郷クローブ座」レストラン

「上郷クローブ座」レストラン。20人ほどのお母さんたちが交代で出演する。

半戸幸栄さん

半戸幸栄さん。

 2012年3月に閉校した旧上郷(かみごう)中学校(津南町)の校舎が、この夏、演劇拠点として生まれ変わりました。越後妻有「上郷クローブ座」です。劇団が滞在しながら地域と関わり、稽古場として、また作品を発表する劇場として活用されています。

 ここでは、「演劇仕立てのレストラン」が体験できるとのこと。芸術祭総合ディレクターである北川フラム氏と、食をテーマに活動中の現代美術作家EAT&ART TARO 氏が構想を練った企画とか。一体どんなものなのでしょう?
「お母さんたちが踊ったりお芝居をするわけではなく、演劇の空間演出を取り入れた、と言った方がぴったりきます」。大地の芸術祭スタッフの中平郎美さんに解説していただきました。

 教室をつなげたレストランでは、最初と最後に暗幕の中でろうそくがともされ、先人たちから受け継がれてきた雪国の暮らしを語る朗読があります。食事中には地域に伝わる民謡が流れ、土地の魅力をじんわりと味わえるよう導いてくれます。

 「上郷地区はこれまであまり大地の芸術祭に関わってこ なかったんじゃないかしら」と話す、お母さんメンバーの半戸幸栄さん。津南町上郷地区出身です。18歳で都会へ出て、42年間働いた後、この地に戻って来ました。「実は、大地の芸術祭に行ったことがなかったんです。都会で知人から『よかったわよ~!』なんて声をかけられて、困っちゃった」。

 

3年前に初めて訪れた芸術祭で、こへび隊と出会ったことから半戸さんの中で何かが目覚めました。「東京の学生さんたちが夏休みに、私たちの町を応援しようってわざわざ来てくれている。一生懸命な姿を見て感動したんです。若い人たちを見習って、私にも出来る事を何かしなければって思いました」。
 半戸さんが住む朴木沢(ほきざわ)は15世帯が暮らす集落。毎年の秋祭りに人が集まらなくなる中で、子どもたちに思い出をつくってあげようと大人たちで神輿を手作りしてきました。なんとか地域を元気づけたいという気持ちをずっと抱えていました。
 旧上郷中学校の利活用について上郷クローブ座の構想が持ち上がったころから、2012年8月に設立された上郷地区振興協議会を中心に、地域で議論が重ねられました。開館に向けた準備期間にも地域の底力を発揮。草むしりなどの会場整備や劇団との交流もとてもスムーズに進みました。

観劇客との交流

観劇客との交流も、お母さんたちの大きな楽しみ。

 「レストランの話も嬉しかったですよ。初めは奥で料理すればいいだけかと思っていたの。でも演劇なんていうから何やらされるんだって、皆ちょっと警戒したんですけどね」。
 給仕をするだけでも不慣れだったお母さんたち。料理を企画したEAT&ART TARO氏が、お母さんたちのために料理の解説を書きこんだ「TAROメモ」を用意しました。
 今では夕顔の漬物のことなどを聞かれると、驚くほどすらすらと自分たちの言葉が出てきます。大きな夕顔を丸ごと見せたり、「クローブ座」の由来になった、豚肉を漬込む際の香辛料、クローブの香りをかいでもらったり。対話のやり方も工夫してきました。
「毎日なにかと忙しいけれど、ここに来ると楽しいですよ」とお母さんたち。無理のないよう、スタッフに材料の調達や交替シフトの調整などの事務を担ってもらいながら、今度はどんなおもてなしをしようかとアイディアを膨らませる日々です。

 大地の芸術祭を通じて、変わりつつある地域の人々。“都市と地域の交換”というテーマは今、越後妻有の各地で確実に花開いているようです。

 


■ 関連サイト
越後妻有 大地の芸術祭の里 http://www.echigo-tsumari.jp/

 

前の記事
一覧へ戻る
次の記事