file-131 長岡・摂田屋の時空を超えるワンダーランド(後編)

  

極彩色の鳳凰や動物が躍動する、鏝絵の世界

 漆喰(しっくい)を何層も重ねて立体的な模様を表現する鏝絵(こてえ)。江戸時代に始まったといわれる装飾が、大正時代、忽然と摂田屋(せったや)に現れます。仕掛けたのは、機那サフラン酒本舗の初代吉澤仁太郎。地元の左官に技法を学ばせ、二つの蔵を飾らせました。豪華な鏝絵の魅力に迫ります。

唯一無二のアートが摂田屋で生まれた

左官職人が挑んだ和のアート

鏝絵蔵

白黒のなまこ壁に、極彩色の鏝絵が映える蔵。大正15年(1926)の佇まいを今もそのまま保っている。

黒崎さん
「闘魂」

黒崎さん一番のお気に入りは、平成27年(2015)に静岡県松崎町等が主催する「全国漆喰鏝絵コンクール」で最優秀賞を獲得し、日本一になった「闘魂」

 サフラン酒と葡萄酒で富を手にした吉澤仁太郎は、明治時代末、屋敷や庭園の建築に力を注ぎこみました。そして、大正5年(1916)と15年(1926)に建築した二つの蔵の扉と軒廻りを鏝絵で飾らせたのです。手掛けた左官は河上伊吉、本舗の隣家に住んでいました。伊吉の作品はここにしか残されていないことから、吉澤家専属の職人だったと考えられています。
 では、鏝絵とはどのように作られるのでしょう。鏝絵を制作し、数々の展覧会に出品している黒崎剛さんに伺いました。左官職人だった黒崎さんは、退職後に鏝絵を学び、作品作りを始めたのだそうです。「左官道具の鏝で漆喰を盛り上げて、立体的な模様を描くから鏝絵といいます。彫るのではありません。材料の漆喰は、消石灰、麻を細かくほぐした苆(すさ)、海草を煮てとろりとした汁を混ぜたもの。苆は亀裂防止、海草の煮汁は乾きを遅らせるのと接着剤の役割をするために入れます。今では、全部がブレンドされた粉があるので、水で溶くだけで準備できます」
 一般的な鏝絵は、まず、板に薄く漆喰を塗って、下絵を描きます。その上に、何度も漆喰を塗り重ねて凹凸を作っていきます。1センチ以上厚く塗ると乾くときにヒビが入るので、5ミリくらいずつ重ね塗りをします。「漆喰は乾くと縮み、痩せる。それを踏まえて、目指す形や高さになるように仕上げないと。そして、乾いてからアクリル塗料で彩色し、完成です」

3隻船絵馬 胎内市から

鏝絵の蔵の軒部分に、左官の河上伊吉を表す「左伊」のサインが残る。彼の作品は本舗にしか残されていない。

 

中扉

鏝絵の蔵の入口の扉。右扉の大黒は初代仁太郎、左扉の恵比寿は2代目仁太郎に似せたと言われている。

蔵の鏝絵

JR宮内駅の改札に飾られている、黒崎さんの作品。機那サフラン酒本舗の鏝絵の蔵を立体的な鏝絵で表現。

  本舗の鏝絵は、あらかじめ岩絵具を漆喰に混ぜ込んで作られたもの。完成以来、扉を閉めたのは第二次世界大戦の長岡空襲の時だけで、長い間、雨や雪にさらされながらも鮮やかさを保っているのは、その製法によるのかもしれません。
中越地震後の修復以前から鏝絵蔵を見て感動、興味を抱き、漆喰鏝絵に挑戦していた黒崎さんは、修復の様子を目の当たりにし、間近で見る鏝絵に「鳳凰や龍が躍動しているんです。迫力があり、素晴らしいと思いました。左官の伊吉という人は、全国を行脚し、仁太郎さんと一緒に西福寺・開山堂(魚沼市)の石川雲蝶の彫刻なども見て研究したんでしょうね。また、これだけの仕事は1人や2人ではできないから、自分が中心になって若い衆を指揮しながら作り上げたのではないか」と思います。
 そして黒崎さんは、鏝絵蔵を描き、NPO法人醸造の町 接田屋町おこしの会に寄贈。その作品は、平成27年(2015年)4月からJR宮内駅構内に常設展示され、今も見ることができます。

アートの力で地域を元気に

秋山さん

「ポスター専門の美術館は、日本ではここだけです。展示だけでなく、積極的に美術活動をしています」/秋山さん

 摂田屋で町おこしの活動が活発になり始めたころ、同じ大正生まれの元・銀行の建物をリノベーションした美術館が、摂田屋の隣の宮内に誕生しました。イラストレーションとポスターを研究し、展示する「秋山孝ポスター美術館長岡」です。館長の秋山さんは、国際的に活躍するイラストレーターであり、多摩美術大学の教授でもあります。「宮内生まれの僕は、小学校の登下校時に毎日、鏝絵蔵を眺めていたし、遊び場にもしていました。当たり前の光景で感動はしていませんでしたが、その美しさは身体に染み込んで、美の基準になりました。その結果、数多くの作品が生まれました」。秋山さんは、機那サフラン酒本舗や摂田屋の蔵元を描いたポスター、長岡市の花「ツツジ」をデザインしたレリーフなども制作しています。「僕のコンセプトでは、美術館は中の展示物だけではなく、内側も外観も美術館。だから、機那サフラン酒本舗の壁も屋根も、建物の全てが美術館。僕にとってはまち全体が美術館なんです。長岡らしい雁木(がんぎ)を活用して、人が歩いて回れるようにして『生きているまち』をつくっていけたら」と、摂田屋・宮内地区の未来を思い描く秋山さん。「秋山孝ポスター美術館長岡」が誕生して今年で10年、まちの美の拠点としての存在感を発信し続けています。

 

こへび隊

地元の上組(かみぐみ)小学校の子どもたちへの鏝絵教室。一人一人がミニ鏝絵を作って展示した/摂田屋こへび隊

  今では目にすることの少ない鏝絵の技法を広めていこうとしているのは、長岡造形大学教授の渡邉誠介さん。まちづくりのために組織した「摂田屋こへび隊」の活動の一つが、地元の小学生に向けてのミニ鏝絵作りの指導です。大学生と一緒に、アートを切り口として摂田屋を盛り上げていこうという取り組みが続いています。

 

 多くの地元の人々の力で、旧三国街道沿いの摂田屋・宮内に賑わいが生まれています。平成30年(2018)、長岡市が機那サフラン酒本舗の用地と建物を取得し、保存活用の全体計画案を策定。歴史的な建築物を新しい発想とデザインによって、より多くの人々に愛され、集う場所へ。初代吉澤仁太郎が築いたワンダーランドが、今、新たな一歩を踏み出そうとしています。

 

掲載日:2019/9/26

 


■ 取材協力
黒崎 剛さん/漆喰鏝絵作家、長岡市美術協会会員
秋山 孝さん/秋山孝ポスター美術館長岡 館長、多摩美術大学教授
渡邉 誠介さん/NPO法人醸造の町 摂田屋町おこしの会 代表、長岡造形大学教授

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