file-113 大地の恵み~ジオパークと糸魚川の温泉~(後編)
温泉を核に広がる楽しさ
日本の東西を分ける、糸魚川―静岡構造線を西から東へひとまたぎ。後編では、フォッサマグナの新しい地層の上に点在するジオサイトの中から、温泉を持つ6つのエリアを紹介します。山間の秘湯や登山の基地、またスポーツと共に楽しむ温泉など、特徴のある温泉ばかりです。
雨飾山と焼山
標高約900mに立つ雨飾山荘。雨飾山、駒ヶ岳、鋸岳などの登山の基地として、また、一軒家の秘湯としても人気が高い/雨飾温泉 雨飾山荘
緑に抱かれた、小さな石造りの露天風呂。地下深くのマグマで温められた湯に癒やされる。日帰り入浴も/雨飾温泉 雨飾山荘 都忘れの湯
糸魚川ジオパークで人気を集める山の一つが、「雨飾山(あまかざりやま)ジオサイト」の雨飾山です。深田久弥が著した山岳随筆「日本百名山」で、3回挑戦してやっと登頂が叶ったことから「久恋(きゅうれん 長く憧れ続けること)の頂」と紹介。そのフレーズに誘われて訪れる登山客も多いといいます。
その山の麓にある登山基地「雨飾山荘」には、炭酸水素塩泉が湧いています。登山の疲れを癒やし、眼前に迫る山々と星空を一望できる露天風呂は、都忘れの湯として有名。緑に囲まれた石造りの小さな露天風呂は、加水、加温なしの源泉掛け流しです。
雄大な山並みと美しい渓谷に囲まれた宿。開放感いっぱいの露天風呂では、四季を通じて自然を身近に感じられる/焼山温泉 清風荘
地元の間伐材を木質ペレットに加工して利用。ボイラーの燃料をこれに変え、CO2削減とコストカットを実現/焼山温泉 清風館
雨飾山に対面するように立つ焼山もまた、新潟県にふたつある活火山のひとつとして、関心を集めています。焼山を核とした「焼山ジオサイト」には、焼山温泉と笹倉温泉の二つの温泉があります。
焼山温泉「清風館」の泉質は、含硫黄・ナトリウム―炭酸水素・塩化物泉。「Ph値が7.5のアルカリ性のお湯は、角質や汚れを取って肌をすべすべにしてくれると、お客様に喜んでいただいています」と、木島一さん。ここでは、約2.5㎞離れた焼山の源泉から湯を引いているため、途中で湯温が下がります。それを温めるボイラーの燃料は、地元の間伐材で作った木質ペレット。「地元の木材でペレットを作り、地域で燃料として使用します。そして、その灰は肥料として土に返す。いわばエネルギーの地産地消です。こうした自然を活用した取り組みを、今後も行っていこうと考えています」
敷地内の薬師堂には、約300年前の開湯のいわれを今に伝える、薬師如来像3体が祀られている/笹倉温泉 龍雲荘
約300年前に薬師如来のお告げで発見されたといういわれを持つのが、同じ「焼山ジオサイト」の笹倉温泉です。一軒宿の「龍雲荘」の敷地内には、今も、3体の薬師如来像を祀る薬師堂があります。源泉は宿の傍らを流れる早川から湧出。「ナトリウム炭酸水素塩泉は、湯に入れば肌に優しくなめらかで、飲用すれば胃腸がすっきりすると、評判をいただいています」と、松宮弘明さん。温泉は料理にも使用。中でも、温泉粥や温泉おにぎりは、米の甘みや風味が増し、名物になっています。「温泉で入れたコーヒーもマイルドでおいしいですよ」ここでは、温泉に浸って、飲んで、食べてという、温泉の多角的な活用が行われています。
スポーツと温泉
ドローンメーカーの正規代理店でもある。「いずれは操縦技術講習会や撮影会が開催できたら」と吉田さん/塩の道温泉 ホワイトクリフ
「塩の道」と呼ばれる千国街道は、今も生活道路として使われている。この坂の先は信濃(長野県)小谷宿/塩の道塩泉
昔、「しろ池」というところにあったお地蔵さんがこの通りに移ってきた。「しろ地蔵」と呼ばれるお地蔵さんは右手前の青い倉庫の裏にある/塩の道塩泉
戦国時代に、上杉謙信が敵対していた武田信玄に塩を送ったというエピソードで知られている「塩の道」は、糸魚川と松本を結ぶ千国(ちくに)街道のことです。糸魚川からは、塩や海産物が、松本からは山の幸や木材・鉱物が運ばれました。
その街道沿いに位置するのが「塩の道(南部)ジオサイト」です。旧宿場町・山口には、塩の道温泉「ホワイトクリフ」があり、宿の背後にあるゲレンデに湧く源泉から、ナトリウム-炭酸水素塩泉を引いています。「比較的低温で湧出するので、炭酸成分がしっかり残り、肌にまとわりついて湯冷めしないといわれるお湯です」と、吉田祐介さん。冬はスキー、夏にはオフロードバイクレースの開催で賑わう同館。最近では、塩の道トレッキングを目的に来館する人が増えているといいます。「関所跡もあるので、それも含めて塩の道を整備し、ジオパークの活動を盛り上げていきたい。地域の新しい魅力を作って、活性化につなげたいですね」
霊峰・権現岳の中腹には万年雪があり、冷蔵庫のない時代には、子どもの熱冷ましや食物の保存などに重宝された
「泉地のある谷ごとに泉質や景観、文化も違うなど、この付近では自然の多様さが実感できます」と斎藤さん/柵口温泉 対岳荘
旧能生町エリアには、「権現岳ジオサイト」があります。地域の守り神として信仰されている権現岳は、標高1,104mながら中腹には万年雪があり、隠れた観光スポットとして注目を集めています。その権現岳に対面するように建てられたことで名付けられた「対岳荘」。泉質は、疲労回復に効果があるとされる、弱アルカリ性低張性冷泉。源泉の温度が約27度と低いので、この地区に噴出している天然ガスを使って加温。「天然ガスは電線に沿ってパイプで供給されていて、この地区では、当館だけでなく、生活に使われているんですよ」と、斎藤浩さん。温泉と天然ガスの、ふたつの大地の恵みを活用した温泉施設です。
能生の海水浴場から一番近く、山にも近い温泉施設。レジャーの拠点として活用を/湯の脇温泉 大平やすらぎ館
最後は、能生海岸に近い「神道山ジオサイト」の湯の脇温泉「大平やすらぎ館」です。ここは、ブナ林に囲まれたゴルフ場に併設された日帰り温泉。小さな沢から湧き出る、全国でも珍しい単純硫黄冷鉱泉を加熱して提供しています。海にも山にも近いので、ゴルフだけでなく、海水浴や登山と組み合わせて、糸魚川ジオパークを楽しむことができます。
糸魚川は地質・地層の境界であるとともに、文化・習慣の分岐点でもあります。西の昆布だしと東の鰹だしのように、丸餅と角餅、年取り魚のブリと鮭なども、糸魚川で変わります。
約5億年をかけて形成されてきた糸魚川ジオパークは、古くて新しい、様々な魅力に満ちています。大地と人が生み出した宝ものを探しに行きませんか。