file-116 映画で新潟の魅力を発信する。

  

風景に触発され物語が生まれた

 鉛色の空を雁が渡っていくシーンが印象的な「にしかん」。ほぼすべてが西蒲区で撮影されました。日本海、広がる田んぼ、連なる山々など、ありのままの風景の中で続く、なんということのない生活の営み、人と人との関わりの温かさ―東京の学生たちが見つけた西蒲区の魅力は、家族の再生というテーマに昇華し、ひとつのストーリーを生み出しました。

行政と学生がタッグを組んだ

授業の一環として映画を制作

 新潟市内の南西に位置する西蒲区は、8区の中で一番広く、全市の約4分の1を占めます。角田山と日本海に臨む美しい海岸線、岩室温泉などの観光資源を有し、広い平野では米や果樹の栽培が盛ん。自然に恵まれた地域ですが、人口減少と少子高齢化が新潟市の中で最も進んでいるという大きな課題を持っていました。そこで、西蒲区役所産業観光課がPR動画を作成して区の魅力を首都圏や全国へ発信し、交流人口の拡大を目指すことにしたのです。
 

 

役所 阿部さん

「学生さんたちの映画への情熱が熱かったですよ」西蒲区役所産業観光課の阿部さん

「首都圏の若者に向けて発信するには、首都圏で生活する若者の感性が欠かせないと考え、別の事業で10年来の付き合いのあった武蔵野美術大学に相談しました」と、プロジェクトを担った産業観光課の阿部課長。その要請に応え、18名の学生が映像制作の授業の一環として動画を制作することになりました。担任教授の菱川勢一さんは、現役の映像クリエイター。映画「にしかん」制作のキーマンです。こうして、行政と大学の連携というユニークな事業がスタートしました。
 2016年8月、学生は1泊2日で西蒲区中を巡り、魅力を調査。その後、一人ひとり、企画のプレゼンテーションを行って、検討を重ね、10月に複数案をミックスさせたプランをまとめ上げました。監督を務めた基礎デザイン学科3年生(撮影当時)の椎屋知大さんによると、「狙ったのは、一人の青年がここで人間関係を構築していく過程を示すこと。風景にストーリーを加えて、見る人の記憶に残る作品にしたいと思いました」。11月初旬、東京から学生たちと菱川教授、撮影スタッフ、オーディションを経て決定した俳優陣が西蒲区に集合。「脚本、撮影、監督など主要な役割を僕たち学生が担当し、プロにバックアップしてもらうという貴重な経験。こんなチャンスはなかなかありません。みんな集中して取り組みました」と、椎屋さん。撮影は3泊4日の日程で行われました。

 

48分の短編映画を世界に発信

にしかん タイトルバック

新潟市西蒲区役所と武蔵野美術大学の学生によって制作された48分の短編映画「にしかん」

桑原良太さん

「柿も新米のおにぎりものっぺい汁も、最高においしかった!役得!」主役を演じた桑原良太さん

 映画「にしかん」は、やりたいことが見つからなかった青年が、海岸で行き倒れになるというシーンから始まります。その男を演じた桑原良太さんにとっても、このシーンが初めての新潟での撮影でした。「午前3時にスタンバイしたんですが、荒波の迫力、朝日が昇っていく荘厳さに、日本海すげーなって感動しました」。農家のお父さんに助けられ、造り酒屋や老舗温泉宿、せんべい屋などを手伝ううちに、主人公は他者とのコミュニケーションがとれるようになり、徐々に生きる自信をつけていきます。「どのシーンでも地元の皆さんが丁寧に、真剣に教えてくれるんです。で、お土産を下さったり、ご飯を作ってくれたり、本当に映画そのまま」と、桑原さん。「こういう風土だから、見知らぬ人を家に招き入れ、世話をしてくれるという物語が成立するんですよね。東京ではこうはいかないですよ」
 監督の椎屋さんも「西蒲区の人情味があり、人が気さくでおおらかなところは、企画に反映されている」と言います。企画立案時に菱川教授と話し合ったのは、普遍性のあるテーマを描くこと。地域のPRだからと差別化や個性の強調に走るのではなく、「なんということのない生活の営みが続き、おせっかいという財産が人と人をつなげていることが、どれほど貴重なことなのかを表現したい。それこそが地方の魅力だ」という菱川教授の言葉が心に残っているそうです。

 

 

娘と父

一度故郷を出て行った娘が帰郷してきたシーン。「にしかん」では、家族の再生がテーマ

 映画のラスト近く、主人公は重要な役割を果たします。途切れかけていた家族の再生を後押しし、また、そのことによって彼も新しい一歩を踏み出すのです。「農家のお父さんの『また帰って来いよ』というセリフ、いいですよね。頑張ろうという気持ちになれる」と、桑原さん。今回の撮影を通して、「田んぼの広さに驚いたし、東日本の人はとっつきにくいかも、という先入観がなくなりました。僕もまた帰ってきたいです」
 当初の予定を大きく上回り、48分の短編映画となった「にしかん」。Facebookのフォロワーは1万1000人を超え、世界最大の広告賞「ニューヨークフェスティバル2017」で、学生による監督賞と撮影賞の2部門を受賞しました。

 

西蒲映画3部作で「家族」を描く

菱川教授

「日本の小さな田舎町、西蒲区の温かさを描きたいと思いました」武蔵野美術大学、菱川教授

「にしかん」で制作を統括した菱川勢一さんは、武蔵野美術大学で映像制作を教え、同時に、映像クリエイターとして、CMや大河ドラマのタイトルバック制作などを数多く手掛けています。最近では、富山県高岡市、徳島県、石川県などの地方のPR映像も制作しました。「何回も足しげく通い、地域の人に根掘り葉掘り聞き、そこにしかない何かを掘り出すことを心がけています。それをつかんでから、1年間ロケハンをして、次の1年で撮影するのが理想」と言います。
 けれど、地方に在住する多くの人は、地域の魅力を訪ねると「何もない」と言いがち。「実際に、西蒲区でもそうでした。でも、こうしたい、こう見せたいという主体性がなければいいものは作れないんです。説教しましたよ、これでは作れないと。私は観光誘致ビデオを作りたいのではなく、西蒲区に暮らす人たちに『ここはいいところだから胸を張って暮らしてください』という映画を撮りたいのだから」

 

 

種月寺

岩室温泉近くの種月寺で、「にしかん」のスピンオフ作品「ハモニカ太陽」秋編を撮影

 長いディスカッションの末、岩室温泉には渡り鳥が傷をいやしに来たという伝説があると聞き、「いいじゃないですか!それでいきましょう」と、傷ついた娘が帰ってくるスト―リーを発想。地酒や果物、芸能があると聞き、「ゆかりのない人が物語に入ってきて、地元の人には当たり前のものを面白がる」という設定もプラス。こうした材料を学生と共有し、映画の原案を練り上げました。「初めは5分の動画の予定だったのが、あれよあれよと48分に拡大。西蒲区の人たちも面白がって積極的に参加してくれ、そこからはスムーズに運びました」

 

 

門扉前

撮影では個人宅も使わせてもらう。地域の人たちの理解や協力は作品を追うごとに深まる

渡邉さん

「映画へのアクセスの半数は海外から。大きな反響に驚きました」西蒲区役所産業観光課の渡邉さん

「最初は消極的だった区民が、菱川教授や学生、役者との交流を楽しみ、自発的に協力してくれるようになりましたし、自分たちの地域が映画に出ることを喜び、地域の良さを再確認するようにもなりました」と、西蒲区役所の渡邉さん。成果を上げたPR動画制作事業は継続が決定。2017年には「にしかん」のスピンオフ作品(番外編)「ハモニカ太陽」4編が制作されています。菱川さんは、さらに1作品を作り、「西蒲区で暮らす家族を描く三部作」を構想しています。
 地方で映画を撮ると、色の光の美しさに感動すると菱川さんは言います。「緯度経度がわずかに違うだけで光が変わり、映像の雰囲気が変わる。人工色の多い東京と違い、自然あふれる地方には何億色もの色がある。この差は大きいですよ」
 だから、いい時間帯、いい角度を狙って、情景風景も丁寧に撮影するのだそうです。「本編撮影以外にも、最高の状態の稲穂の実り、紅葉のシーンのためだけに撮影に来ています。地域の美しさ、魅力を表現するには、画のクオリティーを追求しないと。ここは譲れません」

 

 見慣れた風景が映像化されると、新しい表情に見えることがあります。意識していなかった美しさに驚かされることもあります。そして、何でもないことが、実は大切に守るべきものだと気づき、もっとプライドを持って誇っていいのだと自信がわいてくることもあります。映画には、観る人だけでなく、制作に関わった人、舞台となった地に暮らす人をも元気にする力があるのです。

 


■ 取材協力
阿部和夫さん/西蒲区役所 産業観光課 課長
渡邉拓哉さん/西蒲区役所 産業観光課 主事
菱川勢一さん/武蔵野美術大学 基礎デザイン学科 教授
椎屋知大さん/武蔵野美術大学 基礎デザイン学科 4年
桑原良太さん/劇団昴所属 俳優

■ 作品
短編映画「にしかん」

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