第50回 天空の棚田で昔ながらの田植えと稲刈りを体験する

 新潟県は、全国でも有数の棚田の宝庫。山あいの斜面に幾重にも広がる棚田は、景観としての美しさだけでなく、先人が自然と共に築いてきた暮らしの知恵と文化の象徴でもあります。しかし近年は、高齢化や担い手不足により、姿を消す棚田も少なくありません。そんな中、棚田オーナー制度やECHIGO棚田サポーターなど、棚田を未来へ残そうとする取組が、新潟県内各地で行われています。
 長岡市木沢集落で、昔ながらの手植えや手刈りで米作りを体験してきました。

◎空に近い棚田で田植え&稲刈り体験
 木沢集落は、自然豊かな長岡市川口地区でも、山のてっぺん近くにある小さな集落です。ここには豊かな森と美しい棚田があり、朝は一面に広がる雲海、夜は満天の星空を眺めることができます。また、棚田からは、農作業をしながら駒ヶ岳(2,003m)、中ノ岳(2,085m)、八海山(1,778m)の越後三山(えちごさんざん)を一望する絶景を楽しむことができます。

木沢集落からさらに山の上に上がったところにある棚田。その眺めは素晴らしく、まさに天空の棚田です。

木沢集落は、関越道越後川口ICから山の上に向かってひたすら車を走らせた先にあります。

 現在、木沢集落にはいくつかの棚田オーナー制度がありますが、その先駆けといえるのが平成20年(2008)に始まった木沢棚田保全連絡協議会です。

 木沢集落は、平成16年(2004)に発生した中越地震の震源地でした。高齢化が進むこの地域は、被災により20歳以下の人が一時期ゼロになったこともありました。代表の平沢さんは、「子どもや若い人たちが来てくれることで、地元の高齢者も元気になり、また木沢の良さを知ってもらえるのでは」という思いで、震災復興と共に棚田オーナー制度を始めたそうです。

木沢集落に入ったところにある看板。「震央」とは震源地のこと。ここで採れたお米は「震央米(しんおうまい)と名付けられ、震災の記憶を今に伝える象徴にもなっています。

訪れる人は誰でも親戚のように迎えてくれる代表の平沢勝幸さん。棚田での田植えや稲刈り、草取りなどの指導のほか、さまざまなイベントを通じて、木沢の魅力を発信しています。

 木沢棚田保全連絡協議会の棚田オーナー制度は、年40,000円〜で1区画約 100m²の棚田のオーナーになれるというもの。春の田植えや稲刈りを平沢さんに教えてもらいながら行い、収穫後は区画で採れた新米(40〜45kg)を受け取ることができます。また、田植えや稲刈り以外でも、いつでも訪れて草取りなど農作業をすることができ、山菜採りやそば祭りといった様々なイベントなどに参加できるそうです。

 棚田オーナー制度のほかに、農家民宿・木沢ハウスの農業体験として、田植え体験や稲刈り体験を1回1,500円で行っています。「稲刈り体験では、お土産としてお米も少し渡していますよ」と聞いて、春の田植えと秋の稲刈りを体験してきました。

◎棚田で昔ながらの手植え体験
 棚田は標高の高いところにあるため、田植え時期や稲刈り時期も平地の田んぼより遅くなります。木沢集落の棚田の田植えは、毎年大体5月中旬から下旬にかけて行われます。
 木沢の棚田では昔ながらの「手植え」のため、服装は動きやすくて汚れてもいいもので、虫除けと日除けのために長袖がおすすめです。帽子、日焼け止め、軍手も用意しておくといいでしょう。

平沢さんたちが古民家を改修して作った民宿・木沢ハウス。ここは、棚田オーナーの休憩場所や食事場所も兼ねています。木沢ハウスでは、さまざまな体験ができるほか、そば打ち名人である平沢さんの手打ちそばや地元の方の田舎料理も食べることができます。

 田植え体験は、朝、農家民宿・木沢ハウスに集合。ここから平沢さんの車で、さらに山の上にある棚田を目指すこと約10分。緑深い山道をのぼっていくと、すばらしい眺望の棚田に着きます。

森の中を山のてっぺんに向かって車で走っていくとこの眺望が現れ、参加者から歓声が上がりました。

 田んぼに着くと、まずは平沢さんが手植えの仕方を説明。苗は3本を目安に、土にまっすぐ刺すように植えること、田んぼには格子状に目印をつけてあるので、この「十字」のところに植えていくのだそう。「でも3本じゃなくて4本でも、あまり難しく考えずに適当でいいよ」と平沢さん。

「苗は3本を目安に植えてね」と苗を手に説明してくれる平沢さん。

田んぼに平沢さんが田植え枠で付けてくれた格子状の印。この十字のところに苗を植えていきます。田んぼにはオタマジャクシやアメンボなどの生き物がたくさんいました。

 田んぼに入ると、柔らかい泥の中にずぶずぶと足が入ってしまいます。最初は長靴を履いて入りましたが、あっという間に泥にはまって動けなくなりました。

 「裸足の方が動きやすいがね。でも虫もいるから靴下やストッキングを履いて入ったほうがいいんだ」と平沢さんに教えてもらい、靴下を履いたままで田んぼに入ると、これが確かに動きやすい。靴下を履いていた方が、足の爪の中に泥が入らないので、作業後に足を洗うのも簡単なのだそう。

最初は泥に足を取られて転びそうになりますが、だんだんコツがつかめてきます。水が濁ると格子状の印が見えなくなるのでなるべくそっと動きます。

田んぼの真ん中で植える苗が無くなると、取りに戻るのが大変なため、腰に苗を入れた青い籠をくくりつけて、そこに苗を入れて植えていきます。左手に持った苗から3本を目安に取って植えていきます。

格子状の十字のところに苗を植えていきます。「あまり深く入れず、かといって苗が流されない程度に植えてね」と言われますが、これが初心者にはなかなか難しいところ。

日焼け防止の帽子より断然使い勝手がよかった菅笠(すげがさ)。しっかり日焼けを防ぎ、脱げにくく作業の邪魔になりません。菅笠は冬の雪かきにも重宝します。昔の人たちが使っていた道具はすごいと改めて感じます。

東京からきた子どもたちは、初めての田んぼにおそるおそる入っていましたが、一度入ると大はしゃぎでした。

 初めての田植えは、格子状の目印はあるものの、きれいに植えるのは難しいものだと実感。また足を取られやすい泥の中で、中腰で植えていくため、腰が痛くなるかと思いましたが、植え終わった後は不思議と持病の腰痛も消えていました。体幹が鍛えられるのかもしれません。

苗の並びに多少のガタガタはありますが、植え終わったあとは達成感があります。

 田植えを終えるとお昼。木沢ハウスでは平沢さんの手打ち蕎麦と地元の方が作ってくれる山菜の天ぷらなどのお昼ご飯も食べることができます(要予約・別料金)。田植えの後の素朴な山の幸、そしておにぎりは格別のおいしさです。

◎秋の美しい景色を眺めながらの稲刈り体験

 稲刈りのため、再び木沢ハウスを訪れたのは9月半ばを過ぎた頃。豊かな実りの秋の棚田は、春とはまた違った美しい眺めが広がっていました。

 「稲刈りは、田んぼの中も歩きやすいから、田植えよりは楽だよ」と平沢さん。稲刈り用の鎌を借りて、昔ながらの手刈りで収穫していきます。

これが稲刈り用の鎌。鎌の持ち方や稲の刈り方にもコツがあるそうです。

 稲刈り体験では、稲の掴み方、鎌の持ち方、力を入れずに稲を刈る方法を教えてもらいます。稲刈りは、単に刈ればいいのかと思っていましたが、疲れないための知恵が詰まっていることに驚きます。

倉庫にあった藁で、稲刈りの方法をレクチャーしてもらいました。稲をどう掴むか、鎌をどう使うかで、力を使わなくても稲が刈れることを知って驚きました。

 刈った後の稲は、稲架(はさ)掛け用に2束ずつ藁でくくっていきます。稲架掛けは、稲刈り後の稲を天日で乾燥させる伝統的な方法。刈り取ったばかりの稲は水分を多く含んでいるため、変質しやすいのですが、それを防ぐために天日で乾燥させるのです。太陽と秋風によってじっくり乾燥させるこの方法により、品質を守るだけでなく、お米の風味が格段に良くなるそうです。

 収穫した稲を稲架掛け用にくくる方法も教えてもらいます。平沢さんが藁で縛って稲をくるりとひっくりかえすと、結ばなくても束が稲架掛け用になりますが、自分でやろうとすると、これが難しいのです。

2束を重ならないよう斜めに分け、藁を使って片方をくるっと回す、これがなかなか素人には難しい。

 「稲刈りをしながら藁で2束ずつ稲架掛け用にしていくと後が楽だよ」と平沢さんにいわれ、縛る用の藁を腰にくくりつけてもらい、いざ収穫へ。しかし、どうしても手の力で稲を刈ろうとしてしまいます。「稲のつかみ方が逆だから、刈るときに力が必要になるんだよ」と言われ、もう一度つかみ方、鎌の持ち方を教えてもらい、平沢さんの言うとおりにしてみると、力を入れずともサクサクと刈ることができました。

縛る用の藁を腰にくくりつけてもらい、稲を刈る度に1本ずつ抜いて使います。

稲刈り体験をする人たち。みんな、刈り方のコツがなかなか掴めず、「どうやるんだっけ?」と互いに聞き合いながら進めていきます。

刈り取った稲は、2週間ほど稲架掛けにしてじっくり乾燥させていきます。

 この木沢集落の田植えや稲刈り体験の参加者には、中越地震のボランティアをきっかけに毎年棚田の田植えや稲刈りに来ているという人もいました。しかし、震災から20年以上が経った現在、木沢に来て農作業をすることが年齢的に難しくなってきたと言う人もいます。

 「もっとたくさんの人に来てもらって、昔ながらの稲刈りや田植えを体験してもらい、木沢集落の良さや棚田の美しい景色を知ってもらいたい。それで棚田を未来に残していってほしいよね」という平沢さん。

 令和7年(2025)の稲刈りは、9月下旬の予定。空に近い絶景の棚田で、昔ながらの手刈りの稲刈りを体験し、木沢集落の山村文化に触れてみてはいかがでしょうか。

稲刈りの作業をしながら眺める秋の景色も素晴らしいものでした。

◎木沢棚田保全連絡協議会の【棚田オーナー制度】
◆年会費 1区画(100m²)40,000円〜
◆オーナー特典
・田植え・稲刈り体験のほか、年間いつでも来て草取りなどの農作業や、山菜採りなどの様々なイベントに参加できます
・収穫後は区画で採れた新米(40〜45kg)を進呈※収穫量は米の出来によって多少の変動があります

◎農家民宿・木沢ハウス
住所/長岡市川口木沢430
料金/1泊2食7,000円〜
体験/ピザ作り、田畑、パン、そば打ち、焼物、野菜取り、キャンプ等
田植えまたは稲刈り体験/1人1回1,500円※稲刈り体験後はお米のお土産付き

問い合わせ先
TEL:090-4670-0613(平沢)
※棚田オーナー制度、稲刈り体験等は定員があるため、詳しくは電話でお問い合わせください

◎新潟県内でできる田植え/稲刈り体験

 新潟県内には、田植え体験や稲刈り体験を行っているところが多くあります。
市町村のイベントや、体験を提供する農家民宿など様々ありますが、
情報は、「にいがたグリーン・ツーリズム」で検索できます。それぞれに料金や内容が異なるため、詳しくは個別にお問い合わせください。

 また、県内では地域の方々とともに棚田保全活動を支援するECHIGO棚田サポーターの活動が行われています。農作業のサポートを通じて、地域の方々と交流しながら豊かな四季を体験できます。詳しくはホームページをご覧ください。

関連リンク(以下のホームページにて検索)
◎にいがたグリーン・ツーリズム(田植え体験/稲刈り体験で検索)
https://www.pref.niigata.lg.jp/site/green2rhythm

◎ECHIGO棚田サポーター
https://www.pref.niigata.lg.jp/site/ets/index.html

 

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