file-125 新大鉄研と訪ねる、にいがた・駅弁の世界(後編)
駅弁の作り手はどんな人?
県内には(一社)日本鉄道構内営業中央会に所属する駅弁業者が7社あり、それぞれの駅弁に個性や地域性、こだわりがあるようです。おいしさの裏側を探りに、鉄道の要所として栄えた新津駅、直江津駅、長岡駅へ向かいました。
心も温まる大ヒット駅弁
「えび千両ちらし」の絵手紙風デザイン。下手な方がよいと伊田さん自身が絵を描いた。JR東日本が主催する駅弁大会「駅弁味の陣」で昨年最高位の「駅弁大将軍」に選ばれた。左が現在使用、右は旧バージョン。
新大鉄研の小林さん、大熊さん、亘さんがおじゃましたのは、JR新津駅前の株式会社新発田三新軒です。笑顔で迎えてくれたのが社長の伊田研一さん。駅弁のヒットメーカーで、海鮮系で現在最も人気が高い「えび千両ちらし」の生みの親です。その誕生の背景を伺ってみましょう。
「きっかけは大人の休日倶楽部の会員向けに高級な駅弁を開発してほしいとJR東日本から打診があったこと。このようなケースは昔からあって、何かの記念とか、キャンペーンなどで駅弁を開発しています。『えび千両ちらし』は平成14年(2002)から販売を始めましたが、最初は値段が高いから絶対に売れないと、取引先が仕入れてくれませんでした。返品でもいいからと5本置かせてもらい、3本返品になることもありました」
しかし、食べたお客様においしいさが広がり、次第に人気のお弁当になりました。「駅弁には“遊び心”が必要」と伊田さんは言いますが、「えび千両ちらし」もせっかくエビやウナギ、イカ、コハダなど豪華な具材がご飯に載っているのに、それを卵焼きで覆い隠しています。「卵をめくりながら食べると楽しいじゃないですか。しかし、商品写真をどう撮るか悩んだし、弁当を開けたおじいちゃんから、卵しかないぞと文句が来たこともあります(笑)。また、パッケージがハガキになっています。大人の休日のイメージから、旅先で手紙を出してもらおうと考えましたが、なぜかお客様は当社に駅弁の感想を送ってくる。切手も貼らないといけないのに、もう400通にもなりました」
伊田さんが一番うれしかったハガキの返信は「違う駅弁を食べて、これは客のことを考えている駅弁だ!と思ったら、やっぱり御社でした」というもの。
ハガキを通じてお客様と交流していたなんて。しかも伊田さんが礼状を送るとまた返信が来て、礼状の礼状のまた礼状になったり、ものが送られてきたのでお菓子でお返ししたり、もはや駅弁と関係ない旅先から写真が送られて来たりと、すごいことになっています。「でも、私もこれが商売より好きなので」と伊田さんはにっこり。心が温かくなる駅弁は人をつなぐのだと感じました。
(小林) 駅弁の企画開発のポイントは何でしょう?
(伊田) コンビニやスーパーの弁当は中身が見えますが、駅弁はパッケージがある。私たちの気持ちが伝わるようにネーミングやデザインを大切にしています。「まさかいくらなんでも寿司」は、マス、サケ、カニ、イクラを並べたらこの名前になりました。
(亘) 思い入れのあるパッケージはありますか?
左から、大熊さん、亘さん、伊田さん、小林さん
大熊さん:新幹線や特急を使って旅行をする時には、ご当地の名物駅弁を買ってお腹の中も旅気分にして楽しみます。
亘さん:駅弁の一番古い記憶は、幼稚園の時にスーパーあずさ号の車内で買って食べたものです。
(伊田) 「にいがた花物語」のキャンペーン駅弁でしょうか。「佐渡・朱鷺めき弁当」を食べたお客様がおいしかったからと、花を描いた絵手紙を何十通も送ってくれました。佐渡在住のおばあちゃんですが、その絵手紙を使って「しあわせの絵手紙弁当」を販売したら、おばあちゃんのところにもTV取材が行きました。
(大熊) 新商品の予定はありますか?
(伊田) 遊びすぎてひんしゅくを買うかもですが、「純白のビアンカ」というブランド豚を塩麹と紅ショウガを入れた味噌仕立ての2種類で味付けした「紅白豚合戦」弁当を出そうかと。味付けはまじめにやりましたよ(笑)!
伊田さんが考える駅弁とは?
家族で食べたとか、こんなシチュエーションだったとか、駅弁は何かの思い出と一緒にあります。あとはやはり“遊び心”。駅弁はどこかに楽しさを入れたいし、私自身が楽しくないとお客様も楽しくないと思っています。
なぜホテルが駅弁?その理由とは…
新大鉄研の小林さん、古川さん、寿福さんが伺ったのは、直江津駅前の株式会社ホテルハイマートです。「駅弁なのになぜホテル?」という疑問に答えてくれたのは、統括部長の山崎知夫さんと弁当部営業課長代理の作美孝郎さん。「明治30年(1897)年前後でしょうか。海の近くにあった山崎屋旅館の娘さんが弁当売りをしていて、明治34年(1901)10月に駅構内で営業許可が下りたので、旅館山崎屋支店として駅弁事業を始めました。これが当社の前身で、ホテルはずっと後の昭和49年(1974)に旅館からホテルに転換しました」
最近は北陸新幹線の影響で関西方面のお客様が増加。駅構内で駅弁を買うより、旅行会社のエージェントからまとめて注文が入るようになった、と山崎さん。
しかし、駅弁がだんだん売れなくなり「ちょっとやばいぞ、ここの名物を作ろう!」と社長が特色のある駅弁作りを始めたそうです。そのひとつが平成24年(2012)の「駅弁味の陣」で「駅弁大将軍」に選ばれた「鱈めし」。「社長は駅弁が好きなのです。昔は冷蔵庫がなくて保存技術が発達しましたが、それを絶やしたくないと『鱈めし』を開発しました。江戸時代の直江津は北前船の寄港地で、運ばれてきた棒鱈を加工していました。煮るときに使う竹ざるも佐渡から取り寄せています」
社長はお酒も好きで、つまみになる駅弁がほしいと「磯の漁り火」を開発しました。こちらは平成25年(2013)の「駅弁味の陣」で「駅弁副将軍」&「郷土賞」をW受賞。サザエ、モズクをつまみにして、締めにおにぎりという内容なんて、酒飲みにはたまらないですね!「サザエは夏場に2万個も集めないといけないし、中身を出して、殻も全部洗い、砂を取る。モズクもまな板に載せて小石やゴミを丹念に取っていきます。おにぎりは手で握っているから大量に注文が来ると何百個にもなり、ゴム手袋をしていてもご飯の熱で手が真っ赤になる。すべて手作業なので本当に大変。でも、それがうちのこだわりなのでしょうね」と山崎さん。社長からは「お客様に感謝される駅弁を作りなさい」と言われているそうです。
駅弁は1個2個ではなく、1本2本と数える。箱型で本に似ていることが由来、と作美さん。
(古川) この土地といえば!という駅弁があってうらやましいです。社内1番人気の駅弁は何ですか?
(作美) 「さけめし」ですね。鮭と昆布の炊き込みが絶妙に合います。特に、男性に支持されています。
(小林) 調理場は何人いるのですか?
(作美) 板前を入れて6人。みんなベテランで仕事も早い。おにぎりも計量しなくてもぴったり同じグラムになります。
(取材・ハイマート)
左から、寿福さん、古川さん、小林さん
(寿福) 毎日、何種類作っていますか?ここだけにしかない駅弁や新しいものはありますか?
(作美) いつもは10アイテムくらい。要予約で季節にもよりますが、「直江津」にはお刺身が付きます。
(山崎) 新しいものは「釜ぶた弁当」を北陸新幹線開業に向けて作りました。上越妙高駅の建設中に見つかった「釜蓋(かまぶた)遺跡」をイメージした駅弁コンテストの優秀作品で、地元の小学生が考えてくれた豚肉がメインの駅弁です。
直江津駅では朝8時から立ち売りをしている。昔ながらの服装で旅情を誘う。
山崎さんも中学生の頃から駅弁売りを手伝っていました。「駅弁売りの師匠が2人いて、僕のように『おべんと~』と言わないのです。ちょいちょいとおかもちの端をたたくとお客さんがスーッと寄って買っていく。この人が買うと分かるんだ、と驚きましたね」。作美さんは16年前にJRから出向で来てそのまま社員に。「とにかく奥が深いが、結局は材料。お米は妙高市矢代地区の『矢代米』のコシヒカリ、大根は一つずつ面取りするなどこだわっている。最初は自分に務まるのかと思いましたが、今はすっかりはまりました(笑)」
ホテルハイマートが考える駅弁とは?
「駅弁は文化だ、地方の食を表現している」と社長がいつも言っています。駅弁で郷土食と技術が継承できるし、直江津ではこんなものを食べてきたと多くの人に伝えたいです。
お待ちかねの駅弁タイム♪
(小林) みんなはどこで駅弁を食べたい?
(寿福) 自分は実家が富山なので、帰る時の電車は日本海沿いを走ります。海の景色になったところで駅弁を開ける。駅弁は急ぐ必要がないからいいですよね。
(古川) 私は実家が福島なので磐越西線かな。家に帰るまでの景色を見ながら。
(駅弁タイム)
地域の暖簾(のれん)も駅弁に取り入れる
永橋さんは地域のまちゼミで、親子で駅弁を作って列車に乗って食べるというワークショップを今年初めて開催し、好評を博した。第2回も企画中。
最後は長岡市にある株式会社池田屋です。創業明治20年(1887)、鮮魚や仕出し業を営んでいました。2代目が鉄道官舎の賄いを始め、駅弁にも携わるようになりました。「歴史が長いので『特製牛めし』など3代続けて食べていただき、好きだったおじいちゃんの仏壇に供えたよ、なんて伺うと本当にうれしいですね」と語るのは専務の永橋ひかるさん。商売を支えてもらっている地元を大切にしており、積極的に地元有名店の食材を使っています。「旅が終わって、あれを食べておけばよかったと思ったときに、駅弁の中に少しでも入っているとうれしいじゃないですか。また次に来てくれる理由にもなります。ちょうど私の友人が豆腐店で名物の黒いなりを作っていたり、味噌屋で味噌漬けを作っていたり。そんな地域の名物も駅弁に入れたい。あの店のものが入っているとわかればテンションも上がります」
女性らしい見た目もきれいなお弁当ですが、開発まではやはり苦労の連続。行き詰まって迷走すると、いつもアドバイスをもらう友人から「どうした?大丈夫か!」と言われて我に返るそう。1番のポイントは、初見で自分がときめくかどうか。駅弁は開けるときのドキドキ感が大切なので、パッケージとのギャップがないかもよく考えるそうです。
車内販売ではすぐ売り切れてしまうという「越後長岡喜作辨當」。初代の名前を冠し、店舗の絵を使ったクラシックな雰囲気のパッケージも人気。食後のデザートになる笹団子は永橋さんのこだわり。
(寿福) 「とりそぼろ弁当」には焼き鳥が入っていますが、串に刺さっていると食べにくくないですか?
(永橋) お客様は1分足らずで駅弁を選ぶこともあり、どう見ても「焼き鳥」、どうみても「幕の内」など一瞬の判断に結び付くものが大切です。「これは何?」があると選んでもらえない。もちろん「とりそぼろ弁当」にはお手ふきをご用意しております。例えばネーミングも「お花畑に舞うトリさん弁当」よりは「とりそぼろ弁当」の方がわかりやすいですよね。逆に質問していいですか?皆さんの1番の駅弁の思い出は?
(古川) 横川鉄道を初めて父と2人だけで旅行したときに食べた「峠の釜めし」。ちょうどできたての熱々でおいしかったです。一昨日のコンビニ弁当は忘れるけど、駅弁は忘れられない。
(寿福) 母の実家が広島なので「むさしの若鶏むすび」。おむすび、ウインナー、キャベツ、枝豆とシンプルですが、ふるさとの味がします。でも新潟に戻ったら、絶対に「越後長岡喜作辨當」を食べます。
(永橋) 皆さん駅弁と思い出がリンクしている。よくおぼえていますよね。もっと皆さんの意見を聞かせてほしいし、今度一緒にお弁当を作ることができたらいいですね!
(取材・池田屋)
永橋さんが考える駅弁とは?
旅の主役はお客様ご自身ですが、その思い出づくりのお手伝いが駅弁でできたらいいなと思います。ワンエピソードでいいので、駅弁にまつわる何かを体験していただきたいです。また、地元の食を伝えられるが駅弁なので、これからも表現していきたいです。
終点~鉄研の感想
駅弁が、誰かを楽しませるものだということが、この旅でよく分かりました。県内の駅弁業者の皆さんも、それぞれ違う場所で駅弁をつくり、売り方も商品も違いますが、お客様を大切にしているという思いは一緒でした。ぜひ多くの方にも、そんなにいがたの駅弁を食べていただきたいです!
掲載日:2018/12/27
■ 取材協力
小林万純さん、大熊康介さん、亘秀明さん、古川佳音さん、寿福健人さん/新潟大学鉄道研究部
伊田研一さん/株式会社新発田三新軒 代表取締役
山崎知夫さん/株式会社ホテルハイマート 統括部長
作美孝郎さん/株式会社ホテルハイマート 弁当部 営業課長代理
永橋ひかるさん/池田屋 専務取締役